【完結】探偵屋の恋女房〜ヤクザのお抱え探偵と下町娘の、昭和チックな幼なじみLOVE

桐乃乱

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第一章

【四】テツ―青龍神(ブルードラゴン)の絶対命令 ③

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 ※ ※ ※

「やあテツ。待たせたな」
「こんばんは」
 数オクターブ低くなっても変わらない口調でドアから現れた蓮さん。俺は向かい側のソファーに落ち着いた。
「お疲れさまです」
 副社長の茂山は挨拶をすると姿を消した。
 
 二年前に組長を継いだ大学廣だいがくひろしのひとり息子は経営手腕をいかんなく発揮し、『ブルーレングループ』は過去最高の利益をたたき出した。世襲制を廃止した龍青会の幹部が彼を二代目に指名した理由は、そこにある。幼い頃から帝王学と財テクを叩き込まれた彼は三十を前にして北の最大勢力「金成かなり組」を抑え、県下一のヤクザへと躍り出た。
「ライラはまだ見つからないのか」
「東京方面へ逃げたのは確認しましたが、それ以上は無理でした」
「チッ。湾岸構想の入札に負けてから、せこい嫌がらせしやがって」
 嫌がらせとは、昨年末に発生した『若頭の義理息子拉致事件』を指す。
 正確に言えば菊田清次きくたせいじの養子『菊田龍』が娶った人物を、クラブ『胡蝶蘭こちょうらん』のホステス、ライラが同僚をそそのかして拉致監禁した。
 幸いにも伴侶は監禁直後に救出され、ライラと里奈、キャバ嬢のレイが監視下に置かれたが、隙を見てライラが失踪。彼女が金成組の女スパイであると判明した。
 本来なら、金持ち社長のペットかマグロ漁船の出張ホステスになる運命だった女達――。
 それを救ったのは拉致された当事者、菊田瑠衣だった。
 まさか小学生の頃から知る蓮さんの学友兼護衛が蜂蜜色の瞳に栗色の巻き毛を持つ美青年と夫夫ふうふになるなんて、誰が想像しただろう。
 筋肉隆々で三白眼、戦う相手を食い千切ると噂される『陰の猟犬』が、ふわふわ子猫ちゃんに振り回されている様子は、まさにシュールだ……。

 おっと、本筋から逸れちまったな。
 まあなんだ、俺は兄貴分の龍さんが幸せならそれでいい。問題はスパイに利用された女達の処遇だ。里奈は胡蝶蘭のナンバースリー、レイはキャバクラのナンバーワン嬢。三人の人気嬢が突然解雇されれば、噂に尾ひれが付きかねない。事件は箝口令かんこうれいが敷かれ、組長の決定を待つばかりだ。
 コンコン。ガチャリ。

「お待たせしました」
「加藤弁護士、忙しくさせて悪いな」
「いいえ。一刻も早く契約が締結すれば、我々も安眠できますからね」

 顧問弁護士がアタッシュケースを絨毯に置いて組長の隣に座る。布袋さま激似の組長付護衛、浜田が茶托を置いて出て行くのを見届け、組長が口火を切った。

「さっそくだが、テツ。お前はレイに惚れろ」
「は?」
 爆弾発言に、素っ頓狂な声が出ちまった。
「瑠衣君を拉致した女ですよ。この前クラブで紹介した、あのレイです」

 加藤弁護士は小さい子を諭す口調で微笑む。スタイリッシュに流れる髪、知的魅力を増強させる銀縁メガネに、心地よいテノール。ビルですれ違うOLが悲鳴をあげるイケメン振りだが、俺にえくぼは要らねえ。

 小春はこの男に会ってもヨダレを垂らさない。それどころか、バレンタインは俺の母ちゃんとチョコレートケーキを作った。隠密行動が多い俺へ届けるには、最適の選択だ。
 今夜もケーキを持って微笑む制服姿の小春の写メを鑑賞するつもりでいたのに。

 青龍神ブルードラゴンが、とんでもないことを命令してきた。

「惚れろ、とは……?」
「目くらましだ。芝居だよ、芝居。お前は役者になるんだよ」
「組長、テツさんが目を白黒してますよ。私が説明しましょう」
 加藤弁護士はアタッシュケースからノートパソコンを取り出すと、俺のスマホへデータを送信した。高級スーツの中年男性と名刺の画像だ。

「ブルーレングループ(うち)と組んで湾岸ホテルの共同経営者になるはずだった佐倉社長です。契約調印の日に現れず、連絡も取れなくなりました。彼の奥方へ問い合わせたところ、一週間前から出張に出かけたきりとか。さして心配もしてませんでしたが、事情を説明したら慌てて警察へ捜索願いを出しましたよ」

「それなら星刑事が捜査するでしょう」
「今朝、奥方の元へ外資系不動産会社の社員と名乗る人間が現れて、会社と自宅の売却がすんだので退去して欲しいと言ってきた」
「!」
「テツさんには、この女性について調べて欲しいのです」

 新たな写真は金髪の若い女性だ。年は二十代半ばか。ネイティブか、作りものかは、画像が粗すぎて分からない。

「この女性が佐倉社長とメトロポリタンホテルで宿泊したのを、社長秘書がこっそり教えてくれました。ああ、奥方は星刑事から聞かされるでしょうね」
「この女が佐倉氏をたらし込んで、会社を買収したと?」
「問題は、それだけではありません。佐伯不動産が買収する予定だったビルが数軒、多国籍企業に出し抜かれたと真田さんから報告が来ました。それも一番街商店街から千代駅前までの繁華街ばかりです」

 龍青会本部長の真田が副社長を務める『佐伯不動産』は、ここいら一帯を所有する大手不動産会社だ。そこに噛みついた人間がいる。

「くそっ。この街も得体の知れない奴らに狙われるようになったか」
 おとなしくタバコを吸っていた組長が悪態をついた。
「蓮さん、吸い過ぎですよ。チンピラや北のタヌキ親父ならいざ知らず、土地に愛着のない輩に好き放題されるのは『龍青会』の基盤が揺るぎますからね。あなたに女狐を仕留めてもらいたいのです。それも早急に」
「わかりました。で、何故レイが関係するんです?」
「加藤弁護士がオファーしているパートナー候補に、あの馬鹿娘をやるつもりだ。だが、ただの『胡蝶蘭ナンバーワンホステス』じゃ、箔がつかない。お前や金持ち社長に求愛される程の上玉だと知れば、新寺弁護士が我が組の顧問弁護士になるのも容易いだろう。だからな、テツ。しばらくはレイに色目を使っておけよ」
「俺は調査で手一杯です。浜田さんに任せればいいかと」
 うっかり発言が憎めない陽キャの護衛なら周囲の注目も集まりやすい。うん、彼が適任だ。
「龍青会の凄腕探偵が恋に呆けてると噂されれば、湧いて出る虫もいるでしょう。害虫をあぶり出すには隙を見せないと」
 加藤弁護士の言葉に、蓮さんがシニカルな笑いを浮かべた。
「テツ、頼んだぞ」

 青龍神(ブルードラゴン)の命令に背ける者が居るとすれば、会長夫人だけだろう――。

 ※ ※ ※
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