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第3章 二人の覚悟
匂い立つ記憶 v(William)
しおりを挟むそろそろ時間だからと切り上げようとした頃になって兄までが現れた。
僕たちとの会話に加わったのは良いとして、意外だったのはそのまま居座り続けたことだ。てっきり顔を見せて少し話したら去っていくものと思っていた……
その上、僕のいない間のセリーナの相手をする役を自然と買って出た紳士な対応――それに、何も思わなかったわけじゃない。
けれど敢えてそれを指摘して、気付いてなさそうな両者をわざわざ意識させた状態で引き合わせるのも癪なので……仕方なく、黙って見過ごした。
思うに、ここ最近の兄は少し変じゃないだろうか。
昔はもっと、セリーナを〝弟の婚約者〟として普通に……どことなく冷めた感じで認識して、言動もそれに準じていたと思うのだが――
それとも結婚が本決まりになって身内同然になったから、彼の中で扱いの基準が変わったのだろうか。
以前より顕著に現れるようになった優しさや、親しげな空気……あれは本当に〝義妹〟に対する気遣いで、家族に感じる〝親愛〟の範疇に収まっているのだろうか――
これからしばらく彼女の側を離れることになる身としては、信頼できる人に彼女の安全を託したいと思う気持ちと、誰であれ迂闊に信用してはらならないと思う気持ちがあるわけで……
思い過ごしかもしれないが、間違っても不愉快な展開に転ばぬよう、身内だからといって無条件で安心せずに、行く前にはっきりと確認しておきたい。
(もしもの時は見張りを残すか……)
長期留学(だと周囲には思われている)での別れを前にして、両親への挨拶もそこそこに。
これが出立前に話し合える最後の機会かもしれないと、今後の予定や先の話――僕の希望という名の決意やセリーナと交わした約束のことなど、報告できる範囲のことを別室に移って話し合っている間……頭の片隅では先ほどの部屋に残った二人について、そんなふうに考え巡らせていた。
*
二日ぶりに乗ったアベルの乗り心地はいつもと変わりない。
けれど毛並みは、はた目にも判るほどはっきりと艶が増していた。
先日、せめてセリーナがいる時くらい〝もう少し気を遣って清潔にしてもらえると嬉しい〟と頼んだ――こちらも匂いには気を付ける代わりにそちらも外見に気を使えと、暗に交換条件を持ちかけた結果だった。
待ち合わせ場所に現れたアベルを見たセリーナは、たいそう感激したらしく、乗ってる間もずっとはしゃいでいた。
「本当に、今日のアベルはすごく鮮やかで美しいわね。動くたびに羽毛がキラキラしていたわ……もしかしてこれからアデレに会いに行くのかしら?」
「磨いた動機は違うけど、結果的にアデレを喜ばせることになるだろうな……普段からもっとそうしてれば良いのに」
「素敵よ、アベル。きっとアデレもあなたに惚れ直しちゃうわ」
「ねぇ、リーナ……それだと少し語弊があるんじゃないかな。まるでリーナも惚れてるみたいに聞こえるよ?」
「あら。そのとおりでしょう? 私もアベルの虜だから、間違いないわ」
「……それ本気か?」
「前から思っていたけれど、アベルの美しさは本当に素晴らしいわ。こうして間近に見られて、撫でさせてもらえて。おまけに背に乗せてもらって空を飛べるだなんて……私は果報者ね」
「…………ふぅん、そんなに好きなのか」
知らなかった――そう言いながらアベルの背を撫でる手には少し力が入りすぎていたかもしれない。アベルがちらりと視線で責める。
許せよ。お前だっていつもそうだろう……
「そうよ? それもこれも、全部ウィルのおかげね。私と彼らをウィルが繋いでくれたからだわ……本当にありがとう。ウィル、あなたって最高だわ」
「……いや、それは僕の功績ではないから。たまたまこの能力がそういう性質だったのが功を奏しただけで……」
「ウィルの人徳のおかげだわ。動物たちには分かるのよ! 素晴らしい才能よね!」
「もういいよ。リーナ、分かったから」
「わかってないわ! ウィルは自分がどれだけ優れた才能の持ち主か、ちっとも分かってない! 私はいつも思っていたのよ……あなたは昔から努力家だったけれど、それは誰にでも出来ることではないわ! その頑張りが今こうして様々な場所で認められて、生かされていて……私生活や交友関係だけではないわ、仕事のことでもそうよ。例えばこの間の――」
セリーナの弁論が始まった。
彼女の主張――又の名を〝恋人自慢の演説〟か〝本気の惚気話〟あるいは〝身贔屓な講演〟と呼ばれる類の座談会である。
嬉しいような恥ずかしいような内容であることが多々――いや殆どだ。
だが、これも愛されている証だとは思う。セリーナが今までこんな風に自分以外の異性について語るのを、僕はまだ一度も見たことが無い。
この頃は僕以外にもう一人、扱う人柄が加わったみたいだが……頻度や熱量はまだまだ僕が圧倒的に優勢だ。
もうこれは彼女の趣味嗜好に準じた行動であり、僕に対してだけ過剰に発動する〝癖〟のようなものだと思う。
他所で見かけるのはいつも〝僕について〟のみ熱く語る彼女の姿――それは求心力になっている。もちろん、それにより最も引き寄せられているのは僕だろう……
こんな風に讃えられ、嬉しく思わない人などいない。ましてやセリーナのそれには〝僕への愛情〟がふんだんに込められているのだ。
(ああ、早くこの可愛くさえずる口を塞いでしまいたい……)
なんでこんなに愛らしいのだろうか……彼女の弁論に相槌を打ちながら思う。
自惚れじゃなく、僕以外に執着している様子が全くない――それが一種の誇りであり、輝かしいステータスのように、僕の世界をさらに鮮やかに彩ってくれる。
認められた働き全ての引き金となった原動力であり、優しく労わってくれる真綿のようで……
それらは自分が自分であることの〝自信〟に繋がっていた。
セリーナは僕を褒め称えるけれど……彼女がいたからこそ、成し得たことが多くあることを――むしろセリーナに頼られ、認められたいがために、多少の無理をしてでも努力してきた結果がそうなのだと……
セリーナはまだ気が付いていないらしい――
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