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1章(3)
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男は子どもの頃から、本だけが友だちだった。学校で輪に馴染めなくても、家で両親から叱られても、本だけは男を裏切らなかった。
そのうち男は、身の回りにある本を読み尽くした。そして気づいた。自分で本を書けば、好きな本を読み続けられる、と。
姉が柄が気に入らないという理由で捨てたレターセットの便箋を使って、短編を書いた。そのうち大学ノートを使うようになった。はじめて公募に出す時、原稿用紙のマスを埋めた。今では原稿はすべて、パソコンで書いている。
中学生の時から続いた公募人生に終わりが訪れたのは、高校三年生の夏だった。昨年送った新人賞の結果が届いたのだ。応募作が銀賞に選ばれた、と電話越しに編集部の人間が言った時のことを、男は生涯忘れることはないと思う。その後に、続いた言葉のことも。
「小説とか全然読まないんでわかんないんですけど、高校生で賞獲れるのってすごいことなんじゃないすか?」
「まあ、一般的にはね。すくなくとも何十年も公募に挑戦し続けて、一度も受賞できない人たちよりはすごいのかもしれない」
控えめな評に、旭陽は首をかしげた。
「男が銀賞だったということは、金賞――つまり大賞を獲った人がいる」
碧がまるで過去を思い出すように、遠くを見つめる。
「その年、金賞を獲ったのは……十四歳。小説をはじめて書いたという、中学二年生だった」
新人賞の歴史において、現役高校生の受賞は称賛に値するものだっただろう。その話題性の高さで、デビュー作の売上も一定数を担保できたはずだ。金賞を受賞したのが中学生でなければ、の話ではあるが。
男は受賞後、大学進学のための受験勉強と出版に向けた改稿作業を並行して行うことになった。応募作は荒削りで、かなりの加筆と四度の校正を経て、翌年の夏に出版された。男はその時、大学一年生になっていた。
「現役大学生作家として、もてはやされることはなかった。なんたって同日デビューが、中学生なんだから」
その中学生はペンネームを「夢見しずく」と言った。女のような名前だが、授賞式で見た姿は声変わり前の男子中学生だった。
男の本は一列。夢見しずくの本は三列。本屋で平積みされる段階で、これだけの差があった。授賞式で見た時はたしかに男だったのに、夢見しずくは世間的には現役の女子中学生ということになっていた。
夢見しずくのデビュー作は、その話題性の高さも相まって飛ぶように売れた。三十万部を突破した後、アニメ化と映画化が同時に決まったくらいだ。彼――世間的には彼女だが――の影に隠れるように、男の本はそれほど売れなかった。「銀賞のわりには……」という編集者の呟きを聞いたことがある。
「夢見しずくは、デビューから二年で四作出した。そのうち二作はドラマ化が決まっている。……銀賞の男は二年間、一冊も出していない。担当編集者には見放され、他の出版社から声がかかることもない。デビュー作を出しただけで、消えた作家になったのさ」
碧は内側に巡る感情を抑えつけるように、大きく息を吸い、目を閉じた。
「なんか……運が悪い人って感じっすね」
旭陽の言葉に、碧が目を開く。眼鏡の奥の目は、ちっとも笑っていなかった。
「運が悪い?」
「だって、同じ年にデビューした人が中学生じゃなければ、その人はもっと注目されてたはずでしょ?」
旭陽は一連の話が男の問題であるとは思わなかった。ただ、運が悪かっただけだ。あと一年早ければ、逆に一年遅ければ。要するに、中学生と同じ年に受賞してしまったことだけが失敗だったわけで――。
「僕は作家の世界に運なんてものがあるとは思わない」
碧は、旭陽の目を見上げてきっぱりと言った。
「たとえば君がなんらかのスポーツをやっていたとしよう。君は試合に出る。頑張ったけど惜しくも負ける。その時、君は負けたのは運が悪かったからだと思うのか?」
脳裏によみがえる試合の感覚。タイムが縮まれば、自分の努力が実ったと思うし、逆に自己ベストからかけ離れたタイムが出れば調整不足とか、練習が足りなかったのかと思う。表彰台に登れなかったからといって、その日たまたま運が悪かったとは考えないだろう。
「……思わない、ですけど」
旭陽の返答を聞いて、碧がぐっと顎を引く。
「作家も同じだ。実力のある者だけが新人賞で残り、デビューする。面白い小説を書く、その実力がなければ売れない。それだけのことだ。小説に付加価値をつける話題性なんてものは、一過性に過ぎない。話題性が去った後に残るのは自分の実力だけ。夢見しずくが四作も書けて、売れたのは実力があるからだ」
「なんで、そんなムキになって――」
旭陽は碧の顔を見下ろして、途中で言葉を飲み込んだ。夜中に散々叫び、隣人の部屋の前で大の字になって眠る男の顔とは思えないほど、碧の顔は怒りと悲しみがないまぜになっていた。
俺は、この目を知っている。碧の、燃えるようでいて冷静に世界を俯瞰する目。自分に対する落胆がチラチラと見え隠れする目。自分が、道上隼人を見る時の目。
