46 / 50
第3章 二人の覚悟
匂い立つ記憶 ii(Selina)
しおりを挟む王都の観光名所の一つである森林公園にウィリアムと私はやってきた。
ここは乗馬が楽しめるほど広いことで有名で、草原を囲む奥の森は王族のための離宮に続いていると言う。賑やかな街からそれほど離れていないにも関わらず、緑豊かな場所だった。
様々な趣向を凝らした庭園もいくつかあるけれど、剥き出しの自然そのままの場所が多くあるらしい。目的の場所に近づくにつれて整備された道ではなくなって、なるほどなと実感していた。
公園内で唯一の水場である小さな湖にやってきてみると、冷んやりとした清浄な空気を感じる――まさに森林にいるような雰囲気だった。
湖にはところどころ薄く氷の張ったところが残っていて、水はかなり冷たそうだけれど、今日も日差しはとても暖かい。ピクニック日和だと私は思う。
布を敷き、ふたりで並んで腰を下ろす。
踏みしめていた時から地面の沈み込むような反発を感じていたけれど、実際に座ってみてその柔らかさに驚いた。まるで厚手の毛織り物を敷いた上にいるような感触だった。水分が多いということだろうか……これならいつまででも居座れそうである。
今日が年明け初日だからなのか、それともまだ午前中でもうすぐお昼時だからなのか……周囲には私たち以外の人はいない。
こんなに広々とした自然をウィリアムと二人で貸し切りにしている現状に胸が躍っていた。
「誰もいないみたいね」
目の前の光景を独占している喜びから、純粋に〝良かったわね〟という意味合いで、私は彼に声をかけたのだが……
「……そうだな」
返事をくれたウィリアムは、なぜだか不満そうな声色だった。なんでそんなことを言うの?という呆れを含んでいるようにも見える。
私は少し驚いて、自然と瞬きが多くなった。
はぁ、と見せつけるように溜め息をついたウィリアムが、恨めしそうに私を覗き込んでくる。
片膝を立てて抱えていた足を伸ばすと腕を回してきて、私の脇の下を持って抱き上げる――
ウィリアムの両腿の上に乗せられて、腕の中に閉じ込められるままに背を預け、彼の胸に凭れていく……完全に力を抜いて体重を預けると、お尻の下にある感触に気が付いた。
ドキッとして身じろぐと、ますますそれは反応してしまって固まる。どうやら余計なことをして(言って?)しまったらしい。
「…………」
「一応ここは公共の場所だからな……」
今は誰もいなくとも、私有地と違って安全の保証はない。〝ここではしない〟と言うより〝できない〟から、あえて言わずにいたことにわざわざ触れて刺激しないで欲しい……そういう思想を受け取って、嬉しいような気恥ずかしいような熱量に包まれた。
ウィリアムがそういう気分になると仄めかした……そうなる原因はここが実家の庭に似ているからだろうか。それとも私が近くにいるせいなのか、無人の環境がそうさせるのか。
気持ちが切り替わる原動力となるようなものが、おそらく男女で異なるように、ウィリアムに指摘されて初めて――ではなく改めて、自分も〝それ〟を意識した。
そうなる覚悟はとっくに決まっていた。
けれどさすがに〝今ここで〟というのはないと思っていた。贅沢を言うつもりはないけれどできれば普通の初夜らしく……せめて温かい室内で落ち着いて、誰もいない場所であってほしい。
その他にも具体的な希望を頭の中で考え並べていると意外と条件が多いことに気付く。どうやら自分で思っていたよりも〝初めて〟の局面に対して夢を持っていたらしい。
今更それを彼に伝える気はないけれど、思いがけない発見だった。
そうすると互いにますます具合いが悪くなるのだが、考えることを止められないセリーナだった。
(はっ、私ったら……)
ウィリアムの言うように、ここでは抑えていなければ……
さざなみのように押し寄せる期待を鎮めるため、私は話題を切り替えることにした。先ほど感じた地面の感触について疑問を述べるのは不適当だと思われるので、気が紛れるような別の欲求を満たすというのはどうだろう。
「ウィルはおなか空いてる?」
「いや、それほどでもない。今はリーナを食べたくて我慢してる」
機転を利かせたつもりの言動だったのに、彼の手によってあっけなく振り払われてしまった。
むむむ…と抗議の唸り声をあげると、ウィリアムがそれを愉快そうに笑う。
湖の周囲に目立った草花は生えていない。人工的なものもない。
殺風景と言えなくもない景色だが、湖面の中央に映っている空は鮮やかで、きらきらと水面に反射する陽の光が眩しくて……とても、美しいと思う。
日差しはあっても風は無く、背中を包み込まれているおかげでさらに寒さを感じにくくなっていた。
気を抜くと眠ってしまいそうなほど穏やかな湖畔。
頭上に落とされるウィリアムの少し低い声が、触れている場所から心地よい波動となって私の体に響いていく……
あえて何もしないで過ごす――とても贅沢な時間だった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる