秘密の花園エッセンス 〜異能青年は花嫁と踊る〜

文月・F・アキオ

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第2章 二人の誤算

忍び寄る気配 iii(William)

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 ギルバートに久々に会って話した日から数えて十日近くが経った頃、公休日を迎えたウィリアムは再びくだんの宝石店を訪れていた。仕上がった品を自宅に届けさせるわけにもいかず、自ら受け取りにやって来たのだ。
 注文の品の一つは数日前からすでに仕上がっているとの連絡が入っていたが、なかなか時間が取れず次の休日と相成る。心なしか店へと向かう歩みも速くなるウィリアムだった。

 手に取ったものの形は指示通りで、石の色合いや輝きは思った以上に素晴らしいものだった。
 それほど派手な装飾もない子供の手の平にすっぽりと収まってしまうような大きさの、ぱっと見は普通のペンダントだが、奥底から放たれるような細かな煌めきがあった。角度によって異なる色の混ざった濃淡が生じる深みのある色合いは独特で、彼女に相応しいものに思われた。
 セリーナの内に秘められた魅力――意外性のある行動力や、耐え忍ぶことのできる心の強さ――のようだとウィリアムは感じた。

「……うん、とても良い。このまま、包んでくれ」
「畏まりました」


 短い一言に含まれた感嘆と満足そうな笑顔に、店主オーナーは目元を下げて密やかに喜んだ。





 その日は珍しく風があり、多様な香りを孕んだ生温いものが、人混みを縫うようにすり抜けては薄物を翻していた。町の区画ごとに聳える石造りの高い壁が奔流となるのを塞き止めるも、上方に取り付けられた王都の象徴たる青地に金の竜の紋章が描かれた旗が大きくはためいて、なにかを急き立てているかのようだった。

 地方から人が集まるこの時期は、増え続ける人や物の出入り合わせて揉め事が増える時期なので、いつも以上に検問や警邏が増やされる。それでも人口が増えて市場も活気付くことで金が循環する現象システムは、歓迎されるべきものだった。
 それによって王宮の中枢はいつにも増して忙しない。しかし常の機能と冷静さを失う程ではなく、関所の検査も滞りなく進み、城下町には目新しい品を扱う露店が続々と立ち並ぶ。行き交う人々の多さに比例して色数が増え、目に入る自然の中に花は少なくとも、街の風景は華やぎを増すばかりであった。

 警備のおかげか、今年はまだ目立った事件も起こっていない。順調に冬支度が進んでいた。

 この国の冬はそれほど厳しいものではない――もっとずっと北の方にある国では降るらしい〝雪〟という氷風現象も無いのだが、人々は冬に向けての備えを怠らない。
 そしてその日を境に陽のエネルギーが増していくとされる冬至祭――若い世代を筆頭に浮かれた空気が漂っている――を楽しみにしている。冬至を越したら冬籠りとも呼ばれる〝余日よじつ〟に入るからだろう。夜中の寒さが厳しくなる時期に、心暖まる時間を共に過ごすための相手を見繕う、最後の機会チャンスというわけだ。


 ウィリアムも、本音を言えばこのまま真っ直ぐセリーナの元へ向かいたかった。だが、そうもいかない理由が官舎を出た頃からずっと、自分の後方にあることを使い鳥の囀りメッセンジャーから知っていた。

 この付き纏い行為が一体いつから始まっていたのか正確な時期は判らないが、少なくともセリーナが王都に来た頃には始まっていたのは確実で……ギルバートに言われるまで全く気づかないでいた自分に嫌気がさす。ここ最近はいつになく浮かれていた自覚があるだけ余計にだ。
 自分の周囲を動物たちに探らせてみれば、実にあっさりと、ギルバートの言が事実であったことが判明したのだ。彼とは違って人並みの嗅覚しか持ち合わせていないとはいえ、悔しいことこの上なかった。

 ウィリアムが久しぶりに単独で出歩く機会を其の者が見逃すはずもなく。慎重派なのかだいぶ離れてはいるが、決して見失わない距離を保って尾行されているのだった。気付いてしまえば感じ取れないことも無いほどには、向けられる視線は鋭いものだった。

