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第17話:協力
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バタバタと家に帰ってきたわたしを迎えたのは、わたし以上に慌てているお母さんだった。
「どうしよう、詩織……! 伊織の身になにかあったら……」
「お母さん、落ち着いて! どうしてお兄ちゃんは病院からいなくなったの?」
わたしはお母さんをソファに座らせながら尋ねた。お母さんは目にいっぱい涙をためて、わたしの両手をきつく握っている。
「誘拐だ」
廊下を歩いてくる足音がしたと思ったら、お父さんが姿を現した。手には白い封筒を持っている。
「誘拐? 誰に?」
お父さんが封筒を差し出してくる。わたしはお母さんの両手をそっと離すと、封筒を受け取った。中には便箋が一枚、入っている。
『野宮伊織は預かった。無事に返してほしければ、以下の条件を受け入れること。野宮詩織が身分を偽り、帝ヶ宮学園に入学したことを公表すること。公表したのち、野宮詩織は帝ヶ宮学園を退学すること。なお、警察に届け出た時点で野宮伊織の安全は保証しないものとする。K』
手紙には直筆で、たったそれだけのことが書かれていた。わたしはお父さんの顔を見上げる。
「わたしが女だって告白して、学園を辞めたら……お兄ちゃんは助かるってこと?」
「簡単に言えば、そういうことだろうな。犯人が誰なのか、そもそもの目的も、よくわからないが……」
手紙の最後に書かれたKの文字。これが犯人のイニシャルなのだろうか?
すくなくともお兄ちゃんを誘拐した犯人は、お兄ちゃんが病院に入院していたことを知っていた。病室の場所も知っていて、さらにわたしがお兄ちゃんの代わりに学園へ入学したことも知っている。
「誰がこんな、馬鹿げた真似を……」
わたしは、ハッとした。犯人に心当たりがある。そして、わたし以上に犯人のことを知っている人がいる。
「お父さん! 一度、学園に戻ってもいいですか?」
「なにをする気だ?」
「犯人のことを知っている人を、連れてきます」
◇ ◇ ◇
文化祭真っ只中の学園は、活気にあふれていた。お店の呼び込みなんか聞いていられない。わたしは一直線に、教室を目指す。
「藤原くん!」
教室に入ってすぐ、目当ての背中を見つけてわたしは呼びかけた。藤原くんのクラスは午後から講堂で演劇をやることになっている。今は教室で、衣装チェックや最後の練習をしているようだ。
藤原くんは隣にいた生徒になにか声をかけると、わたしのほうへやってきた。
「なんの用だ? お前のクラスはメイドカフェをやるんじゃなかったのか?」
「それどころじゃない。大変なことが起きたんだ」
「俺には関係ない――」
「恭介お兄さんが、野宮伊織を誘拐した」
低く、抑えた声に藤原くんが反応した。表情は変わらないが、ものすごい勢いで、廊下に飛び出してくる。
「どういうことだ?」
「これを見てほしい」
わたしは手に持っていた手紙を差し出した。手紙を受け取った藤原くんがさっと目を通す。みるみるうちに表情が曇っていく。
「この字……」
藤原くんが呟く。わたしが手紙を学園まで持ってきた理由はこれだった。もしこの手紙を書いたのが、恭介お兄さんだとすれば、藤原くんに見せたら字を知っているのではないか、と。
「恭介兄さんの字だ。見間違えるはずがない」
藤原くんが手紙をわたしに返しながら、後ろ手で教室のドアを閉める。廊下にも生徒が何人もいたけれど、誰もわたしたちのことは気にしていない。
「野宮家の人間はどこまで知っている?」
「なにも知らないに等しいよ。たぶん、この手紙を書いたのが恭介お兄さん……清水さんってことにも気づいていない」
藤原くんは苦い顔をした。野宮家が無能だとバカにされたって構わない。一刻も早く、お兄ちゃんを取り戻すのが先だ。
「藤原くん……君の協力が必要なんだ。僕はこれから、藤原家の人に連絡を取ろうと思う。清水さんのことを一番知っているのは、藤原家の人だろうから」
「……連絡なら俺が取る。父親に話をつけてから、お前の家に行く。それでいいか?」
「わかった。僕は先に家に戻っている」
わたしたちは静かに会話を終えると、さっと離れた。わたしはまた学園を飛び出し、家に向かう。藤原くんも、お父さんと連絡を取るためにわたしとは反対方向に歩いていった。
清水さんの目的はなんなのか。わたしがお兄ちゃんの代わりに学園に通っていることを公表することで、彼にとってどんなメリットがあるというのだろう?
家に向かっている最中も、考えることをやめられなかった。それにお兄ちゃんは、今どこにいるのだろう? 病院から出たりして、体調は大丈夫なのだろうか?
