秘密の花園エッセンス 〜異能青年は花嫁と踊る〜

文月・F・アキオ

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第1章 二人の婚約

王宮の舞踏会 ii(William)

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 セリーナは昔から美しかった。

 初めて彼女に会った時、僕はおとぎ話の妖精が現れたのかと思ったくらいだ。
 背の高い花壇の花畑からちょこんと顔を覗かせて、大きな青い目をぱちぱちと瞬かせ、金糸のように輝く髪を揺らしながら……にっこりと微笑んだのだ。
 後から聞けば、あの時は窮屈な衣装を着るのが嫌で逃げ回った末に隠れようとしていたところだったのだと言う。そこを見知らぬ男の子に見咎められ、誤魔化すために笑ったのだと……
 それでその時の服装が妙に薄い素材の頼りないものだったのかと納得する。おそらくは下着姿に近い格好だったのだろう……今なら分かるが、あの時の僕には薄手のツーピースが空を飛ぶ妖精の象徴に思え、今にも飛び立つのでは無いかと思ったのだ。けれども彼女の背中に羽はなく、小さな妖精は駆け足で去っていった。

 そのあと彼女が人間で、自分の兄の許嫁だと知らされた。その時の僕の驚きと、落胆の大きさは言うまでも無いだろう……





 *  *  *





(失敗した……)

 三曲目が始まって早々、僕は後悔していた。

 ホール中央にひしめいていたカップル達が、次々と手を取り合ってこの場を離れていく様子が先程から視界の隅に映っている。
 それはそうだろう、ヴァラードワルツなんて近頃の舞踏会では滅多にかからない。踊りこなすのがやや難しいということもあるが、踊れる人がいないわけでは無い。が、敢えて踊らないのが昨今のマナーとなりつつある。つまり、この曲は間奏曲……曲と曲とを繋ぐための音楽で、要するに小休止を入れる合図だ。

 それを無視して踊り続けたところで罰せられることは無いが、褒められたものでも無い。

 セリーナよりもこうした場に慣れている僕が一早く気付いて誘導するべきだったのに……連続で誰かと踊るなんてことは滅多にしないせいか、失念していた。
 このままではセリーナが悪目立ちしてしまう……ただでさえセリーナは人目を惹く容姿を持っていて、今日はいつも以上に美しいのに。デビューしたばかりで、目立ちたがり屋な娘だと噂されてしまうかもしれない。

 自分から誘っておいて止めるのはしのびないが、今ならまだ間に合う――

「リーナ……」
「……なぁに?」

 ドレスの裾を美しく広げて僕の元に舞い戻ったセリーナが、満足そうに微笑む。僕とのダンスを心から楽しんでくれているのが分かる生き生きとした表情で……正直に言えば僕も同じ気持ちだった。
 他の誰と踊った時よりも、セリーナと踊っている時が一番楽しくて、心地よい。同時にとても懐かしくて、幸せな気持ちになる――それを中断させることが、僕にはひどく難しかった。

「……前よりも上手くなったな」
「これはウィルのお陰だわ」
「そんなことは無いさ」

 本当に。セリーナは昔よりも格段に上手くなっていた……体の芯が強くなったのか、バランス感覚が研ぎ澄まされている。指先や足の末端にまでしっかりと神経が行きわたっているようで、僕が無遠慮に抱えても全く揺らがない。
 いつの間にこんなに上手くなったのだろうか。一時期、二人でひたすらダンスのレッスンをしていた頃があったが……あの後もずっと続けていたのか?