 それが悪意なのか、別の何かなのかは定かではない。が、こんな得体の知れない存在ものを背後に纏わせながら彼女セリーナに会うなど、ウィリアムには問題外の選択だった。


 この不審人物は、ウィリアムが王宮内にいる時ですら何処からか監視するかのように窺っていることもしばしばで、直接的な被害は無いのだが出入りの業者や掃除夫などの使用人、あるいは転属してきたばかりの新人を装って……同じ所属の文官や研修を共にしたことのある同期など、自分と関わりのある人物に接触し、実に巧妙に情報を集めていた。
 それはウィリアムの為人ひととなりや普段の勤務態度などに留まらず、この頃は専ら私的な事柄を詮索しているらしかった。

 そもそも王宮という特殊で広大な敷地内は、重要な場所ほど厳重な警備が敷かれており、こと外部からの出入りに関しては要所要所で人間はもちろん物品ですら厳しく審査されているはずの場所である。それなのにこうも敷地内で頻繁に暗躍しているという事実は驚くべきことで、それはつまり権力のある貴族ないし王宮内部の高官と通じているか、其の者が特殊な機関に属しているなどの特権を行使している可能性が高く――つまり一般人では有りえない。
 内部調査的な何かなのか、全く見当も付かないが……すでにウィリアムの家系や経歴といった基本情報は仕入れており、それの裏付けや書類には記載されていない情報を集めているように思われた。もはや民間の調査機関――ギルバートの浮気調査などという線は確実に消えていた。

 とにかく正体が掴めず、接触しようにも捕まらない。そんな得体の知れない存在で、謎ばかりを残す人物にいつまでも嗅ぎ回られては不信感しか覚えない。目的が判らないと迂闊にセリーナにも会えないのだから、ウィリアムにとってそれは大問題で、一刻も早く解決したい事柄なのである。

 今日はようやく彼方あちらから姿を現して後を追ってくれているのだ。この機を決して逃すまいと心に誓うウィリアムだった。





 私用をいくつか済ませたウィリアムは、わざと人気ひとけの無い場所へと向かって歩いていた。
 高価な宝石店を訪れたあとの行動だけに、ひどく怪しく思われたのではないだろうか。

 いくつもの路地を抜けて、歓楽街と言えなくも無いが、富裕層向けの優美な華やかさとは程遠い雑多な地域を通り抜けて、営業してない店舗のひしめく裏通りへと向かう。人気ひとけがなくとも見晴らしの良い場所では相手が距離を縮めてこない可能性が大いにあるので、それを考慮した。
 警戒はされるだろうが〝何かある〟と思わせれば逃げ場の無いところまで誘い込めると踏んでの行動だった。

 相手はかなりの使い手なのか、恐ろしいほどに慎重なのか、全く気配を感じさせない。一瞬たりとも姿は見せないし、足音すらも響いてこない距離なのだが、確実に追跡してきているのだから恐れ入る。
 こういった技術はどうやって身につけるものなのだろうかと考えながら進むウィリアムは、決して余裕を失っていなかった。というのもウィリアムには後方支援の目がいくつもあって、逐一報告を受けて相手の様子――警戒具合を把握している。

 仲間による二重尾行。つまりウィリアムターゲットに言動が筒抜け状態なのである。



 そうしてついに目的地に到着したと思わせるために、古びた家屋のやや傾いた木戸に向かい、周囲を警戒しながら身を隠すような素振りで中に踏み込んだ。
 この建物内はもちろん、近隣の建物から通路に至るまで無人であることを確認した上での行動だった。




 別の出口から外へ出て、ぐるりと迂回しながら表の出入り口に戻って場所を取り、息をひそめる。

 しばらくして現れた人物が警戒しながら建物の中に意識を向け、裏口の方に向かうのを見てほくそ笑む。ウィリアムは行き止まりの路地へと向かう男の背後にゆっくりと忍び寄って声を掛けた。



「私になにか用だろうか」


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