秘密の花園エッセンス 〜異能青年は花嫁と踊る〜

文月・F・アキオ

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第2章 二人の誤算

迫り来る期日 ii(Selina)

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 セリーナは、自分の十六歳の誕生日を共に過ごしたのを最後にウィリアムと会っていない。
 すでに一カ月以上が経っていた。






 生活暦アルマナックの変わり目を数日後に控え、寒い日が続いている。
 それでも間もなく年明けを迎える王都は活気に満ち、街路には普段は見かけない露天商がいくつも立ち並んでいる。
 街の住人が構える店の多くは冬至祭から五日間の余日休み――迎春休ホリディに入っていた。

 迎春休中余日の夜は誰もが外出を控えるが、打って変わって日中は馬車が街路を通れないほどに出歩く人が多くなるらしい。
 毎年この時期になると王都は多種多様な人や物が溢れて入り乱れ、セリーナがここへ来たばかりの時の数倍も賑わいが増している。
 年末の余日市リマーニーが名物となって久しい王都であった。

 数日前の冬至祭では王宮から花火が打ち上げられ、遠目にも幻想的な夜を演出していた。



 セリーナが目にする事はなかったが、城下では果実酒が振舞われ、あちこちの広場では大きな焚き火を囲みながら踊る人々の姿があった。
 そこかしこで男女が花輪リースを贈り合い、慰労や謝意と、祝言いわいごとを交わしながら飲み語らう。

 一陽来復。その日を境に太陽の活動力エネルギーが増していき、冬が終わりを告げて春がやって来る。
 それまで続いた長い困難も、良い方へ向かうと言われていた。

 一年の終わりと始まりを祝う迎春休ホリディ中は、貴族も平民も分け隔てなく勤めを控えて家族と過ごすことが良いとされており、冬至を無事乗り切ったことを祝いながら、親しい者同士で集まったりして明るく賑やかに夜を過ごすのが通例であった。


 セリーナの生まれ育った領地でも同様に、冬至を祝う儀式や新年までの余日に行う飾り付けなどの風習は存在していたが、王都の盛大なそれには及ばない。大掛かりなものでは晩餐会を開いて身内で楽しむ程度であった。
 多少なりとも王都の冬至祭を楽しみにしていたセリーナだったが、ウィリアムが仕事で忙しくしている昨今、自分だけが楽しむことは憚られた。

 おまけに迎春休ホリディ中は人手が少ないので日中に出歩くことが難しい。
 セリーナはいつも以上に家族の幸い――特に幼いジェミーの健やかなる成長を願いながら、大人しく余日を過ごしていた。



 このように、ウィリアムが不在のためにエスコート役を失ったセリーナは、すっかり夜会から遠のいてしまっている。
 今が盛りとばかりに彼方此方で開かれている夜会パーティーに連日のように出席するのは父母や叔母のみである。必然的に留守を任される立場となっていたセリーナは、その晩も自室で一人静かに本を読んで過ごしていた。

 夜も更け、屋敷に残った少数の使用人も寝静まるような時間帯。このごろ夜更かし気味であったセリーナが、そろそろ眠らなければと手元の灯りを消そうとした。そんな時――


 コツン、コツン――

 パチパチと薪が弾ける音とは別の、何かがガラスに当たるような音がして見渡すと、窓辺に白と灰色の見慣れた影――共鳴鳥コールバードの番がこちらの様子を窺うように佇んでいた。


「まぁ、あなたたち……こんな時間にどうしたの?」

 二羽の巣はここから遠く離れた領地にある本邸の、セリーナの部屋の真上にあたる屋根の軒下部分にあった。
 しかしセリーナが王都に来てから数週間後、どうやったのか我が家を探し当てて現れた。以来、こちらの屋敷でも仲良く巣作りをし始めて、今やすっかり住み着いてしまっている。


「もしかしてお腹が空いたのかしら? 畑や野川のない街では餌を探すのも大変なのかもしれないわね。いらっしゃい……」

 暖炉の前に布地を束ねて巣のような寝床をこしらえて包んでやる。手付かずのままにしていた菓子を砕いて手ずから与えてやると、二羽は仲睦まじく啄みだす。

 その姿にウィリアムと苦労して育てた子供の頃ことをぼんやり思い出して考え込んでいると、不意に愛しい声が聞こえる。

「リーナ……会いたい」

 共鳴鳥コールバードが呟いたのだ。寝言のような言い間違いなのかもしれない。

 それでも聞き慣れたウィリアムの声で伝えられた言葉は、切実な本心で。
 自分でも気付かないように隠していたデリケートな本音を暴かれてセリーナは動揺し、居ても立っても居られない心地になった。





    *





 無謀で、危険で、馬鹿なことをしている……それを自覚していながら、セリーナはその衝動を抑えることが出来なかった。



 屋敷の表にある堅牢な門には夜中でも守り役の目があるので、使用人通路を抜けて裏口を目指す。冷たい閂を内側からこっそりと引き外して、音が響かぬよう慎重に、ゆっくりと、分厚い扉を細く開ける。
 遠間隔に並ぶ街灯から溢れる僅かな明かりを頼りに目を凝らし、隙間から辺りをじっと窺った。

 自分の呼気や心臓の音さえも響いてしまいそうな静寂の中、緊張しつつも妙な高揚感に包まれたセリーナは、周囲に人がいないのを確かめると、そっと暗い路地に躍り出て、軽快に駆け出したのだった。




 ウィリアムはきっと何処かで〝会いたい〟と呟いたのだろう。

 その一言が、彼女を駆り立てていた。


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