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第3章 二人の覚悟
匂い立つ記憶 i(William)
しおりを挟むセリーナのご両親にまで見送られて屋敷を後にして、完全に見えなくなったところでようやく緊張から解放され、肩に入っていた余計な力が抜けたのを感じる。親しくしていても、やはり〝彼女の両親〟だと思うと身構えてしまう。
昨日も一昨日も彼らの信用を裏切るようなことを隠れてしていたことに気が咎めるが、今に始まったことでも無いので今更だった。
表向きはともかくとして、裏ではあんなに無遠慮にセリーナを貪っているのだから弁解の余地はないのだが……言い訳するなら、始まりは本当に純粋な気持ちからだったことと、今まで一度だってセリーナの意に添わぬことを強要したことは無い――完全なる合意の上でのこと――なので許して欲しいと思っている。
たとえ許してもらえなかったとしても、セリーナを手離すつもりは全くないが。
今日のセリーナはやや簡素な出で立ちで、街を歩くのに馴染むような動きやすい格好をしている。片側だけ編みこまれた髪には空色のリボンが巻き込んであり、耳元で揺れる結び目が軽快で可愛らしい雰囲気を醸し出していた。こうしてまじまじと観察してしまうのは、やはり明日からしばらく会えないことが分かっているからだろうか……少しでも長く視界に収めて彼女の隅々までを目に焼き付けておきたいと、そう思う。
預かった大きな荷物には食事やらなにやら色々なものが入っているらしく、本当に外で食べるつもりなのだなと実感する。もちろん僕だってそのつもりで来たのだが、天候次第では変更しても良いと考えていた。まだ王都の料理店では数えるほどしか食事をしていない。彼女を連れて行きたいと思っていたところは他にもたくさん残っていた。
それでも、セリーナと彼女の住む本邸の庭で過ごした時のように『できれば外で過ごしたい』と言われれば、嬉しいと思う気持ちが湧くのを止められない。何の変哲もない、何もできなかった子供の頃の思い出を大事な記憶として認められているというのは僕の心を柔らかな羽毛で包むように温める。
これからもっと楽しくて幸せな思い出を作るはずだったのに……そこへ連れて行くのは予想よりずっと遅くなりそうだ。一瞬前に感じた正の感情が逆に呼び水となって負の事柄を思い出させる。足元に隠れるようにして纏わり付いていた暗い感情がじわりと這い上がってきた。
(駄目だ。そうじゃない……今日はこの時間を大事にする。リーナのことだけを考えて過ごすんだ)
貴重な時間を一秒たりとも無駄にしてはならない――そう強く念じて、気持ちを立て直したウィリアムだった。
街のあちこちにはタランと呼ばれる角形のランプが掲げられている。燃料が無くとも発光する合金属が冬至祭から余日にかけての赤色から、新年を表す黄色に入れ替えられていた。今日は昼間だけでなく夜中まで、一日中ずっと灯されることになる。
そこそこ高価な金属なので小さな町や村では中心となる建物か教会の一カ所に掲げてあるのがせいぜいだが、個人個人が豊かである王都では街全体がこの色に染まっていた。初めて王都でその光景を目にした――夏至祭で青色の多さに圧倒された時の僕と同じように、セリーナも驚いた表情で眩しそうに眺めている。
辻馬車を拾った僕たちは、王都郊外にある有名な森林公園――ラグリアガーデンに着くまでの道のりを景色を見ながら楽しんだ。セリーナは終始ご機嫌で、彼女の手を握って話をしながら、次はどこへ行こうとか、今度はあれを食べてみようとか、他愛のない小さな約束をたくさん交わした。
それは先の見えない未来に立ち向かうための支えを増やす作業のようだった。その時間、僕はずっと握りしめた小さな手に指輪があるのを確かめるように繰り返し、何度も何度も彼女の手の甲から指を撫でていた。
よく晴れた上空に鳥がさえずりながら滑空する様をみて、今ごろ彼らは苦労しているだろうかと考えた。
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