記憶の泉~くたびれたおじさんはイケメンアンドロイドと理想郷の夢を見る~

magu

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第十四話 終わりの日

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─ボディが完成したから見に来るように─

チャールズからの連絡が来たのはちょうど病院の定期検査帰りの事だった。
最近のマイケルの検査には必ずホープが付き添っている。
ホープは表向きマイケルの甥という事になっている。チャールズが懇意の(出資している)病院だからそれで通っているのだろう。
担当している看護師からは「とても叔父様想いの甥っ子さんね」なんてよく言われている。

マイケルは結局手術を断念した。
チャールズの紹介でこの病院で検査を受けた時に、すでにいくつかの転移が確認され手術はリスキーだと判断されたのだ。
医者は申し訳無さそうにその事実をマイケルに告げたが、マイケル自身はその事をどこか他人事のように聞いていた。
それよりもホープが気になったのだ。
本当の事を言うならチャールズに頼んだ記憶の転移の件もさほど現実感があるわけじゃない。
自分がアンドロイドになるなんてどう考えても荒唐無稽としか今も思えないし想像もつかない。
だがチャールズなら実現させるかもしれない。それに賭けてみようと思ったのだ。
すでに賽は投げられたのだ。今のマイケルは大きな流れに身を任せているような気がしている。

「生命活動が止まってから時間が経てばたつほど、脳の転移は難しくなるはずだ」
とチャールズはマイケルに言った。

なんでも、脳の活動を電磁パルスに置き換える時に細胞間の伝達が活発な方が成功率が高いとか。
マイケルには理解できない話だったが、簡単に言えば死ぬ間際もしくは死ぬ前に転移した方がいいのだという事だ。
余命を告げられてから8ケ月。
マイケルの体調は日増しに悪くなってきていた。
我慢強い方だと自負していたがここ最近は歩くのもままならず、やむを得ず外出時には車椅子を使用している。
最先端のバカ高い薬をチャールズの好意で服用しているせいか病気の進行は思ったよりも穏やかだ。だが病魔は確実にマイケルを蝕んでいた。
治すという手段を諦めた今は緩和療法に入った。
それを聞いても恐怖はない。ただただ隣に付き添うホープが心配だった。
あの日からチャールズはマイケルの脳を転送するための装置を不眠不休に近い状態で開発してくれている。
面倒をかけてすまないと謝ると「科学者としては非常に興味深く挑戦しがいがあるから問題ない」と彼は言う。
それは半分本音で半分はマイケルへの気遣いだ。
奇想天外な男だと出会った当時は苦手意識があったが、今は彼の存在がこよなく有り難かった。
成功率は7割だとチャールズに言われている。
マイケルは自分の命が尽きる前に転移を試みるつもりだ。どちらにせよ死はそう遠くないのだから失敗したとて同じことだ。
もし失敗したら。
ホープの機能の完全停止をチャールズに頼んでいる。
ホープとは何度も話し合って決めた事だ。
彼の意志を尊重してやる以外にマイケルにできる事はなかった。

