秘密の花園エッセンス 〜異能青年は花嫁と踊る〜

文月・F・アキオ

文字の大きさ
24 / 50
第2章 二人の誤算

迫り来る期日 i(Selina)

しおりを挟む


 セリーナはしばらく恋人ウィリアムに会えない日々を過ごしていた。


 彼はちょっとした研修が普段の仕事とは別に組まれることになったらしく、そのために随分と過酷で忙しい日々を送っているらしい……手紙にはそのように書かれていた。

 どうやら帰宅は夜遅く、帰ってきてすぐに力尽きて眠ってしまうようで、最近では手紙を書く暇も無いようだ。
 ぽつぽつと、次第に間隔を広げて届くようになっている便りから、セリーナはそのように推察していた。


 送られてくる手紙の本文がどんどん短くなり、しばらく前からは走り書きの問い掛けや、独り言のような短文になっている。

〝ここのところ寒いな〟
〝どうしている?〟
〝僕も同じだ〟
〝いつも感謝〟
〝大丈夫だ〟
〝君を想う〟

 読むたびにセリーナは、複雑な気持ちになっていた。

 ウィリアムが体を壊してしまわないか、本当に無理はしていないのか、ちゃんと食べているのかどうか、きちんと疲れを取っているのか、心配で心配でたまらない。
 だから手紙が届くたびに安堵して、嬉しさからすぐに返事を書いてしまう。そしてつい懸命になってしまうのだが、あまり長くては邪魔になってしまう……でも伝えたい。その結果、気掛かりばかりを並べ立ててしまうのであった。

 安眠に効くという小さな匂い袋を手紙に同封して送ってみたり、気休めかもしれないが官服に忍ばせられるような護符を教会で買い求めたり。
 彼に請われて御守り代りに自分の髪を一房包んで送ったこともあれば、ロザンナに勧められた回復薬や滋養強壮剤、栄養価の高い携帯食を買い求めたりしては、厳しい研鑽の日々を無事に終えられるよう祈っていた。


 まだ少し余力のあった最初の頃に送られた手紙では、ウィリアムは怪鳥アデレに乗せる話が延期になってしまうことを丁寧に詫びていたが、そんなのはいつでもいいと思っていた。

 セリーナは自分が送る手紙が忙しい彼の生活の妨げになることを恐れ〝落ち着くまで返事は書かなくて構わないので、少しでも自分を労る時間を取って欲しい〟と、末筆にいつも添えていた。
 なのに、短くても返事が届くとそれを幸せに思ってしまう……そんな矛盾を抱えていた。

 本当は彼女の方から手紙を送ることも差し控えた方が良いのだろうが――〝自分からの返信が滞っていても、できるだけ近況を知らせる便りを送って欲しい〟と最初に言われていたこともあり――結局は頻繁に、不安を抱きつつも数日おきには手紙を書いて送ることを続けているのだった。

 話題は身の周りの出来事や、王都で送る日常の些細な変化であったりするのだが、新しく知った事のほとんどをウィリアムはすでに知っているのだろうなと思いつつ、それを直接確かめ合ったり話題を広げたりできないことを残念に思う。


 近くにいるのに顔が見られないのはとても寂しい。
 けれども今の状況は、以前の生活よりはずっと良い。まともに会話をすることこそ儘ならないが、彼の住まいのすぐ近く――同じ王都にいるという事実が、彼女を励ましてくれていた。
 なにかあれば日を置かずして知らせが届くだろうし、すぐさま駆けつけることのできる距離なのだ。

 セリーナはロザンナを始めとした友人の輪を広げることで、何かにつけて王宮へ――限られた区画や招待された日のみに限るが――出入りするようにもなっていた。その気になれば仕事中の彼を垣間見る事だって、今となっては不可能なわけではない。

 本当に必要な時になれば、無理にでも会おうとすればそれが叶う――
 セリーナは、自分とウィリアムを隔てる現実の距離の短さを支えに身を奮い立たせていた。



 また、ここ最近のセリーナの胸元にはいつも同じペンダントが彼女を見守り、元気付けるかのように輝いている。
 珍しい色合いのそれも彼女の心を落ち着かせるのに一役買っていた。

 淡いブルーの揺らめきが美しい貴石トパーズが嵌め込まれたペンダントは、セリーナの十六歳の誕生日プレゼントにと、ウィリアムから贈られたものであった。
 控えめな大きさでありながら、程よい重みがしっくりときて、優しく胸に染みてくるような……不思議な存在感のあるそれを、セリーナは装身具として身につけられない時でさえ、肌身離さず持ち歩いていた。




 ふとした時にセリーナは思い出す。ウィリアムと最後に会った誕生日のことを――





    *





「リーナ、おめでとう。今日から十六歳だな」
「ありがとう。これでまたしばらくはウィルと二歳差ね」
「そうだな……僕は大して違わないと思うけど、リーナは年が近い方がいいんだったな」
「そうよ。少しでもウィルに近い方が嬉しいもの」
「そういうもんかな……」
「気持ちの問題ね。あと、十六にもなればきちんと大人と認められるし……」
「リーナはずっと前から大人だったじゃないか。僕はそう思ってたけど……はい、これ。大人になったセリーナへ」
「ウィル以外の人にも認められたかったの。ありがとう……開けてもいい?」
「どうぞ。気に入ってもらえると良いけど」
「…………まぁ。素敵な首飾りペンダント……綺麗ね」
「貸してごらん。着けてみよう」
「…………どう? 似合う?」
「うん、よく似合ってる。リーナの可愛らしさがすごく引き立ってるよ。それにこの石はリーナの守護石だがら、持っていて損は無いと思う。きっとリーナを導いてくれるよ」
「ウィルったら……ありがとう。本当に……大切にするわね」



 それから使用人に隠れて、こっそりキスをした。


 ウィリアムは眩しそうに――どこか寂しそうな雰囲気で、ペンダントを眺めていた。
 それから間もなく彼の忙しさが酷くなり、会うことはもちろん、手紙でもまともな会話が繋げなくなってしまった。

 あの時のウィリアムは、もしかしたらそれを予測していたのかもしれない。


 分かっていたなら教えて欲しかった……そんなふうに思ってしまったこともあった。
 けれど、年の瀬でただでさえ忙しい時期なのに、婚約者セリーナの誕生日を祝いに会いに来てくれた……彼はそのことに触れなかったが、相当な無理をしていたのだろう。その優しさを嬉しく思い、恋しい気持ちを募らせるセリーナだった。


 その日、わずかな時間を共に過ごしたのを最後に、ウィリアムと会えない日が続く。それはセリーナの予想を遥かに超えるほど長く続くこととなった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」  中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。  そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。  両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。 手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。 「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」  可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。 16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。  13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。 「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」 癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...