【完結】探偵屋の恋女房〜ヤクザのお抱え探偵と下町娘の、昭和チックな幼なじみLOVE

桐乃乱

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第二章

【一】小春―金髪の女探偵 ③

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 ※ ※ ※



 まぶたを開いたら、部屋の壁紙が青かった――。
「あれ……テッちゃんの寝室?」
 レースのカーテンからは柔らかな光が差し込んでいる。ラブホで虎じいさんの炒飯と餃子を堪能してからの記憶がない。
 ガチャリ。
 テッちゃんがカップをふたつ、お盆にのせて現れた。コーヒーの香りが鼻孔を満たしていった。

「テッちゃんがお姫さま抱っこで運んだの?」
「いや、おぶって帰った」
「うそっ。あ~でも、マッチョ探偵なら簡単かぁ」
「いや、結構疲れたぞ」
 それって、重いってことー?
 ムッとしたらテッちゃんが笑った。
「うそうそ。霞のように軽かったぞ」
「テッちゃんのバカ」
 尖らせた唇に肉厚な彼の唇が重ねられて、不機嫌なポーズが崩れた。
「すまん。小春が可愛いから、つい揶揄いたくなる」
「もっといって」
「すまん」
「違う。その先」
「可愛い」
「よろしい」
 おでこをくっつけ合って、はたと気づいた。
「ラブホに行ったのに、エッチしてないよ!」
「また行けばいいだろう」
「レイさんをクビにしたの?」
「蓮さんが彼女の処遇を決めたら、そこへ移る」

 それきり彼女の名前はテッちゃんから出なかった。

「よく寝てたな。今日は郊外で買い物しないか。泉方面なら知り合いもいないだろう」
「うん。アウトレットモールがいいな。そこでワンピースが欲しいの」
「わかった」
 キッチンテーブルに缶詰や調味料、パンや食材が載っていてビックリ。

「スーパーで適当に買ってきた。一時間だけ蓮さんのところへ顔を出してくる。戻ったら出かけよう」
「うん」
 卵を取り出してフライパンに割り入れるテッちゃん。
「あれ、料理できるんだね」
 テッちゃんが実家で台所に立つ姿を、ついぞ見たことはなかったのに。
「これが精一杯だ」
「そうでないと困るよ」
「なぜだ?」
「だって、胃袋で仕留めるつもりだったもん。だから頑張って修行したんだから」
「小春……俺のために料理人になったのか?」
「そうだよ。振られたから屋代亭を継ぐつもりだったの」
「俺が卒業後にさらっておけば……」
 彼は頭を掻きながら悔恨の表情を浮かべた。
「テッちゃん、大好き」

 探偵屋のアルバムには私だけがいる。
 テッちゃんの焼いた目玉焼きにトースト、カップスープにミニサラダの朝食をとってから彼を見送った。
 ドラッグストアペンギンのマダムへバイトを辞めると電話したら、もう閉店の噂が商店街を駆け抜けたのだろう、あっさり承知してくれた。

「色々と大変だったわね。いつか顔を見せに来てちょうだいね」
「お世話になりました」

 雑貨屋の奥さんなら、根掘り葉掘り聞いてきただろう。でもマダムは私が不休で働いて改装費用を貯めていたのを知っているので、傷口に塩を塗る真似はしなかった。
 ありがとう、マダムユキコ。いつかきっと、お礼に伺います――。


 千佳ちゃんには簡潔なメッセージを送った。

【小春:家の事情でバイトを辞めることになったの。引っ越しが落ち着いたら、会おうね】
【千佳:うん、わかったよ。連絡待ってるね!】

 全てが片付いたら、女子会ができるといいな。

「ふう。バイトの件はこれでよし。あとは……」

 脳裏に美人事務員の顔が浮かんだ。彼女をクビにするって本当だろうか。もしかして、既にいないのかな。コンビニの買い物を理由に階段を下りた。

 ピンポーン。
 探偵事務所のチャイムを押したけれど、ドアが開く気配がない。中に誰もいないのかな。しつこく押す勇気がないのでエレベーターに乗った。
 角のコンビニにはテッちゃんにアドバイスをしてくれた店員らしき女性の姿が。私は心の中で『お姉さん、グッジョブ!』とお礼を叫びながらアイスを買って戻った。
 帰宅したテッちゃんは、キスがイチゴ味でも何も言わなかった。

