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第一章
【五】小春―龍青会の女スパイ ①
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「私は龍青会の相沢と申します。あなたは?」
私がベッドで毛を逆立てていると、女は素早く何かを投げてきた。名刺だ。
暗闇に光る金色の龍。そして三日月の中に浮かぶ、小花のマーク……。
週に一度は配達するタワービル十一階のファンド会社に隣接する組事務所には、重厚な扉にこの代紋が印字されている。でも、鵜呑みにしてはいけない。テッちゃんパパは私に「敵か味方かは本能でわかる。相手の目、殺気を感じ取るんだ」って教えてくれた。
「どうやって入ったの?」
ここは五階のペントハウスだ。厳重な玄関扉が開いたとは考えにくい。
テーブルの緊急キットに視線を向けた侵入者は、私の問いに答えてはくれなかった。
「そのキットは、あなたが開けたの?」
この人が会長の部下なのか、テッちゃんが気絶してるので確かめようがない。
「それを彼が使用すると、会長の携帯に緊急事態の信号が送られるの。私はテツさんを助ける為にきた。だから包み隠さず教えてちょうだい」
なおも私が沈黙を続けると、女から驚くべき発言が飛び出した。
「安心しなさい。医者を連れてきたわ」
医者? テッちゃんを殺すのではなく、助けにきたの?
「やあ、小春ちゃん!」
「!」
「山本先生……」
幼い頃から世話になっている町医者だった――。
「おや、処置は済んだのかな」
夜中でもサーファーヘアーが決まっているイケオジが、緊急キットに視線を走らす。
「……テッちゃんはひどく手が震えていたから、私が注射しました。先生、テッちゃんは大丈夫なの?」
「ちょっとごめんよ」
先生が探偵の脈拍や瞳孔を診察していると、相沢と名乗った中年女性がバスローブを手渡してきた。
「うん。テツさんは大丈夫。俺が付き添うから、小春ちゃんは行きなさい」
「行くって、どこに?」
ピンポーン。
ガチャリ。
「まあ、小春ちゃん。何て格好なの!」
優雅なガウンを羽織った美女は開口一番に叫んだ。無理もない。私はジーンズにテッちゃんのデカいTシャツ姿だった。今は彼シャツコンテストを開催する時間じゃない。
「蘭ママ……」
相沢と名乗った女性、更にマスクと黒い帽子で人相を隠した女性一名と共にワンボックスカーで移動すること数分。連れてこられたのは『クラブ胡蝶蘭』のママが住むマンションだった。
ここ二ヶ月ほど彼女を見かけないと思っていたら、その理由が判明した。
「さあ、シャワーを浴びてから着替えて」
「蘭ママ、おめでたなんですね」
相手は誰なんだろう。タワマンに住んでいるからには、組員かセレブ社長に違いない。
「そうなのよ。ふふふ」
「蘭ママ、早急に対応せよとの指示です。小春さんは服を着たら、リビングで状況を説明してもらいます」
「わかったわ」
シャワーで身体の血と、そしてテッちゃんの精液を洗い流した。彼は気絶寸前、緊張が緩んで射精していた。ここへ連れて来られる前にティッシュで拭ったけれど、青臭くてドロドロした液体は薄い膜になって皮膚の表面にこびりついていた。
初体験もまだなのに、体液だけ浴びちゃったよ……。
いくら好きでも、あれじゃあんまりだ。ううん。これでよかったんだ。合意なしに犯されるよりマシだと言い聞かせた。
私は優しかったテッちゃんの思い出だけ持って、街を出ればいい。
棚に置かれたカゴには、真新しい下着とTシャツ、ミニスカートが置かれていた。この手触りと光沢、そして贅沢なレースのカップ付きキャミソールはシルクに違いない。出前で素通りする下着専門店のマネキンが着てそう。
脱衣所には相沢と名乗った組員が私を見守っていた。彼女は、まだ私を敵だと思っているの?
ためらいを捨てて、袖を通した。
リビングに移動するとミネラルウォーターを渡された。エアコンの効いた室内は約三十畳。ソファーにティーテーブル、優美な飾りダンスにグラスの飾られたガラスケース、複雑な模様を描く絨毯……。一流職人が作ったであろう豪奢な家具が並んでいた。
「小春ちゃん。私は龍青会の会長夫人から代理を任されてるの。正直に答えてちょうだい。あなたはテツさんの秘密を知ったのね?」
クラブ胡蝶蘭は龍青会の店だけど、蘭ママが会長夫人と親しいとは知らなかった。当たり前だ。私はしがない定食屋の娘。繁華街をシマにするヤクザの内情など知りようもない。
「秘密……何のことかわかりません。テッちゃんが怪しい薬が入ったお酒を飲んだらしくて、注射を打ちました」
蘭ママは相沢と名乗った女性と顔を見合わせてから、また私に尋問を始めた。そう。私は龍青会の敵か否かの判定を受けていた。
「あなたは恋人なの? それともスパイ?」
ソファーに座る蘭ママは、お腹をさすりながら質問を続ける。
「どちらでもありません。私はテッちゃんに、さよならを言いにきたんです」
「さよなら?」
「屋代亭が閉店したので、この街を出るつもりです」
「なぜ?」
「なぜって……」
「あなたはテツさんが好きなのでしょう。ナイフを持つ私の前に裸で立ちはだかったのは、あなたが初めてよ」
相沢と名乗る女性が、私の恥ずかしい武勇伝を暴露した。
私がベッドで毛を逆立てていると、女は素早く何かを投げてきた。名刺だ。
暗闇に光る金色の龍。そして三日月の中に浮かぶ、小花のマーク……。
週に一度は配達するタワービル十一階のファンド会社に隣接する組事務所には、重厚な扉にこの代紋が印字されている。でも、鵜呑みにしてはいけない。テッちゃんパパは私に「敵か味方かは本能でわかる。相手の目、殺気を感じ取るんだ」って教えてくれた。
「どうやって入ったの?」
ここは五階のペントハウスだ。厳重な玄関扉が開いたとは考えにくい。
テーブルの緊急キットに視線を向けた侵入者は、私の問いに答えてはくれなかった。
「そのキットは、あなたが開けたの?」
この人が会長の部下なのか、テッちゃんが気絶してるので確かめようがない。
「それを彼が使用すると、会長の携帯に緊急事態の信号が送られるの。私はテツさんを助ける為にきた。だから包み隠さず教えてちょうだい」
なおも私が沈黙を続けると、女から驚くべき発言が飛び出した。
「安心しなさい。医者を連れてきたわ」
医者? テッちゃんを殺すのではなく、助けにきたの?