チャールズ所有のビルに足を踏み入れるとアンドリューが出迎えてくれた。
「すまんな。アンドリュー。お前の体を奪っちまった」
「問題ありませんよ。私はこの体でも不便はありませんので」
どこも人間らしくない外見なのに中身は英国紳士のようだ。アンドリューは完璧な英国英語を話す。
歩く、と言ったマイケルの言葉はホープによって却下され車椅子に乗せられたままエレベーターに乗り込んだ。
チャールズがラボとして使っているフロアはバリアフリーなので車椅子でもまったく問題ないのだが。
到着するとエレベーターの前にはチャールズが立っていた。
彼は痩せてしまったマイケルを見て一瞬眉を潜め、それから敢えて平静を装って「遅かったな」とだけ言った。
「こっちだ、来たまえ」
チャールズの後ろをホープに車椅子を押されながら付いて行く。
いくつかの扉を抜けてラボの奥にチャールズは入っていく。続けてその場所に入ると部屋の中央に棺のようなケースが置いてあった。
ケースは前面が透明になっていて、その中に男が横たわっている。
「これが、新しい君だ」
マイケルはホープの手を借りて立ち上がるとそのケースの中を覗き込んだ。
箱の中の男は瞳を閉じていて、まるで眠っているように見える。
あまり大柄ではないがしっかりとした体格の男で髪の色はブロンド。
ふんわりとした輪郭に薄い唇をしている。白人男性で外見の年齢は20代前半ぐらいだ。
目は閉じられているがマイケルにはわかった。彼の瞳の色は多分青い。
なぜならそこに横たわっているのは過去の自分そのものだったからだ。
「あんた、俺の若い時の写真なんて持ってたか?」
「エミリア嬢に借りたのだ」
マイケルはなるほどと納得した。マイケルの転移にはエミリアは当初難色を示していたのだが、他に手がないと知ると諦めて受け入れてくれた。
彼女ならマイケルの若い時の写真なんていくつも持っているだろう。
「しかし、なんでまたこの頃の俺なんだ?ここまで似せなくてもいいだろうに」
「言っただろう、ボディが若い想定だったんだぞ、顔だけ今の君なんて妙じゃないか」
「まぁ、若かろうが年寄りだろうがいいんだけど。なぁホープどう思う?」
マイケルが自分を支えるホープに問うと彼は箱の中に向けていた視線を一旦マイケルに移し、また箱の中の男を見つめた。
「これが、若い時のマイケルなの?」
「ちょっと美化されてるかもしれんが、だいたいこんな感じだったはずだ」
「おい、美化などしていないぞ。私は忠実に君の顔を再現したんだ。そのものだぞ!感謝したまえよ」
チャールズの言葉にマイケルは「はいはい」と返事をする。
「すごく綺麗だ。今のマイケルももちろん綺麗だけどね。僕はどんなマイケルでもマイケルだったら良いんだ」
ホープの言葉にチャールズは「まったくもってお熱い事だな」と肩を竦めた。
「ホープとの釣り合いも取れてよかろう」とチャールズは言う。
「見た目は問題じゃないが、あんたの気遣いには感謝しておくよ」
「問題はメモリーの容量が私の試算で足りるかどうか、だ」
「俺の頭の中身なんかスカスカさ」
「マイケル。そう簡単ではない。そりゃあ君の脳は私の脳より中身が少ないだろうがね」
「ほっとけ。どうせ天才様とは違うさ」
「冗談ではなく、人の脳は生まれてから数年でも膨大な情報が溜め込まれるのだ。忘れているだけで潜在意識下にある情報は膨大だ。それを人工物に入れ込むのは容易ではないぞ。もしかしたら記憶が戻らない可能性もある。それでも本当にやるんだな?」
「あぁ、もう決めた」
マイケルは迷いなくそう言い切った。
「記憶回路の最終調整をする、あと、そうだな・・・1ケ月」
「俺がそこまで持つか・・・だな・・・」
マイケルの言葉にホープが悲しそうな顔をした。
彼はマイケルの体調を一番知っている。
続く発熱、口の中は発疹だらけでもう固形物など喉を通らない。
一日に必要な栄養のほとんどを、高カロリーのゼリー飲料や点滴から取っている有り様だ。
けれどマイケルは辛いとは言ったことがない。自分以上に自分を思う人が傍にいるからだ。
病気が辛いのではない。ホープを喜ばせてやることができない事が辛いのだ。
マイケルの言葉にチャールズも衝撃を受けたのか、黙ったままマイケルの肩をぽんと一つ叩いた。
「急ぐ。間に合う。間に合わせる。だが君たちはしばらくここで生活をしろ。どのみち転移前にはここに居住を移してもらうつもりだったのだ。アンドリューがすべての手配を整えている。用意ができ次第、始めよう」
マイケルはその言葉に頷いた。
今日眠り、明日の朝に目が開くという保証がもうない。それほど自分の肉体は終焉に向かって確実に進んでいる。
呼吸が完全に止まる前に。
自分はこの体を捨てなければならないのだ。
「世話になるよ・・・。すまんな、チャーリー」
「私をやっと愛称で呼んだな?」
にやっと笑ったチャールズにマイケルは感謝の気持ちを込めて手を差し出した。




