20 / 50
第2章 二人の誤算
忍び寄る気配 iii(William)
しおりを挟むギルバートに久々に会って話した日から数えて十日近くが経った頃、公休日を迎えたウィリアムは再び件の宝石店を訪れていた。仕上がった品を自宅に届けさせるわけにもいかず、自ら受け取りにやって来たのだ。
注文の品の一つは数日前からすでに仕上がっているとの連絡が入っていたが、なかなか時間が取れず次の休日と相成る。心なしか店へと向かう歩みも速くなるウィリアムだった。
手に取ったものの形は指示通りで、石の色合いや輝きは思った以上に素晴らしいものだった。
それほど派手な装飾もない子供の手の平にすっぽりと収まってしまうような大きさの、ぱっと見は普通のペンダントだが、奥底から放たれるような細かな煌めきがあった。角度によって異なる色の混ざった濃淡が生じる深みのある色合いは独特で、彼女に相応しいものに思われた。
セリーナの内に秘められた魅力――意外性のある行動力や、耐え忍ぶことのできる心の強さ――のようだとウィリアムは感じた。
「……うん、とても良い。このまま、包んでくれ」
「畏まりました」
短い一言に含まれた感嘆と満足そうな笑顔に、店主は目元を下げて密やかに喜んだ。
その日は珍しく風があり、多様な香りを孕んだ生温いものが、人混みを縫うようにすり抜けては薄物を翻していた。町の区画ごとに聳える石造りの高い壁が奔流となるのを塞き止めるも、上方に取り付けられた王都の象徴たる青地に金の竜の紋章が描かれた旗が大きくはためいて、なにかを急き立てているかのようだった。
地方から人が集まるこの時期は、増え続ける人や物の出入り合わせて揉め事が増える時期なので、いつも以上に検問や警邏が増やされる。それでも人口が増えて市場も活気付くことで金が循環する現象は、歓迎されるべきものだった。
それによって王宮の中枢はいつにも増して忙しない。しかし常の機能と冷静さを失う程ではなく、関所の検査も滞りなく進み、城下町には目新しい品を扱う露店が続々と立ち並ぶ。行き交う人々の多さに比例して色数が増え、目に入る自然の中に花は少なくとも、街の風景は華やぎを増すばかりであった。
警備のおかげか、今年はまだ目立った事件も起こっていない。順調に冬支度が進んでいた。
この国の冬はそれほど厳しいものではない――もっとずっと北の方にある国では降るらしい〝雪〟という氷風現象も無いのだが、人々は冬に向けての備えを怠らない。
そしてその日を境に陽のエネルギーが増していくとされる冬至祭――若い世代を筆頭に浮かれた空気が漂っている――を楽しみにしている。冬至を越したら冬籠りとも呼ばれる〝余日〟に入るからだろう。夜中の寒さが厳しくなる時期に、心暖まる時間を共に過ごすための相手を見繕う、最後の機会というわけだ。
ウィリアムも、本音を言えばこのまま真っ直ぐセリーナの元へ向かいたかった。だが、そうもいかない理由が官舎を出た頃からずっと、自分の後方にあることを使い鳥の囀りから知っていた。
この付き纏い行為が一体いつから始まっていたのか正確な時期は判らないが、少なくともセリーナが王都に来た頃には始まっていたのは確実で……ギルバートに言われるまで全く気づかないでいた自分に嫌気がさす。ここ最近はいつになく浮かれていた自覚があるだけ余計にだ。
自分の周囲を動物たちに探らせてみれば、実にあっさりと、彼の言が事実であったことが判明したのだ。彼とは違って人並みの嗅覚しか持ち合わせていないとはいえ、悔しいことこの上なかった。
ウィリアムが久しぶりに単独で出歩く機会を其の者が見逃すはずもなく。慎重派なのかだいぶ離れてはいるが、決して見失わない距離を保って尾行されているのだった。気付いてしまえば感じ取れないことも無いほどには、向けられる視線は鋭いものだった。