「やあ、小春ちゃん!」
「!」
「山本先生……」
幼い頃から世話になっている町医者だった――。
「おや、処置は済んだのかな」
夜中でもサーファーヘアーが決まっているイケオジが、緊急キットに視線を走らす。
「……テッちゃんはひどく手が震えていたから、私が注射しました。先生、テッちゃんは大丈夫なの?」
「ちょっとごめんよ」
先生が探偵の脈拍や瞳孔を診察していると、相沢と名乗った中年女性がバスローブを手渡してきた。
「うん。テツさんは大丈夫。俺が付き添うから、小春ちゃんは行きなさい」
「行くって、どこに?」
ピンポーン。
ガチャリ。
「まあ、小春ちゃん。何て格好なの!」
優雅なガウンを羽織った美女は開口一番に叫んだ。無理もない。私はジーンズにテッちゃんのデカいTシャツ姿だった。今は彼シャツコンテストを開催する時間じゃない。
「蘭ママ……」
相沢と名乗った女性、更にマスクと黒い帽子で人相を隠した女性一名と共にワンボックスカーで移動すること数分。連れてこられたのは『クラブ胡蝶蘭』のママが住むマンションだった。
ここ二ヶ月ほど彼女を見かけないと思っていたら、その理由が判明した。
「さあ、シャワーを浴びてから着替えて」
「蘭ママ、おめでたなんですね」
相手は誰なんだろう。タワマンに住んでいるからには、組員かセレブ社長に違いない。
「そうなのよ。ふふふ」
「蘭ママ、早急に対応せよとの指示です。小春さんは服を着たら、リビングで状況を説明してもらいます」
「わかったわ」
シャワーで身体の血と、そしてテッちゃんの精液を洗い流した。彼は気絶寸前、緊張が緩んで射精していた。ここへ連れて来られる前にティッシュで拭ったけれど、青臭くてドロドロした液体は薄い膜になって皮膚の表面にこびりついていた。
初体験もまだなのに、体液だけ浴びちゃったよ……。
いくら好きでも、あれじゃあんまりだ。ううん。これでよかったんだ。合意なしに犯されるよりマシだと言い聞かせた。
私は優しかったテッちゃんの思い出だけ持って、街を出ればいい。
棚に置かれたカゴには、真新しい下着とTシャツ、ミニスカートが置かれていた。この手触りと光沢、そして贅沢なレースのカップ付きキャミソールはシルクに違いない。出前で素通りする下着専門店のマネキンが着てそう。
脱衣所には相沢と名乗った組員が私を見守っていた。彼女は、まだ私を敵だと思っているの?
ためらいを捨てて、袖を通した。
リビングに移動するとミネラルウォーターを渡された。エアコンの効いた室内は約三十畳。ソファーにティーテーブル、優美な飾りダンスにグラスの飾られたガラスケース、複雑な模様を描く絨毯……。一流職人が作ったであろう豪奢な家具が並んでいた。
「小春ちゃん。私は龍青会の会長夫人から代理を任されてるの。正直に答えてちょうだい。あなたはテツさんの秘密を知ったのね?」
クラブ胡蝶蘭は龍青会の店だけど、蘭ママが会長夫人と親しいとは知らなかった。当たり前だ。私はしがない定食屋の娘。繁華街をシマにするヤクザの内情など知りようもない。
「秘密……何のことかわかりません。テッちゃんが怪しい薬が入ったお酒を飲んだらしくて、注射を打ちました」
蘭ママは相沢と名乗った女性と顔を見合わせてから、また私に尋問を始めた。そう。私は龍青会の敵か否かの判定を受けていた。
「あなたは恋人なの? それともスパイ?」
ソファーに座る蘭ママは、お腹をさすりながら質問を続ける。
「どちらでもありません。私はテッちゃんに、さよならを言いにきたんです」
「さよなら?」
「屋代亭が閉店したので、この街を出るつもりです」
「なぜ?」
「なぜって……」
「あなたはテツさんが好きなのでしょう。ナイフを持つ私の前に裸で立ちはだかったのは、あなたが初めてよ」
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