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第1章 二人の婚約
王宮の舞踏会 i(Selina)
しおりを挟むその日の朝は目の回るような忙しさで、様々な人の手を借りながら、磨いた身体を飾り立てていった。一生に一度の式典行事とはいえ、少しばかり張り切りすぎなのではないかと思わなくもなかったけれど……相手が相手であるだけに、精いっぱい見栄えを良くするように努めることは最低限の礼儀であるのかもしれなかった。
この国の象徴であり、統治者であり、最高位にあらせられる国王陛下にお目通し願うのだから――
王都に着いてからの日々はまさに怒涛の慌ただしさで、まるで流れ落ちる水のように残された時がさらさらと失われていくのを感じていた。ウィリアムとゆっくり会えたのも初日だけで、彼は彼で王宮側の準備で忙しいようだった。それでも毎日のように花や手紙を屋敷に送り届けてくれて……私は幸せに包まれたし、声援を送られているようで嬉しかった。
意外だったのはウィリアムのお兄様も個人的に花を贈ってくれて、添えられたカードには祝いの言葉が書かれていた。みんなが私の社交入りを応援してくれて、とても心強かった。
限られた時間で可能な限りの準備を進め……その日はあっという間にやって来た。
*
人生一番の緊張を味わった国王陛下への謁見が無事に終わり、父と母や叔母に連れらて挨拶回りを済ませたあと、スタンレー伯爵家の嫡男であるウィリアムの兄――エドワード様のもとに立ち寄って話し込む。
だいぶ緊張していたけれど、エドワード様に気遣っていただき、幼い頃からの知り合いに会った安心感からか余計な力が抜け去って、思いのほか和むことができた。
お互いの名前を敬称を付けずに呼び合うなど親睦も深まり、まったりとその場を楽しみながら近況を報告し合っていると、するりと横から現れたウィリアムが私の手を取って話しかける。
久しぶりに会った未来の義兄と、もう少し話していたかったのに……
「セリーナ、ワルツだ。踊ろう」
それでもこうして誘ってくれたことが嬉しくて、素直に従ってホールへ向かった。
去り際に見たエドワードがどこか淋しそうにしていた気もするけれど、彼なら引く手数多だろう。次期伯爵様に見初められたいと願う女性は山程いるに違いない。どんな女性が未来の義姉になるのだろうか……仲良くできると良いのだが。エドワードに女性の好みを聞いたことがなかったので、正直ちっとも想像できない。
そんなことを考えていると、あっという間に舞踏室に辿り着く。
先ほど国王陛下との謁見が行われた、とてつもなく高い天井に巨大なシャンデリアが輝く広間だったが、今は玉座へと続いていた中央の絨毯が取り除かれ、楽団の奏でる優雅な音楽が鳴り響いていた。
目の前に立つウィリアムが、いつも以上に素敵に見える。
今ここに一緒にいられることが嬉しくて、見つめられて嬉しくて、対外的にも大人になったことが嬉しくて……悩んでいた事の全てを忘れるくらい、何もかもが新鮮で楽しかった。
「リーナ……そのドレス、本当によく似合ってるよ。すごく綺麗だ……」
最初に会った時にも褒めてもらったのに、再びこうして感嘆するように呟かれ、身体がカッと熱くなる。可愛いと言われた時も嬉しくて幸せな気持ちになるけれど、こうしてしみじみ〝綺麗だ〟と賞されるとどうして良いのか分からなくなる。胸の奥深くが疼くような……何かが溢れそうになるのだ。
ウィリアムが私の背中を支え、腕を上げて視線を合図に最初の一歩を踏み出す。ちゃんとした場所で踊るのは久々で、どこか懐かしいような感じに包まれたのも最初だけ……次第に私たちは昔の感覚を取り戻していった。
会うたびにダンスの練習に付き合わせ、やたらと技術を磨いていたのは私が確か十一か十二の頃だったか……彼が学校で色々な人と踊らされているという話を聞いて、私とも踊って!と対抗したのが始まりだった気がする。
「ありがとう……ウィルも格好良くて素敵よ。どこの王族かと思ったくらい……」
「本物には敵わないよ」
それでもフッと微笑んだ表情から、ウィリアムが嬉んでいるのが分かる。
私にとって、目の前のあなたは美貌で知られる王族の方々よりも、遥かに素敵に見えるのだと……伝えたら信じてもらえるだろうか。
いつの間にか曲調が変わり、次の音楽が始まろうとしていた。
ウィリアムと一緒にいるといつも時間の流れが速くなってしまったように感じるから不思議だ。
「まだ、いける?」
二曲目が終わりかけた頃、ウィリアムが私に尋ねた。
「ええ、もちろんよ。むしろやっと慣れてきたところだわ」
「そうか。実は僕もだ」
付かず離れずの距離を取って踊っていた私たちだったが、三曲目はヴェラード調のワルツで……軽やかで流れるような動きとは対照的に、密着度の高い踊りだった。
時おり身体を完全に委ね、くるくると振り回されて着地する。それでも優雅さを失わず、パートナーに添うように、なめらかな動きを保つことが、この踊りの要だった。
お互いに慣れ親しんだ相手だからだろうか……ウィリアムとのダンスは、その道のプロである教師と踊るよりも心地よくて、身体に余計な力が入らないから、難しい曲もステップも無理なく踊ることができた。
昔からウィルは頑張り屋さんで、ダンスのレッスンもそれはもう真剣に……言い出しっぺの私より余程熱心に取り組んでいた。
負けじと私も頑張ったけれど、きっとウィリアムはもっともっと努力していたんだと思う。でなければ私がこんなに完璧に踊れるなんて有り得ないもの。
スローなワルツが終わろうとしている。斜めになった身体が緩やかに抱き起こされていく。
私は彼から目が離せない……ウィルは、私のウィリアムは……いつの間にこんなに素敵な男性になったのだろう。
彼が魅力的であることは、勿論ずっと前から知っていたことだけど……なんというか、大人の魅力が増えたと思う。
久々に踊ってみて、改めてそれを実感した。
昔よりもずっとずっと逞しくなって、私を簡単に持ち上げるウィリアム。踏ん張ったり、力んだり、勢いを付けたりする必要もない……
ゆっくり優雅な着地ができたのは、ウィルが揺るぎない支えで導いてくれたから。
さっき私は、とても上手く踊れたと自分でも思うのだけれど、それは全部ウィリアムのおかげだ。
最高の気分だった。
ワルツが静かに終わりを告げる。
私が感極まった状態で身動きできずにいると、再び演奏が始まって、それまでとは曲調ががらりと変わった。
まるで私の胸の高鳴りを煽るような、恋する気持ちを暴くような……ハイテンポのタンゴだった。
ウィリアムが視線で「どうする?」と問いかけてくる。その挑発的な目線に私が怯むはずもなく、当然!とばかりに微笑んだ。
昔の特訓の成果か、相手の動きが手に取るように分かるのだ。
今なら過去最高に優美で華やかに踊れる気がする……それくらいウィルと私は絶好調になっていた。
楽しくて楽しくて仕方がない。
周りの全てが見えなくなって、ここが何処かも忘れるくらい……私はダンスに夢中になっていた。
目の前にいる彼の瞳に映ることと、彼の手を取って踊ることだけに気を取られ……その後のことなんて何も考えられなかった。
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