【完結】探偵屋の恋女房〜ヤクザのお抱え探偵と下町娘の、昭和チックな幼なじみLOVE

桐乃乱

文字の大きさ
13 / 85
第一章

【四】テツ―青龍神(ブルードラゴン)の絶対命令 ④

しおりを挟む
調査対象のスナックから最後の客が出て行くと、バーテンが立て看板のコンセントを抜いて店内にしまい込んだ。向かいのビルから暗視カメラで録画を続けながら、ジーンズのファスナーを下ろす。
 窓の外を監視しながら空のペットボトルに放尿した。のんびりトイレで用を足して売人を見失えば、青龍神の逆鱗に触れる。滑稽な自分の姿に思わず笑いが漏れた。アンモニアの臭いも酷いもんだ。『龍青会』お抱え探偵屋は、華麗でも危険でもない。地味で孤独で、獲物を追いかける獣だ。なのに小春は俺をヒーロー扱いする。恐らくあれだ、小春の母親がすり込んだに違いない。
 定食屋には『少年名探偵☆コ○ン』が全巻そろってたな。意識をスナックの扉へと戻した。いまは小春の顔を思い浮かべている場合じゃない。梅雨前線の影響で雑居ビルの一室は湿気に満ちていた。腕時計の示す温度は十五度。最新機器が搭載されたアイテムは龍青会の天才大学生、茂山(しげやま)の作った玩具だ。語弊があるといけないが、あくまでも我々には頼れる武器、彼には暇つぶしに作れる工作にすぎない。
 夜明けまで粘ったが、バーテンの帰った店からオーナーのママが出てくることはなかった。どうやら店舗奥の仮眠室に泊まったようだ。週の真ん中に情報屋から入手した写真の、売人とおぼしきアジア系男性は現れなかった。
 真冬に失踪した佐倉氏は、未だに生存が不明のまま。金髪女性はこの街に何百人もいて、接点が見つからなかった。
 そしてまた一人、今度は土建会社の社長が持ちビルを外資系企業に売却し、失踪した。幹部連中や星刑事に焦りが見え始めたら、女スパイ相沢が潜入調査を開始するだろう。
 小春が卒業して三ヶ月が経過したが、攫う時間がない。攫っても構う時間がなければ、あのリスは拗ねるだろう。下手したら実家に戻りかねない。
 ああ、畜生。面倒な事案がもうひとつ。龍青会顧問弁護士がオファーした新寺弁護士が美人ホステスのレイを振って、俺に押し付けてきやがった。予想外の展開に、組長は腹を抱えて笑った。新寺が顧問弁護士に就任しなければ閻魔大王に変化しただろう。

「事務員として、レイを雇ってもらえないかな」
 新寺弁護士は、保護者よろしく命令した。そう、これは頼み事では無く、命令だ。顧問弁護士の機嫌を損ねてはまずい。仕方がない。数ヶ月だけ電話番をさせてから追っ払おう。新寺弁護士の魂胆は見え見えだ。俺の猿芝居を真に受けて、施しを与えようとしている。

 俺には小春がいるから、さっさと出て行ってくれ――。

 探偵事務所のデスクで爪を磨いている女に啖呵を切れたら、どんなにいいだろう。この女は心を入れ替えたのか。答えは否。こういう手合いは小学生時代に気に入らない女子の上靴を隠し、中学で体操着を切り刻む。本人の鏡には目を潤ませた美人が、正体を知る男の目にはメデューサに映るのだ。事務員の給料は日給一万円。高級クラブなら三十分もかからず稼ぐからなのか、朝一番で俺に茶を入れてしまうと、十七時まで彼女は何もしない。
『何か他の仕事はありますか?』などと殊勝げな振りさえしない。俺が元高級クラブのホステスに首ったけの、盲目アホ野郎に見えるんだろうか。
 小春ならちょこまかと動いて窓を磨き、そして昼には舌がとろける絶品親子丼を作ってくれる。そして右頬にえくぼを刻んで歌うように俺の名を呼ぶのだ。
「テッちゃん、ご飯ですよ!」
 仙台七夕までにはケリをつけたい。でないと、小春が誰かに攫われちまいそうだ……。


「ウイスキーを水割りで」
 煩悩で頭を曇らせたままバーへ出かけたせいだ。新米バーテンがママの指示を忘れて、俺に本物の酒を渡しやがった。一口飲んで、万事休す――。情報収集も、尾行の計画も全てがおじゃんだ。
 怒りでグラスをぞんざいに扱い、割ってしまった。
「ママ、そいつを教育しとけ」
「は、はい。申し訳ありません」
 ママは青ざめながらハンカチを差し出したが、断って店を出た。酔いが回る前に自宅へと走った。畜生。うすのろめ。これじゃ、虎じいさんにも追い越されちまう。
 上昇するエレベーターの壁に寄りかかり、まぶたに力を込めて泥酔へのカウントダウンを阻止する。まだだ。まだ早い。五階の自宅ドアまで這った。もう少しだ。
 ブルル、ブルルル。
 小春専用のバイブレーションが尻ポケットで響いた。
 くそっ。こんな時に。
 無視すればいいのに、アルコールが俺の判断を狂わせた。俺の可愛い小春がSOSスタンプを送ってきた。
 まさか、また馬鹿親父が借金でも作ったのか?
 プルルルル。
「小春……そこへ助けにいけない。俺の家に来い!」
 酔いが覚めたら、悩みを蹴散らしてやるからな――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

家政婦の代理派遣をしたら花嫁になっちゃいました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
このご時世、いつ仕事がクビになるか分からない。社内の派遣社員が一斉にクビを告げられた。天音もそんな1人だった。同じ派遣社員として働くマリナが土日だけの派遣を掛け持ちしていたが、次の派遣先が土日出勤の為、代わりに働いてくれる子を探していると言う。次の仕事が決まっていなかったから天音はその派遣を引き受ける事にした。あの、家政婦って聞いたんですけど?それって、家政婦のお仕事ですか!? 強面の雇い主(京極 樹)に溺愛されていくお話しです。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

推しが結婚したら、幼馴染CEOの溺愛が始まりました

優月紬
恋愛
web制作会社で働く石原瑠花(29)は、男性ソロアイドル高槻耀哉のオタク。しかし、推しは突然結婚を発表した。 瑠花は酔った勢いもあり、初恋の幼馴染でアプリ開発企業の創設者兼CEOを務める山崎悠太(33)に、高槻くんが羨ましい、私も恋愛したいと本音を話してしまう。 すると、瑠花が推しだけでなく現実の恋愛にも興味があったことに気がついた悠太が、ここぞとばかりにアプローチしてきて……!? 推しの結婚から始まる、一度は諦めた初恋の幼馴染との溺愛ラブストーリーです。 ♦︎Rシーンのある話には*をつけています

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

処理中です...