天才に対する嫉妬が渦巻く目をして、碧は言い放った。
「夢見しずくに負けたのは、この僕だ。僕は――デビュー作だけ出して消えた、小説家だ」
そのうち男は、身の回りにある本を読み尽くした。そして気づいた。自分で本を書けば、好きな本を読み続けられる、と。
姉が柄が気に入らないという理由で捨てたレターセットの便箋を使って、短編を書いた。そのうち大学ノートを使うようになった。はじめて公募に出す時、原稿用紙のマスを埋めた。今では原稿はすべて、パソコンで書いている。
中学生の時から続いた公募人生に終わりが訪れたのは、高校三年生の夏だった。昨年送った新人賞の結果が届いたのだ。応募作が銀賞に選ばれた、と電話越しに編集部の人間が言った時のことを、男は生涯忘れることはないと思う。その後に、続いた言葉のことも。
「小説とか全然読まないんでわかんないんですけど、高校生で賞獲れるのってすごいことなんじゃないすか?」
「まあ、一般的にはね。すくなくとも何十年も公募に挑戦し続けて、一度も受賞できない人たちよりはすごいのかもしれない」
控えめな評に、旭陽は首をかしげた。
「男が銀賞だったということは、金賞――つまり大賞を獲った人がいる」
碧がまるで過去を思い出すように、遠くを見つめる。
「その年、金賞を獲ったのは……十四歳。小説をはじめて書いたという、中学二年生だった」
新人賞の歴史において、現役高校生の受賞は称賛に値するものだっただろう。その話題性の高さで、デビュー作の売上も一定数を担保できたはずだ。金賞を受賞したのが中学生でなければ、の話ではあるが。
男は受賞後、大学進学のための受験勉強と出版に向けた改稿作業を並行して行うことになった。応募作は荒削りで、かなりの加筆と四度の校正を経て、翌年の夏に出版された。男はその時、大学一年生になっていた。
「現役大学生作家として、もてはやされることはなかった。なんたって同日デビューが、中学生なんだから」
その中学生はペンネームを「夢見しずく」と言った。女のような名前だが、授賞式で見た姿は声変わり前の男子中学生だった。
男の本は一列。夢見しずくの本は三列。本屋で平積みされる段階で、これだけの差があった。授賞式で見た時はたしかに男だったのに、夢見しずくは世間的には現役の女子中学生ということになっていた。
夢見しずくのデビュー作は、その話題性の高さも相まって飛ぶように売れた。三十万部を突破した後、アニメ化と映画化が同時に決まったくらいだ。彼――世間的には彼女だが――の影に隠れるように、男の本はそれほど売れなかった。「銀賞のわりには……」という編集者の呟きを聞いたことがある。
「夢見しずくは、デビューから二年で四作出した。そのうち二作はドラマ化が決まっている。……銀賞の男は二年間、一冊も出していない。担当編集者には見放され、他の出版社から声がかかることもない。デビュー作を出しただけで、消えた作家になったのさ」
碧は内側に巡る感情を抑えつけるように、大きく息を吸い、目を閉じた。
「なんか……運が悪い人って感じっすね」
旭陽の言葉に、碧が目を開く。眼鏡の奥の目は、ちっとも笑っていなかった。
「運が悪い?」
「だって、同じ年にデビューした人が中学生じゃなければ、その人はもっと注目されてたはずでしょ?」
旭陽は一連の話が男の問題であるとは思わなかった。ただ、運が悪かっただけだ。あと一年早ければ、逆に一年遅ければ。要するに、中学生と同じ年に受賞してしまったことだけが失敗だったわけで――。
「僕は作家の世界に運なんてものがあるとは思わない」
碧は、旭陽の目を見上げてきっぱりと言った。
「たとえば君がなんらかのスポーツをやっていたとしよう。君は試合に出る。頑張ったけど惜しくも負ける。その時、君は負けたのは運が悪かったからだと思うのか?」
脳裏によみがえる試合の感覚。タイムが縮まれば、自分の努力が実ったと思うし、逆に自己ベストからかけ離れたタイムが出れば調整不足とか、練習が足りなかったのかと思う。表彰台に登れなかったからといって、その日たまたま運が悪かったとは考えないだろう。
「……思わない、ですけど」
旭陽の返答を聞いて、碧がぐっと顎を引く。
「作家も同じだ。実力のある者だけが新人賞で残り、デビューする。面白い小説を書く、その実力がなければ売れない。それだけのことだ。小説に付加価値をつける話題性なんてものは、一過性に過ぎない。話題性が去った後に残るのは自分の実力だけ。夢見しずくが四作も書けて、売れたのは実力があるからだ」
「なんで、そんなムキになって――」
旭陽は碧の顔を見下ろして、途中で言葉を飲み込んだ。夜中に散々叫び、隣人の部屋の前で大の字になって眠る男の顔とは思えないほど、碧の顔は怒りと悲しみがないまぜになっていた。
俺は、この目を知っている。碧の、燃えるようでいて冷静に世界を俯瞰する目。自分に対する落胆がチラチラと見え隠れする目。自分が、道上隼人を見る時の目。
天才に対する嫉妬が渦巻く目をして、碧は言い放った。
「夢見しずくに負けたのは、この僕だ。僕は――デビュー作だけ出して消えた、小説家だ」
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