グラシアース物語

文月・F・アキオ

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Part 3. 白綿帽子の相棒

道すがらの道なりにて

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「ちょっと待て、話が違うじゃないか!」
「まぁそう言うなって。今はどこも不景気だからしょうがねぇんだよ。うちだけじゃないぞ、どこに行っても一緒だ。それにお前さんみたいな子供を相手にするのはうちくらいなもんよ。それをちょっとの追加労働だけで差額をチャラにしてやろう、ってんだ。むしろ感謝して欲しいくらいだな……」
「冗談じゃない! 言うに事を欠いて、子供だと?! それのどこが子供にさせる仕事だ。馬鹿にするな! 誰がこんな条件に乗るか。他を当たらせてもらう! 二度とこの店には来ない!」
「ちょっ、待て、待て。ったく、話の通じねぇガキだな。言い値で買い取ってやるだけ有り難く思えって。お得意様にはサービス精神をもって接待の一つくらい――」
「離せ! 触るな、気色悪い! それのどこが接待だ。この勘違い野郎!」

 なにやら表通りの向こう側、さほど遠くない場所から取引で揉めている声を耳が拾う。こうした声に、普段だったら首を突っ込まない。事件も事故も不法行為も告発も、なんであれ面倒事は回避する派のエトノアだが、今日という日に素通りするのはどうなのだろうかと考える。
 番を得るために〝真面目に生きる〟ことは〝善行を積んで幸運を待つ〟ことに近いような気もしなくもない。野郎同士が起こす揉め事の仲裁なら躊躇うことなく却下だが、相手はどうやら子供である。困っている女子供を見て見ぬふり(見えてはいないが聞かなかったことに)してやり過ごすのは……

(うーん、減点対象か?)

 別段ボランティア精神があるわけでもない。正義感も強くない。こういうことは専門部隊に任せるのが的確だろう。しかし、通報している間に逃げられたり、事態が悪化したりしないとも限らない。どうしたものか――

 などと思いながら歩いているうちに、両者の会話はますます不穏なやり取りになる。威勢のいい少年が拐かされそうな展開に舌打ちし、急ぎ足で話し声のする路地へと向かうエトノアだった。



 *



 建物の裏口ばかりが並ぶ細長い路地には日差しも届かない。そんな薄闇に包まれた場所はほとんど物置やゴミ置き場と化していて、人通りが滅多にない通り道(おそらくは従業員の抜け道)になっている。そこで思った通りの光景――少年が腹の突き出た男に店の中へ連れ込まれそうになっている――に出くわした。
 想像以上にその少年は見目が整っていて、なるほど男が変な気を起こすのも分からなくもない……そんな感想を咄嗟に抱く。男が力尽くでも引きずり込もうとしているのを、そばにある排水管のパイプに捕まって耐え、足蹴にしながら抵抗している少年。潜在能力ポテンシャルは少年のほうが高いように見える。なにしろ男はすでに息切れし始めているのだから。
 足元には何かが入って膨らんだ紙袋が落ちていた。今すぐ割り込んで止めるべきか、決着が着く(男が諦める)のを見守るべきか……エトノアが両者に接近しながら迷っている間にも、二人の攻防は続いている。

「は、な、せ、よ! この変態! 社会のクズ野郎! お前の店なんか潰れてしまえ!」
「なんだと!? 調子にのるなよ、このっ――」
「はいはい、止めときなってお兄さん、見苦しいからね」

 男が拳を振りかざしたところで声をあげる。最初に声を聞いた時から、おそらく見掛け倒しなヤツだろうと感じてはいたが、実際その通りだったらしい。大して腕力が強くない男の腕を捻りあげるのは、エトノアでも簡単だった。
 少年を解放させて、不本意ながらも間に入る。ひとまず公平に両者の事情を聞くべきかと思い、話をしようと声をかける。

「あのさぁ、何の交渉だか知らないけど、無理矢理させるのは拙いだろ。しかもその子、嫌がってるし。どう見ても雇用主は選ぶタイプじゃん。ここは一旦冷静に――」
「お、お、おれは何もしてない! 関係ない!」

 しかし男は想像以上に気の弱いヤツだった。エトノアの顔を見るなり青ざめて、しっぽを巻いて逃げていく。まるで〝交渉の余地なし〟とばかりにバタン!と目の前で閉められた扉に驚いていると、ツンと上着の裾を引っ張られる感覚とともに「おい」と呼びかけられる。
 振り向くと先ほどの少年が、荷物を胸に抱えてこちらをジッと見上げていた。しかも、睨んでいるようにも見える。意外と怖かったのかもしれない。

「あー……大丈夫だった?」

 よく分からないが、とりあえず事態は丸く収まったのではないだろうか。最初から交渉は決裂していたようだし。たぶん。となると労わってやるべきなのだろう。たぶん。
 なので、このあと少年から発せられるのは謝罪か感謝の言葉だろうと、無意識に予想していたエトノア。

「……遅い!」

 しかしそれは全くの早とちりであったと思い知る。

 そのあとも感謝どころか不満たらたらな顔でなじられて(少年はなぜか怒っていた。プライドを傷付けたのかもしれない)、やはり慣れないことはするべきではないのかもしれないと思い直したエトノアだった。しかもその少年は、説教めいた口調で個人的な駄目出しまでし始める――

(なにこの展開。理不尽ー……)

 最終的に「お詫びに飯でも奢れ」と言われ、なぜか食事をすることに。
 そもそも、彼を助けたはずのエトノアが、彼に対して詫びを入れる必要があるのか……全くもって理解不能だが、どうしてか少年の指示に逆らえない。威圧されているわけではないのだが、それに近い雰囲気があり……情けないことに言われるがまま、食堂に向かうエトノアだった。


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