心配ごとは次から次に湧き上がってくる。こんな時、一人ではなにもできない自分の無力さが悔しかった。藤原くんに協力を求めるのが嫌というわけではない。むしろ、彼がいてくれたほうが事態はずっと早く解決するはずなのだ。
もし、わたしが学園に入学することを拒否していたら。お兄ちゃんの身代わりになんかならないと、あの時お父さんに言っていたら、お兄ちゃんは誘拐なんてされずに済んだかもしれない。
でも、わたしが代わりにならなければお兄ちゃんの未来は閉ざされてしまった。帝ヶ宮学園に入学できなかった長男は、家族としてはみなされない。
清水さんは……お兄ちゃんの将来を奪うためにこんなことをしているのだろうか?
「どうしよう、詩織……! 伊織の身になにかあったら……」
「お母さん、落ち着いて! どうしてお兄ちゃんは病院からいなくなったの?」
わたしはお母さんをソファに座らせながら尋ねた。お母さんは目にいっぱい涙をためて、わたしの両手をきつく握っている。
「誘拐だ」
廊下を歩いてくる足音がしたと思ったら、お父さんが姿を現した。手には白い封筒を持っている。
「誘拐? 誰に?」
お父さんが封筒を差し出してくる。わたしはお母さんの両手をそっと離すと、封筒を受け取った。中には便箋が一枚、入っている。
『野宮伊織は預かった。無事に返してほしければ、以下の条件を受け入れること。野宮詩織が身分を偽り、帝ヶ宮学園に入学したことを公表すること。公表したのち、野宮詩織は帝ヶ宮学園を退学すること。なお、警察に届け出た時点で野宮伊織の安全は保証しないものとする。K』
手紙には直筆で、たったそれだけのことが書かれていた。わたしはお父さんの顔を見上げる。
「わたしが女だって告白して、学園を辞めたら……お兄ちゃんは助かるってこと?」
「簡単に言えば、そういうことだろうな。犯人が誰なのか、そもそもの目的も、よくわからないが……」
手紙の最後に書かれたKの文字。これが犯人のイニシャルなのだろうか?
すくなくともお兄ちゃんを誘拐した犯人は、お兄ちゃんが病院に入院していたことを知っていた。病室の場所も知っていて、さらにわたしがお兄ちゃんの代わりに学園へ入学したことも知っている。
「誰がこんな、馬鹿げた真似を……」
わたしは、ハッとした。犯人に心当たりがある。そして、わたし以上に犯人のことを知っている人がいる。
「お父さん! 一度、学園に戻ってもいいですか?」
「なにをする気だ?」
「犯人のことを知っている人を、連れてきます」
◇ ◇ ◇
文化祭真っ只中の学園は、活気にあふれていた。お店の呼び込みなんか聞いていられない。わたしは一直線に、教室を目指す。
「藤原くん!」
教室に入ってすぐ、目当ての背中を見つけてわたしは呼びかけた。藤原くんのクラスは午後から講堂で演劇をやることになっている。今は教室で、衣装チェックや最後の練習をしているようだ。
藤原くんは隣にいた生徒になにか声をかけると、わたしのほうへやってきた。
「なんの用だ? お前のクラスはメイドカフェをやるんじゃなかったのか?」
「それどころじゃない。大変なことが起きたんだ」
「俺には関係ない――」
「恭介お兄さんが、野宮伊織を誘拐した」
低く、抑えた声に藤原くんが反応した。表情は変わらないが、ものすごい勢いで、廊下に飛び出してくる。
「どういうことだ?」
「これを見てほしい」
わたしは手に持っていた手紙を差し出した。手紙を受け取った藤原くんがさっと目を通す。みるみるうちに表情が曇っていく。
「この字……」
藤原くんが呟く。わたしが手紙を学園まで持ってきた理由はこれだった。もしこの手紙を書いたのが、恭介お兄さんだとすれば、藤原くんに見せたら字を知っているのではないか、と。
「恭介兄さんの字だ。見間違えるはずがない」
藤原くんが手紙をわたしに返しながら、後ろ手で教室のドアを閉める。廊下にも生徒が何人もいたけれど、誰もわたしたちのことは気にしていない。
「野宮家の人間はどこまで知っている?」
「なにも知らないに等しいよ。たぶん、この手紙を書いたのが恭介お兄さん……清水さんってことにも気づいていない」
藤原くんは苦い顔をした。野宮家が無能だとバカにされたって構わない。一刻も早く、お兄ちゃんを取り戻すのが先だ。
「藤原くん……君の協力が必要なんだ。僕はこれから、藤原家の人に連絡を取ろうと思う。清水さんのことを一番知っているのは、藤原家の人だろうから」
「……連絡なら俺が取る。父親に話をつけてから、お前の家に行く。それでいいか?」
「わかった。僕は先に家に戻っている」
わたしたちは静かに会話を終えると、さっと離れた。わたしはまた学園を飛び出し、家に向かう。藤原くんも、お父さんと連絡を取るためにわたしとは反対方向に歩いていった。
清水さんの目的はなんなのか。わたしがお兄ちゃんの代わりに学園に通っていることを公表することで、彼にとってどんなメリットがあるというのだろう?
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清水さんは……お兄ちゃんの将来を奪うためにこんなことをしているのだろうか?
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