 一度身に付いたものは、そうそう忘れないからと……ここ数年の僕は義務的なダンスしかしてこなかった。そんな僕の支えで軽やかに舞ってくれるのだから、セリーナはすごい。


 気が付けば僕らはホールに残ったラストカップルになっていた。

 それでも踊ることをめられない……セリーナの体を引き寄せて、抱き上げたそばから小回りして着地する。互いに見つめ合う場面が多くなり、言葉が要らなくなっていく。

 そもそもダンスの本領とは感情表現ではなかったか……?
 だとしたら僕らは今とても良い状態であるのでは。相手の気持ちが手に取るように分かるのだ。僕には君が必要で、君には僕が必要であること――離れがたいと思う情熱をこうして体現している。
 それが周囲に知れ渡ったとして、何の問題があるのだろう……どうせ僕らは結婚するのだから。

 むしろセリーナには決まった相手がいることを早い段階で知らしめることができ、余計なアプローチが減るかもしれない。それは歓迎すべきことだ。


 そんなことを考えていられたのも序盤までで――抱きしめるようにして舞うのが心地よくて癖になる。セリーナのことだけを考えて彼女と踊ることは、しばしの間この状況を忘れてしまうくらいに現実離れした感覚に囚われる。こんな事を思うのは馬鹿げているかもしれないが、夢のように甘美な気分だった。

 最後にセリーナを抱き寄せて、このままキスしてしまおうかと真剣に考える。セリーナの目が誘っているように見えるのだ……この表情かおがそういう意味で無いのなら、セリーナは小悪魔と名乗るに相応しい。

 そんなことを考えながら見つめていると、楽団の演奏がガラリと曲調を変えてきた。舞踏会ではまず有り得ない、ハイテンポのタンゴだった――

 フロアに残って踊り続けた僕たちは、間違いなく注目を浴びていただろう……そして権力のある誰かがそれを目にとめて、僕らに注文リクエストしたのだ。

 この曲も踊って見せて欲しい――あるいは踊れるものなら踊ってみせろ、と。

 試されている。
 そして、こうなってしまったからには退去することわることは最早不可能であった。

 セリーナもそれは解っているのだろう……僕の無言の問いかけに、輝くような笑顔で返答してみせた。やる気に満ちた笑顔だった。彼女は踊り切る自信があるのだ――かく言う僕も、セリーナとなら踊れない気が全くしなかった。



 動き始めは唐突で、キレのある切り返しが何度も繰り返される。数をこなしていく度に鋭さを増しながら、縦横無尽に巡り舞う。難しいが、興奮する。少しずつ息が上がっていった。
 大人一人分の距離を開けながら、鏡合わせのような動きで並走して広間を斜めに横断する――同調の喜びと爽快な達成感に包まれた瞬間、そこかしこで小さな喝采が上がったのが聞こえる。どうやら少しは観客を沸かせているらしい。
 ドレスのひだを持ちながら軽快な身のこなしで力強く舞うセリーナは、可憐な容貌に反する妖艶さを曲の端々で披露した……それに魅せられたのは僕だけでは無いはずだ。
 けれどもそれは、僕だけに向けられたものだった。


 踊りのテンポが早ければ、曲の終わりも早かった。フィニッシュで彼女を受けとめた時、僕らは二人とも息が上がっていた。そして素晴らしい満足感を得た。
 互いにじっと見つめ合っていると、セリーナが冷静な声で呟く。

「今更だけれど、王宮の舞踏会でタンゴはおかしくないかしら?」
「……そうだね。普通じゃ有り得ない」
「私……なにか間違った?」
「いや、どうだろう……とりあえず、」
「とりあえず……?」
「この声には応えた方が良いかもしれない」
「そう、ね。そうよね……」

 僕らは互いの片手を取り合って、終了フィニッシュと同時に盛大な拍手と歓声を送ってくれた周囲の人々に向き直り、それぞれのやり方で一礼した。
 何度か向きを変えて方々にそれを繰り返し、そろそろ退場したいと考えたその時――ひときわ大きな拍手で僕らを讃えながら、一人の男性が歩み寄ってくるのが見える。


「いやいや、実に素晴らしい! 見事な踊りだった。まるでプロの踊り手ダンサーだな」

 品のある見事な飾りを付けた軍服に、複数の高位な階級章を胸に提げている。堂々とした歩き方で距離を詰め、気さくに僕らに話しかけるその人は――この国の誰もがその名と尊顔を知っている、若き王太子殿下だった。


 さすがに僕も驚いて、しばしのあいだ絶句する。セリーナにいたっては、氷のように硬直していた。

  
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