【完結】九龍街区の売人は偽りの少年と極彩色の夢を見ない【R18】

古都まとい

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3章(6)

 まったく予想していなかったことを言われて、レイは声を上げることもできずに戸惑った。

 ――姉以外、好きになれそうな人はいないな。

 だから藍豪ランハオは、自分に優しくしてくれたのだろうか。類が、藍豪の唯一愛した、血の繋がらない姉に似ていたから。藍豪は類を通して、もう会うことのできない想い人の影を見ていたのだろうか。
 黙り込んでしまった類を見て、ウー星宇シンユーは目を丸くした。

「藍豪から言われたことないのかい? それとも、お姉さんの話を聞くのもはじめて?」

 類はかぶりを振ると、手元に視線を落とした。藍豪のお姉さんの話は聞いている。けれど藍豪は一言も、類が亡くなったお姉さんに似ているとは言わなかった。あえて言わなかったのか、それとも藍豪自身も似ていることに気づいていないのかはわからない。
 ただ自分が藍豪のお姉さんに似ているという事実は、思ったよりも重く心にのしかかった。藍豪がしてくれたことのすべてが、自分のためではなく亡くなったお姉さんのためにしたことのように思えてくるのだ。藍豪が左手の指を二本切り落としたのも、類のためなんかじゃない。類のためだ。

「顔を上げて。大事な話をしよう」

 星宇に気遣われて、類はのろのろと顔を上げた。星宇がスーツの胸ポケットから煙草を取り出すも、類の顔を一瞥してテーブルの上に煙草の箱を投げ出す。

「どうやって俺たちの目を欺いた? 村人は全部で三十六人。全員殺して、わざわざ首を揃えて数えたのに」

 自分の顔から、さあっと血の気が引いていくのがわかった。本当に星宇が、瑞蜜会ルイミーフイが類の村を襲ったのだ。類は今でも村に住んでいた皆の顔と名前を思い出せる。あの地獄のような日を、忘れたことは一度もない。目の前の男が、組織が、類からすべてを奪ったのだ。
 類は手の震えを抑えるように時間をかけて花茶を飲み込むと、ずっと封じ込めてきた、藍豪にも話したことのない記憶を引き出した。

「あの日、村には三十七人いました。僕の家に、友達が……隣の村から泊まりに来ていたんです」

 おぞましい記憶が、脳の奥底から溢れ出す。
 腹を刺された時の焼けつくような痛み、包丁の感触。歯を食いしばり、それを引き抜いた時の怖気立つあの感覚も。

「友達は、台所で死んでいました。僕を刺したのとは別の男の人が来て、友達の死体を僕だと勘違いして『この家は全員殺した』って言うのを聞いていました。僕は裏口から山に逃げて、そこに停めてあったトラックの荷台に乗ったんです。痛くて、眠くて……気づいたら香港に着いていました」

 村を襲った男たちが執拗に家族の人数を数えていたことには気づいていた。数さえ合っていれば、顔までは判別していないのかもしれない。類はその可能性に賭けたのだ。
 あの時はただ、死にたくないと強く思った。村に留まって男たちが去った後、息のある人を助けようなどとは、まったく考えもしなかった。

「君はよく頭が回る子のようだ。だからこそ、わかるね? ジャン静月ジンユエは、君をリー藍豪ランハオなんていう腐った男の幻想から引き剥がすために死んだのさ」

 類はすぐに悟った。静月は知ってはならないことを知り、類に伝えたのだ。だから、瑞蜜会に殺された。藍豪も言っていた。組織外で阿片の栽培地を知ったり、誰かに漏らしたりした人間は間違いなく殺されると。
 静月は命がけで、類の目を覚まそうとしていた。藍豪が類に隠していることをすべて晒して、虚像を慕っているだけなのだと教えようとしていたのだ。

「藍豪は本当に、僕の村に来たんですか」
「本人に聞くのが一番だけれど……答えはイエスだ。君のお姉さんを殺して首を持ってきたのは、藍豪だったからね」

 本人が覚えてるか知らないけど、と星宇はつけ足した。
 類の中で相反する感情が暴れ回る。今となっては藍豪のことなど、許せるわけがない。まさか、本当に類の家族に手をかけていたなんて。類の姉を殺しておきながら、保護者ぶった顔をして三年間も暮らしていたなんて。
 しかし藍豪は、死にかけていた類を助けてくれた。動機はなんであれ、道端で行き倒れていた子どもを拾って面倒を見ているのだ。類が大人になるまでの時間に、自分の指二本を捧げて。
 類を助け、育てることは藍豪にとってどんな意味を持つのだろう。自分たちの行いで村を追われた類に対する贖罪か? それともやはり、類の目がお姉さんによく似ているから――。

 色々な感情がごちゃごちゃになって、類の脳を侵食する。なにが正しくて、なにが間違っているのか、もうなにもわからない。
 ただひとつ言えることは、すべての元凶が阿片であるということだ。阿片の栽培というくだらない目的のために、類は家族を、住んでいた場所を失った。
 心の底でくすぶっていた炎が、ごうっと音を立てて燃え盛るのを感じた。曖昧だった将来の道筋が、はっきりと見えたのだ。

「お願いがあります」

 類は姿勢を正し、まっすぐに星宇を見た。類の言うことを予想しているかのように、星宇がうっすらと唇の端を吊り上げる。

「僕を、瑞蜜会に入れてください」

 星宇はなぜ、とは聞かなかった。類が保身のために、瑞蜜会に殺されないために組織に入りたいと言い出したと思われているのかもしれない。どう勘違いされていても構わない。類にとっては所詮、通過点に過ぎないのだから。
 星宇が軽く顎を引き、にんまりと笑った。

「歓迎しよう、類」

 星宇に向かって恭しく頭を下げる。

 阿片など、この世から消えてしまえ。自分からすべてを奪っていった者たちを、跡形もなく消し去るのだ。
 瑞蜜会も三千龍団サンチェンロンもなにもかも、この手に収め――崩壊させてやる。

 リー藍豪ランハオ。あなたからすべてを奪うのは、この僕だ。
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