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第3章 二人の覚悟
匂い立つ記憶 iii(William)
しおりを挟む女の子としては成長の早かったセリーナの背丈が目に見えて僕より低いと感じられるようになった頃――体格はまだ子供で力も弱く、明確な男女差があったわけではない。けれど、僕より小柄になった彼女を庇えるように、包み込めるようになれたことが嬉しくて、とても誇らしかったことを覚えている。
年齢・身分・性別を問わず、対等でありたいと感じると同時に、彼女は大事な保護対象で、矛盾を孕んだ存在でもあった。
見た目にそれが叶うようになってからは、彼女の隣に並び立つことにすら喜びを感じ、理由があれば彼女を抱きしめることさえできるのが自慢だった。他の同年代の子供とは一線を画していて、子供心に年上として頼られることに優越感すら抱いていた。それが異性に対する恋愛感情だと明確に自覚するずっと前、出会った当初から僕はセリーナに恋をしていたのではないかと思う。
そうした気持ちは大人になった今でも変わらずに秘めているし、芽吹いた時とは比べ物にならないくらい四方八方に伸びる枝のごとく育ち続けている。そして養分を欲しがって、求める気持ちが大きくなって。
今も隙あらば――特に後ろからを好んで、抱き込めている。美しい僕の宝物を。
セリーナの柔らかい髪が顎にあたると少しくすぐったい。彼女から香る匂いには、いつからか薬茶のような香草の匂いが混じるようになったけれど、もともとある彼女の匂いは変わらなかった。
そういえば一昨日の真夜中に会った時は風呂上がりの名残なのか薔薇(ローズ)のような甘い香りが体に残っていた――なぜ今そんなことを思い出しているのかと言うと、こうしているとセリーナの匂いがよく分かるからだ。
髪の匂い、少しかがんで肌の匂い、ギュッと抱きしめれば服の匂い、間を空(あ)ければ周りの匂い……別にこだわっているわけでは無いが、分かってしまうと気になるものだ。
それによって都合が悪くなる時もあるが、たいてい――と言うよりは殆どがセリーナに関わる時に発動されるので、困ってはいても本心では喜んでいることも多い。最近では色んな意味で制御する力が増えてきたので、失態を起こす確率はさらに下がったと言えるだろう。何年か前にうっかり周りの物を動かして壊してしまった時には大いに焦ったが……今思えばあれは感情に繋がる回路の存在すら知らず、切り離す術がなかったことと、瞬時に気の高ぶりを下ろすには年齢的に未熟だったからだと分かる。
理由が判明した今は安心して、余計な気構えなく抱きすくめることができる。
そうこうしているうちに次々と話の種は尽きることなく穏やかに移り変わっていった。
こうした取り留めのない会話もセリーナとなら労せず楽しむことができる。他の人間相手では、目的なく無為に過ごすことはもちろん、積極的に関心を寄せて言葉を交わすのも難しい。
聞かれればその都度きちんと答えているつもりだがそれだけで、笑顔で躱すことも多い。自分と関わりのない領域まで他者を知り、内側深くまで理解したいとは思えない。ましてや相手が異性なら、機会があっても遠慮したい。偏った愛情でしか他者を思いやれないのが僕の変えられぬ欠点なら、その範囲でどうにかしてやっていくしかない。周囲が評価するよりも、僕は狭量な男だと思う。
主義というほどでもないが、友人すら無くても問題ないと思っている。そもそも気の合う友人とは意識して作るものではなく、気付いたらなっているものではないだろうか……たとえ不本意ながら馴染んでしまった結果だとしても。
合間合間の静寂でそんなことを考えながら、セリーナとは何をしても楽しくて幸せだと感じてしまうのを心底不思議に思う――と同時に人生最大の幸運だとも思う。
セリーナがいれば他には何も要らないのに……時々僕は本気でそう思う。
あり得ない話だが、非現実的な超常現象でもってこの世界に二人きりにされたとしても、セリーナが隣にいれば僕は幸せなのだろうなと思えるのだった。
すっかり日も高くなったところで、セリーナが持ってきてくれた食事に手を付ける。半分は家の者の作り置きで、半分はセリーナが手ずから用意したものだと言う。
前から思っていたけれど、こういうところでもセリーナは普通の令嬢とは異なる。貴族の娘として大事にされながら育ってきたのは確かなのに、一般的に褒められた行為ではない厨房などの使用人区域に出入りすることを躊躇わないし、執事や侍女はともかく、女中の仕事にもやけに詳しい。
未来の子爵夫人として、家のことも総じて把握していなければならなかったのだとしてもだ。茶を淹れるにしても調理をするにしても、極める必要は無いと思うのだが……いつ訊いても〝まだまだ修行不足だ〟といった調子で、満足した様子がない。
それでいて〝自分は何もできない〟と思っているのだから、大概おかしい。自己評価が低いというか、出来ないことにばかり目を向けて悩んでいる……令嬢としての指針が個性的なのかもしれない。
僕としてはそのままでも十分に魅力的で申し分のない女性だと思っているのだが、彼女自身が納得するまでは応援したいと思っている。その方が僕も面白いし、刺激になってますます頑張ろうと思えるからだ。
一日の中で最も人出の多くなる時間帯、食事を終えて街に戻るとそこは尋常ならざる混雑具合いで、多種多様な格好の人と匂いで溢れかえっていた。商店街が内側にもう一層できたかのように隙間なく露天商が連なって、二重市場として大路の半分を埋め尽くしているせいだった。
当然だが、馬車ではろくに進まないので街の入り口で降りてから先は徒歩で進んでいる。余日市の最終営業と迎春休明けの通常営業とが重なって起こるこの珍しい商業露店の重列を見られるのは今日だけなので、ちょくちょくと立ち止まって――そうしなければ進めないという理由からも、様々な店の中を覗いて楽しんだ。
はぐれないよう手を繋ぎながら――そうやって過ごす自分たちの姿があまりにも、憧れていた〝普通の光景〟そのものであることに気付いてしまったら。喉が閊えて息苦しいほどだった。王都で二人、こんな風に過ごす日常を……僕は手に入れたかった。
諦めたわけではないし、いつかは叶えるつもりだけれど、やはりかなり辛かった。
そんな気持ちを追いやるように、僕はセリーナにあげたかった品々――冬至祭の名物である花輪、香炉や果実酒、新年の花飾り、小ぶりなタランや他にも色々と――を次々と買って贈った。
一つ一つは小さくても、数を増やしていくうちに萎んだ気持ちもだんだん回復して、別の目的が浮上してくる。僕が今しなければならないことはこうやって、少しでも多く彼女の手元に心に残る物を捧げることだと思った。
何カ月分、何年分になるか判らない先の分までと、なかば意地になって……少しでも気に入ったものは迷わず購入した。
最初は戸惑っていたセリーナも、なんとなく意図を察したのか、次第に積極的に物を選んでくれるようになっていた。
そんなセリーナが選ぶものは、たとえばこの縁結びの飾り紐のように身につけるものや実用的なものばかりで……さらに言えば、揃いの品が複数ある物か、対になっている物か、性別を問わずに共有できる物だった。
口に出して言われなくても伝わってくる思いの強さに心を打たれた僕は、躍起になっていたのが馬鹿みたいに思えてきて……彼女のおかげで本来の目的を思い出し、落ち着きを取り戻すことができた。
賑やかな場所で満ち足りた時を過ごし、嫌なこと全てを忘れるほどだった――
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