その日からチャールズは一日中ラボに籠もってほとんど出てこなくなった。
ホープとマイケルは用意されたゲストルームで過ごしていて、日に一度は看護士の訪問もあるし、食事も点滴も受けることができている。
マイケルの体にはいくつもモニターが装着され、異変があればアンドリューに繋がり直ちにチャールズに知らされるようになっていた。ホープはべったりとマイケルに張り付いて、風呂もトイレもどこにでも付いてくる。
「少し散歩にでも言ってこいよ、気分転換になるぞ」と勧めても彼は首を縦に振らずマイケルの側にいたがった。
「大丈夫だから」と言っても彼はマイケルから離れない。それでもそれがありがたいと思うほどにマイケルは体力がなくなっていた。
「この体のマイケルとはもう少しでお別れでしょう?だからちゃんと覚えていたいんだよ」
と彼は言った。
ホープはマイケルよりずっと繊細で感傷的な人だと思う。

マイケルはチャールズの家で過ごすうちに昔の事ばかり思い出すようになっていた。
小さい時のこと、両親の顔、ローズとの出会いと別れ、そしてホープとの想い出。
自分の記憶を整理するようにマイケルはつらつらと思い出をなぞる。
「なぁホープ。俺はもしかすると全部忘れちまうかもしれないからさ、お前が俺の代わりに覚えていてくれないか?」
そう言うとホープは泣きそうな顔をしながら無理やり笑い「いいよ。忘れっぽい貴方の代わりに覚えていてあげる」と言ってくれた。
そうして彼はマイケルの隣でマイケルの思い出話を静かに聞いてくれた。
質問はしない。ただ彼は黙ってマイケルの話しを聞く。
マイケルは思い出と記憶をホープに託した。
すべてを忘れてもホープが覚えていてくれれば救われるような気がする。
本当に忘れたくない記憶はもはやホープとの想い出だけだった。
それだけを持って生まれ変われるならそれでも良い。

チャールズの自宅で過ごし始めて1月が経とうとしていた。
そろそろ自分が移り住む体の用意が出来る頃だろうかとマイケルはベッドに横たわり思う。
ここ数日は起き上がる事も難しくなった。夜も眠れず体は鉛のように重い。
痛みはそこまで酷くない。恐らく点滴に入っているかなり強い痛み止めのおかげだろう、だがそのせいで意識があまりはっきりしないのは困る。
うつらうつらと眠っているのだか起きているのだかわからない時間をただ過ごす。
相変わらず昔の事を思い出すがそれを言葉にする力はもうない。
感じるのは自分の手を握るホープの体温だけだ。
彼はこの数日間マイケルの側を比喩ではなくずっと離れないでいた。

ふと、ふわりと自分の体が持ち上がるような気がした。
「ホープ」と呼んだが声になっていたかどうか自分ではわからない。
目の前が眩しくなって、その後にホープの顔が見えた。
ホープ。ともう一度呼びかけた。
「マイケル!?どうしたの?苦しいの?!」
いや苦しくはないよ。とマイケルは心の中で言った。苦しくないからこそ、怖いんだ。重かった体が軽いのだ。
「マイケル!?」
あぁ綺麗な顔だな。と暢気に思った。
触れたい。彼に。彼の髪を、顔を撫でてやりたいのに手は動かなかった。体は軽く感じるくせにどこも動かないなんて。
「マイク!マイケル!!!アンディ!チャールズを!」

叫ぶなよ。慌てるな。もうわかっているから。
俺は死ぬ。けど怖くない。怖くないよ。
ぼんやりとした視界に涙を流して叫んでいるホープが映る。
泣き虫だなおまえは。ほんとうに、人間になったんだな。

遠くで騒がしい足音がする。
ビービーとうるさく鳴る電子音は自分につけられたモニターの警告音だ。
「マイケル!」
チャールズの声がした。
「心拍が落ちているぞ!急げ!ラボへ!くそっ!あと1週間あれば・・・」

光が強くなってもう目を開いていられない。

穏やかな気分だ。

痛みも苦しみもなにもない。

これが死なら。
そう悪いものじゃない。

「マイケル!また会えるよね!?」

ホープの声。
まだ泣いている。
泣くなよ。アンドロイドのくせに。
戻って来るよ。きっと。

大丈夫。

その時は笑っていて欲しい。
すぐに会えるさ。


マイケルの意識はそこで途絶えた。
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