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第3章 二人の覚悟
匂い立つ記憶 iv(Selina)
しおりを挟む戻ってきた街の様子が朝の時とは一変していて私はひどく驚いた。眩しすぎるタランの灯が霞んでしまうくらい、たくさんの人が出歩いて、道なりに色とりどりの店がひしめいていたのだ。
ウィリアムから王都では年末から年明けが最も人の出入りが活発になるとか、混乱しないように街を整えるための準備や対応に忙しいと……そう聞いていたが。まさか、これほどとは――
いくら根回しが済んでいるとはいえ、不測の事態に備えて役人や警備隊員が、巡回あるいは駐屯しているのではないだろうか……
文官であるウィリアムは、当日の仕事よりも前準備の方が大変だったのかもしれない――今さらだけど、彼らの仕事ぶりがあってこそのこの光景なのだろう。感謝しなければ。
遠目に見ているだけでも、わくわくしてくる。建物の中の既存の店も、いつもとは趣向を変えた店構えと品揃えのようだった。今日だけの特別市ということだろうか……普段よりも安価でまとめ売りしている品が目立つように置いてある。
そしてやはり異彩を放っているのは余日市の露天商だ。日除けの布を張った下に置かれた棚や机に挟まれるように店の者がいて、道の両側から品物を売り買いできるようになっている。
自国ではあまり見かけない品々を扱っているところも多く、雑貨や装身具など異色の物が珍しくてついつい見入ってしまう。
美味しそうな匂いのする置き物や、無色透明なのに色んな味のする飲み物、宝石のように綺麗な細工の菓子……というように、見た目と中身がそぐわない物に騙されては笑ったり、驚いたり。領地でよくある飾りを見つけた時には少しだけ家を恋しく思ったり。
人混みを縫うように歩いくのは思ったよりも難しく、手をつないでいなければ簡単にはぐれてしまいそうだった。流れに逆らわないように進みつつ、お店の中を覗き見するのを繰り返す……途中途中で買い物すれば、なかなか前へは進まない。
そして昼食を終えたことで中身がずっと少なくなっていたはずのカゴの中が、だんだんと投入される物で膨れていった。
見ているだけで楽しい私とは違い、ウィリアムは気に入ったものを手当たり次第に購入し、そのほとんどを私に手向けるように差し出していた。
本来とは逆の用途で与えられる餞別は、まるで読み飽きた本に挟む目印のようだと……何故だか分からないけれど、私はそう感じて悲しくなってしまう。
自分がここに居た痕跡、ここまで来ていたという印を残す行為のよう――そうやって次々とウィリアムの温もりが詰め込まれていって、押しつぶれそうに積み上げられていく。
私にはそれが哀しい作業に思えたのだ。
そこには〝私〟の入り込む余地がなかったから……寂しかったのだと思う。
だから一緒になって選ぶことにした。
私たち〝二人の〟思い出となるもので、〝お互いの〟拠り所になるように――たとえば願掛けに使うらしいモザイク模様の異国の組紐、つややかな榛色で美しい彫りのペン軸、男女共用サイズのカフスボタンを金と銀のお揃いで。
忘れてほしくない〝私の印〟を押し売りするように選んでしまったものだけれど、ウィリアムは嬉しそうに受け取ってくれたから……私はとても満たされた。人が多すぎて、キスで感謝の気持ちを示せなかったことが残念だわと思うくらいには。
まるで街全体が市場だと錯覚するほどの賑わいだった場所を抜けて、向かったのは王都にあるウィリアムの屋敷だった。
そういえば私はまだ今回の件でウィリアムのご両親には挨拶していない。彼がいなくなってしまっては、自分から伺うのが難しくなる場所なので、このタイミングで連れて行ってもらえるのは嬉しかった。きちんとご挨拶をして、お礼をした上で私の気持ちをお話しできればと思う。
ウィリアムのご両親からすれば、婚約者でなくなったのにいつまでも待ち続けると宣言をされるのは不愉快かもしれないけれど……一度は義父母になることが確定したと信じて接してきた方々なので、できれば今後も邪険にしないでもらえたら嬉しいなと甘えたことを思ってしまう。
*
結論から言うと、私は思いがけない歓待を受けてほわっと心が温かくなった。
私の母と懇意にしている伯爵夫人には「ごめんなさいね」と涙ながらに抱きしめられてしまったし、念押しするように「私にとって貴女はいつまでも娘のような存在よ」と言っていただけた私は本当に幸せ者だ。
ウィリアムを思い続けることを許されて、それだけでもありがたいと思うのに、〝娘〟と名乗ることも許された……もちろん結婚もしてないのに娘だなんてそんなこと。私は言うつもりはないけれど。
隣に座っていらっしゃった伯爵様は、それを見て少し居心地が悪そうに顰めていた。
大丈夫です、身の程はわきまえているつもりですので……そう伝えるつもりで頷いておいたけれど、きちんと伝わっただろうか。
最後の方ではエドワード様も現れて、ウィリアムが少しのあいだ私と離れて別室でご両親とお話しされている間、ずっとお相手してくださったのだけど、以前のように気安く話しかけてくれて構わないと言い含めるように聞かされた。
私はどうやら彼にもすでに〝妹〟と認識されているらしく、気恥ずかしいけど嬉しかった。
ウィリアムの家の人々は皆とても私に優しくて、お転婆だった幼い頃から良くしてくれている。
エドワード様に困ったときには遠慮なく頼ってこいとまで言われて……しみじみとそう思ったのだった。
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