 私はTシャツにキュロット、夏用サンダル。テッちゃんもTシャツにジーンズ、麻のジャケットのカジュアルな服装で車に乗り込んで出発した。
 お日さま商店街から北に十キロのアウトレットパークを訪れた私は、テッちゃんと腕を組んでブランドショップのウインドウを覗いた。流行のファッションも良いけれど、やはり花京院家やジュエリーショップには清楚なワンピースを着ていきたかった。

「テッちゃん。これ、素敵だね」
「小春に似合いそうだな。着てみろよ」
「うん」
 ショルダーバッグには母さんから手渡されたお金もある。テッちゃんが店員を呼ぶと、ウインドウに飾られていたのと同じワンピースが手渡された。
 試着室で半袖にレースがあしらわれた桃色のワンピースに袖を通した。鏡に映る自分が、まるで別人に見える。
「お客様、サイズはいかがでしょう」
「背中に手が届かなくて……」
 女性店員にファスナーをあげてもらい、試着室のカーテンを開けた。マッチョ探偵はフェミニンな服の飾られた店内で浮きまくりだった。ポカンと口を開けたテッちゃんに尋ねてみる。
「どう?」
「ああ……」

 感想がないので、すかさず店員が助け船を出した。

「とてもお似合いですわ。これならパーティーやフォーマルなお呼ばれにもピッタリです」
「このまま着ていこう。服に合う靴やバッグはあるかな?」
 もうひとりの店員がパンプスを、他の店員も小さなハンドバッグを数種類抱えてきた。
「待って、テッちゃん。私、そんなにお金持ってないよ」
「婚約祝いのプレゼントだ。もう二、三着揃えたほうがいいな」

 テッちゃんの言葉に、すかさず店員がワンピースを抱えてきた。

「こちらもいかがでしょう。フィアンセ様にピッタリの、可愛らしいデザインです」

 水色のシフォンは涼しげで、試着したらサイズもピッタリだった。悩んだ末、ミニ丈のこちらを着ていくことにした。ハイヒールは慣れないので、ローヒールの履き心地の良いパンプスと青いハンドバッグを選んだ。促されるまま最初のドレスも付属品を揃えて購入したけれど、ストッキングを穿いてる間にテッちゃんが支払ってしまい、金額がわからずじまいに。釣り銭をジャケットのポッケに突っ込んでいたので、現金払いだったの?
 プリティーウーマンもビックリの買いっぷりだ。今晩からお茶漬けの日々かもしれない……。
 つばの広いお洒落な麦わら帽子を被り、つま先が開いた夏用パンプスの私が姿見に映しだされた。

「もっと、ちゃんとメイクしないと……」
 仕事中は厨房の熱気と労働の汗で崩れるから、ノーメイクだった。
「そのままでも可愛いぞ」
 腕を組んで言い放つテッちゃんに、思わず赤面してしまった。
「ここ、お店の中だよ……」
「隣にオーガニックのコスメショップがございます。結婚式前に一揃えするのもよろしいかと」
「一揃え……」
「婚約祝いにピッタリですよ」
「そうか」

 テッちゃんは店員に勧められるがまま、私と化粧品店へ入っていった。突然現れたマッチョな大男に、顔を引きつらせながら美容部員が声をかけてきた。ナチュラルに見せて、かつ色気を含んだ完璧なメイクは、まさに美のエキスパート。あのファンデは微笑んでもシワができない優れものだ。グレーのワンピースに胸元の赤い花の制服は松越デパートで見かけたことがあった。

「いらっしゃいませ」
「俺のフィアンセにピッタリなメイクセットを選んでくれ」
 なおも赤面する私に、美のエキスパートは顔を輝かせた。
「まあまあ。ご婚約おめでとうございます! ええ、もちろん。お力にならせていただきます。どうぞこちらへ。好みのメイクや香り、色はございますか?」
「好みのメイク……可愛くて、ナチュラル系?」
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