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第2章 二人の誤算
迫り来る期日 i(Selina)
しおりを挟むセリーナはしばらく恋人に会えない日々を過ごしていた。
彼はちょっとした研修が普段の仕事とは別に組まれることになったらしく、そのために随分と過酷で忙しい日々を送っているらしい……手紙にはそのように書かれていた。
どうやら帰宅は夜遅く、帰ってきてすぐに力尽きて眠ってしまうようで、最近では手紙を書く暇も無いようだ。
ぽつぽつと、次第に間隔を広げて届くようになっている便りから、セリーナはそのように推察していた。
送られてくる手紙の本文がどんどん短くなり、しばらく前からは走り書きの問い掛けや、独り言のような短文になっている。
〝ここのところ寒いな〟
〝どうしている?〟
〝僕も同じだ〟
〝いつも感謝〟
〝大丈夫だ〟
〝君を想う〟
読むたびにセリーナは、複雑な気持ちになっていた。
ウィリアムが体を壊してしまわないか、本当に無理はしていないのか、ちゃんと食べているのかどうか、きちんと疲れを取っているのか、心配で心配でたまらない。
だから手紙が届くたびに安堵して、嬉しさからすぐに返事を書いてしまう。そしてつい懸命になってしまうのだが、あまり長くては邪魔になってしまう……でも伝えたい。その結果、気掛かりばかりを並べ立ててしまうのであった。
安眠に効くという小さな匂い袋を手紙に同封して送ってみたり、気休めかもしれないが官服に忍ばせられるような護符を教会で買い求めたり。
彼に請われて御守り代りに自分の髪を一房包んで送ったこともあれば、ロザンナに勧められた回復薬や滋養強壮剤、栄養価の高い携帯食を買い求めたりしては、厳しい研鑽の日々を無事に終えられるよう祈っていた。
まだ少し余力のあった最初の頃に送られた手紙では、ウィリアムは怪鳥に乗せる話が延期になってしまうことを丁寧に詫びていたが、そんなのはいつでもいいと思っていた。
セリーナは自分が送る手紙が忙しい彼の生活の妨げになることを恐れ〝落ち着くまで返事は書かなくて構わないので、少しでも自分を労る時間を取って欲しい〟と、末筆にいつも添えていた。
なのに、短くても返事が届くとそれを幸せに思ってしまう……そんな矛盾を抱えていた。
本当は彼女の方から手紙を送ることも差し控えた方が良いのだろうが――〝自分からの返信が滞っていても、できるだけ近況を知らせる便りを送って欲しい〟と最初に言われていたこともあり――結局は頻繁に、不安を抱きつつも数日おきには手紙を書いて送ることを続けているのだった。
話題は身の周りの出来事や、王都で送る日常の些細な変化であったりするのだが、新しく知った事のほとんどをウィリアムはすでに知っているのだろうなと思いつつ、それを直接確かめ合ったり話題を広げたりできないことを残念に思う。
近くにいるのに顔が見られないのはとても寂しい。
けれども今の状況は、以前の生活よりはずっと良い。まともに会話をすることこそ儘ならないが、彼の住まいのすぐ近く――同じ王都にいるという事実が、彼女を励ましてくれていた。
なにかあれば日を置かずして知らせが届くだろうし、すぐさま駆けつけることのできる距離なのだ。
セリーナはロザンナを始めとした友人の輪を広げることで、何かにつけて王宮へ――限られた区画や招待された日のみに限るが――出入りするようにもなっていた。その気になれば仕事中の彼を垣間見る事だって、今となっては不可能なわけではない。
本当に必要な時になれば、無理にでも会おうとすればそれが叶う――
セリーナは、自分とウィリアムを隔てる現実の距離の短さを支えに身を奮い立たせていた。
また、ここ最近のセリーナの胸元にはいつも同じペンダントが彼女を見守り、元気付けるかのように輝いている。
珍しい色合いのそれも彼女の心を落ち着かせるのに一役買っていた。
淡い青の揺らめきが美しい貴石が嵌め込まれたペンダントは、セリーナの十六歳の誕生日プレゼントにと、ウィリアムから贈られたものであった。
控えめな大きさでありながら、程よい重みがしっくりときて、優しく胸に染みてくるような……不思議な存在感のあるそれを、セリーナは装身具として身につけられない時でさえ、肌身離さず持ち歩いていた。
ふとした時にセリーナは思い出す。ウィリアムと最後に会った誕生日のことを――
*
「リーナ、おめでとう。今日から十六歳だな」
「ありがとう。これでまたしばらくはウィルと二歳差ね」
「そうだな……僕は大して違わないと思うけど、リーナは年が近い方がいいんだったな」
「そうよ。少しでもウィルに近い方が嬉しいもの」
「そういうもんかな……」
「気持ちの問題ね。あと、十六にもなればきちんと大人と認められるし……」
「リーナはずっと前から大人だったじゃないか。僕はそう思ってたけど……はい、これ。大人になったセリーナへ」
「ウィル以外の人にも認められたかったの。ありがとう……開けてもいい?」
「どうぞ。気に入ってもらえると良いけど」
「…………まぁ。素敵な首飾り……綺麗ね」
「貸してごらん。着けてみよう」
「…………どう? 似合う?」
「うん、よく似合ってる。リーナの可愛らしさがすごく引き立ってるよ。それにこの石はリーナの守護石だがら、持っていて損は無いと思う。きっとリーナを導いてくれるよ」
「ウィルったら……ありがとう。本当に……大切にするわね」
それから使用人に隠れて、こっそりキスをした。
ウィリアムは眩しそうに――どこか寂しそうな雰囲気で、ペンダントを眺めていた。
それから間もなく彼の忙しさが酷くなり、会うことはもちろん、手紙でもまともな会話が繋げなくなってしまった。
あの時のウィリアムは、もしかしたらそれを予測していたのかもしれない。
分かっていたなら教えて欲しかった……そんなふうに思ってしまったこともあった。
けれど、年の瀬でただでさえ忙しい時期なのに、婚約者の誕生日を祝いに会いに来てくれた……彼はそのことに触れなかったが、相当な無理をしていたのだろう。その優しさを嬉しく思い、恋しい気持ちを募らせるセリーナだった。
その日、わずかな時間を共に過ごしたのを最後に、ウィリアムと会えない日が続く。それはセリーナの予想を遥かに超えるほど長く続くこととなった。
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