記憶の泉~くたびれたおじさんはイケメンアンドロイドと理想郷の夢を見る~

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第十三話 泣き虫ロボット

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「話があるんだ」
病院に行った日、マイケルは夜になってから帰ってきた。
用事があるからチャールズの所に行くとは聞いてはいたけれど、帰ってきた時の尋常ではないマイケルの疲れた顔になんだか嫌な予感がした。
もしかしたら自分をチャールズに返すつもりなのかも。と勝手に思って緊張した。
「どうした・・の?」
「お前に言っとかないとならないことがある」
「もしかして僕をチャールズに返すつもり?」
思わず言うとマイケルは目を開いてそれから優しく笑った。
「なんだよ、なんでそんなことを思うんだよ?」
「突然チャールズのところに行くなんて言うから・・・だから・・・」
「あのさ。お前、俺が仕方なくお前とこういう仲になったと、まだ思ってる?」
「だって、マイケルは優しいからさ」
「いくら優しくても、それだけでお前と寝たりしないよ」
マイケルは隣に座っているホープの髪を優しく撫でてくれる。
「俺はちゃんとお前が好きだよ。愛してるよ」
「ほんと?」
「ほんとうだよ。そうじゃなくてさ・・・なぁホープ、俺はどうやらもうちょっとしたら死ぬらしいんだ」
「え?」
「まぁ人間は寿命があるから絶対死ぬんだけどさ、わかるだろ?それは」
「それは、わかってるけど。もうちょっとって何?」
「俺は病気なんだって。だから後少ししか生きられないかもしれないんだよ。仕方ないことなんだ。人間にはそういう事もあるから」
「嫌だ!」
ホープは立ちあがって叫んだ。
「やだ、嫌だよ!嫌だ!もう少しって何?どれぐらいなの?!」
マイケルの驚いた顔が急激にぼやけた。彼の顔が滲んでしまってよく見えない。
ホープは自分でも驚いて顔を触る。指先に濡れた感触がした。
「なに、これ?僕、なんで?」
「お前、泣いてるのか?」
マイケルはホープの頬に手を添えた。
「嫌だよ・・・。マイケル・・・いなくならないで」
ホープの瞳には涙腺がある。乾いた瞳は人間味がないから、という理由だけで。
瞳に潤いを与えるだけの装置のはずだ。
だが今ホープの頬に伝うものは、そういう理屈で流れているものじゃない。
とめどなく壊れたようにそこから、涙が・・・流れる。
間違いなくこれは「泣く」という事だった。
マイケルがホープの頭を抱え込んだ。後頭部に感じる心地よいマイケルの掌の温度と頭のてっぺんに感じる彼の息。
「お前泣き虫だったんだなぁ・・・。やっぱりこんな泣き虫なヤツを残して逝けないよ」
「僕はマイケルがいなきゃ、もう存在する意味なんてない」
「そんな事言うなよ。もう一度チャールズに調整してもらって、新しく生きる手もあるんだぞ」
「嫌だ。嫌だよ。マイケルを忘れるなんてできっこないよ」
しゃくりあげながら答えたホープにマイケルは小さく笑う。
「泣き虫のアンドロイドなんて聞いた事ないぞ」
「僕は壊れちゃったのかな?」
「壊れてないよ。多分な」
「ねえマイケル。それは治らないの?病気は治るんじゃないの?人間はどんな病気だって治してきたんでしょう?」
「治る病気もあれば治らない病気もある。俺の病気は手術をすればもしかしたらってレベルでな。でも、なんとなくわかるんだよ。俺は多分もうすぐ死ぬんだって」
マイケルはホープと額を合わせた。ホープはマイケルの腰に手を添える。
「僕のために。生きていてほしい」
ホープが言うとマイケルは穏やかに笑う。
「お前がそんな事言うようになるなんてな。もうお前はちゃんと人間なんだな」
マイケルの顔が近づいてきて優しくホープの唇を食んだ。
「僕をそうしたのは、マイケル、貴方だよ」
「そうなのかな?」
ホープもマイケルを引き寄せて深く唇を合わせた。
血管のかわりに張り巡らされた電子回路と自分の体の中を流れる潤滑油。血液に似た液体が体中を駆け巡る。
なぜ、自分がこんなにも一途にマイケルを愛しているのかホープには理解できない。でもホープは深く深くマイケルを愛している。それは真実だ。
マイケルと一緒にいたいという感情がホープを完全にAIの規制から解き放ったのだ。
ホープにはわかっていた。
「生きていて欲しい」なんて、酷いエゴだ。
自分のためにマイケルにそれを強いている。無理な事を彼に押し付けている。わかっている。けれどマイケルがいなくなるなんて考えたくない。
「お前を残して逝きたくないな」
マイケルがホープの髪を撫でながら言うからまた涙が溢れた。ごめんね、と何度も何度も謝った。マイケルはその度にホープに優しいキスをくれた。
その日、ホープはただマイケルを抱きしめて眠った。
マイケルの体温や、香りや、感触を、ホープは自分の記憶領域に深く刻んだ。
「なぁホープ。永遠に存在する事は悲しい事なのかな?」
そう呟いたマイケルへの返事をホープはできないまま、ただ彼を抱きしめ続けた。

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