それが悪意なのか、別の何かなのかは定かではない。が、こんな得体の知れない存在を背後に纏わせながら彼女に会うなど、ウィリアムには問題外の選択だった。
この不審人物は、ウィリアムが王宮内にいる時ですら何処からか監視するかのように窺っていることもしばしばで、直接的な被害は無いのだが出入りの業者や掃除夫などの使用人、あるいは転属してきたばかりの新人を装って……同じ所属の文官や研修を共にしたことのある同期など、自分と関わりのある人物に接触し、実に巧妙に情報を集めていた。
それはウィリアムの為人や普段の勤務態度などに留まらず、この頃は専ら私的な事柄を詮索しているらしかった。
そもそも王宮という特殊で広大な敷地内は、重要な場所ほど厳重な警備が敷かれており、こと外部からの出入りに関しては要所要所で人間はもちろん物品ですら厳しく審査されているはずの場所である。それなのにこうも敷地内で頻繁に暗躍しているという事実は驚くべきことで、それはつまり権力のある貴族ないし王宮内部の高官と通じているか、其の者が特殊な機関に属しているなどの特権を行使している可能性が高く――つまり一般人では有りえない。
内部調査的な何かなのか、全く見当も付かないが……すでにウィリアムの家系や経歴といった基本情報は仕入れており、それの裏付けや書類には記載されていない情報を集めているように思われた。もはや民間の調査機関――ギルバートの浮気調査などという線は確実に消えていた。
とにかく正体が掴めず、接触しようにも捕まらない。そんな得体の知れない存在で、謎ばかりを残す人物にいつまでも嗅ぎ回られては不信感しか覚えない。目的が判らないと迂闊にセリーナにも会えないのだから、ウィリアムにとってそれは大問題で、一刻も早く解決したい事柄なのである。
今日はようやく彼方から姿を現して後を追ってくれているのだ。この機を決して逃すまいと心に誓うウィリアムだった。
私用をいくつか済ませたウィリアムは、わざと人気の無い場所へと向かって歩いていた。
高価な宝石店を訪れたあとの行動だけに、ひどく怪しく思われたのではないだろうか。
いくつもの路地を抜けて、歓楽街と言えなくも無いが、富裕層向けの優美な華やかさとは程遠い雑多な地域を通り抜けて、営業してない店舗のひしめく裏通りへと向かう。人気がなくとも見晴らしの良い場所では相手が距離を縮めてこない可能性が大いにあるので、それを考慮した。
警戒はされるだろうが〝何かある〟と思わせれば逃げ場の無いところまで誘い込めると踏んでの行動だった。
相手はかなりの使い手なのか、恐ろしいほどに慎重なのか、全く気配を感じさせない。一瞬たりとも姿は見せないし、足音すらも響いてこない距離なのだが、確実に追跡してきているのだから恐れ入る。
こういった技術はどうやって身につけるものなのだろうかと考えながら進むウィリアムは、決して余裕を失っていなかった。というのもウィリアムには後方支援の目がいくつもあって、逐一報告を受けて相手の様子――警戒具合を把握している。
仲間による二重尾行。つまりウィリアムに言動が筒抜け状態なのである。
そうしてついに目的地に到着したと思わせるために、古びた家屋のやや傾いた木戸に向かい、周囲を警戒しながら身を隠すような素振りで中に踏み込んだ。
この建物内はもちろん、近隣の建物から通路に至るまで無人であることを確認した上での行動だった。
別の出口から外へ出て、ぐるりと迂回しながら表の出入り口に戻って場所を取り、息をひそめる。
しばらくして現れた人物が警戒しながら建物の中に意識を向け、裏口の方に向かうのを見てほくそ笑む。ウィリアムは行き止まりの路地へと向かう男の背後にゆっくりと忍び寄って声を掛けた。
「私になにか用だろうか」
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる