異世界日常

あか りくこ

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幻の一角獣

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 ここは国王の城を中心に城下に広場を囲うようにグランドバザールと小規模な市場が点在する商業都市だ。
 この商業都市では、旅団に入りました=勇者、冒険者、英雄になるのが夢です!なんてことにはならない。
 もともと屯田旅団が開墾した国の商業都市なので冒険者パーティーを旅団と称する慣例がある(ので他所から来た旅人がよくびっくりしてる)。
 旅団員は「旅団が身柄を保証している労働員」で旅団長は「ギルドが保証する身元引受人」だ。
 老朽化した家屋の解体だったり、上下水道の整備、青果の収穫手伝い、市場への配送。山岳の大雨で野獣が大量発生した、川が氾濫した、がけ崩れが起きた、などなど災害が起きた時の避難誘導、炊き出し、瓦礫の撤去、敷石の舗装、建材の調達、そういった街のインフラ維持が殆ど。

 信用第一の商業都市だからギルドは法規がめちゃめちゃ厳しい。ので旅団はよほどの事でもない限り表に出さず裏取引口裏合わせでこそこそなぁなぁで済ますことしょっちゅうだ。
 指定害獣駆除は時期によって多発。おとぎ話に出てくるような魔物や伝説の巨竜討伐とは無縁の平和な世界だ。

 *****

 そんな商業都市の実りの季節の陽が高く昇る時間帯、ギルドに勤めるメリッサが疲労困憊の限界ここに極まれりといった様相で我らが赤の舞踏の拠点にやってきた。
「ちょっと休ませてくれるかしら」
 そう断りをいれると、この拠点では一番原形を保っている来客用のソファーに腰を下ろして、そのまま横になった。
 目に隈が浮いて髪の毛も艶が無くぼさぼさだ。顔色も良くない。
「メリッサ、あんた今日は休みなんじゃなかった?」
 副業踊り子のベリンダがメリッサの様子を見かねて言葉をかける。
「どうしたのよ?」
 前身は遊び人の飛び道具使いサディがメリッサに疲労回復の効果抜群と噂の乳酸菌飲料をすすめると、メリッサは差し出されたドリンクを一気に飲み干した。
「ありがとう、ベリンダ、サディ」
 でも少しだけ、再度断ってそのまま寝息を立て始めた。

 かっきり二時間後、ふぎゃっと変な悲鳴をあげて跳び起きたメリッサが「なにここ私は誰ココはどこ」と慌てふためき、僕が「君はメリッサここは赤の舞踏団拠点」と説明すると、ああ、そうだったわと額に手を当て盛大に溜息を吐いた。
 全然疲れが抜けてない様子だ。

 *****

 メリッサの家のお隣の若夫婦の子供が一角獣を見た、捕まえにいくと言い張ってうるさいのだそうな。

「もともと癇の虫の強い子みたいでね、なんとか興味をそらさせようとしても全然ダメで」
 農作業中、縄で柱に括り付けても解くし、納屋に閉じこめても脱走するし夕飯も疎かに外に飛び出していくし、夜の夜中、寝静まった時間に家を抜け出して一角獣を捕まえに行くの一点張り。一角獣なんていないからと諭してもヒステリックに泣きわめく。
「二角獣の見間違いじゃないのかって聞いても『角は一本だった』って言い張って」
 二角獣。馬に酷似した姿の羚羊魔獣だ。別名バイコーン。広域指定害獣だ。
 子育ての時期は山の奥深くで雄は単独か、若い個体は4~5頭のごく少数の群れ、雌は子連れで暮らしている。山羊や牛との大きな違いはその角の生える場所。羚羊の角は側頭部から外向きに生えてくるが、二角獣のそれは、一角獣と同じく額から大小二本の角が生えている。だから二角獣と呼ばれる。
 人里が実りの時期を迎える頃、交尾のために山から下りてきて、雄は町の広場や民家の庭先、種まきのおわったばかりの畑で雌を勝ち取るための乱闘を繰り返す。雌は体力をつけるために農家の方たちが丹精込めて育てた作物をせっせと食い荒らす。
 二角獣にしてみれば、人里は栄養価の高い穀物や丸々と太った根っこ、完熟した果実が食べてくださいと言わんばかりに積み上げられ、おあつらえ向きの決闘の場所がいたるところに整備されている素敵なパラダイスといったところなのだろうけど、人間にとってはその生態は百害あって一利なしの大迷惑。広域指定害獣とされる所以だ。
「今は二角獣が山から下りてくる時期だし、畑の見回りだって人手が足りなくて白にもお願いしているし」
 白というのは白の剣華団の事だ。
 白の剣華は一番団員が多いから、こういう人手が入用な業務が発生した時は真っ先にギルドから声がかかる。

 ちなみに前回取り違えた報酬は、あの後団員全員で祝賀会に出向き、隙を見て渡した。
「ちゃんと持って帰れや世話の焼ける」
 背中越しに受け渡ししながらうちの団長がぼやくと、剣華の団長は爽やかに笑った。
「こうでもしないと君、顔も出さないだろ?」
 剣華の団長はどういうわけかうちのしょぼくれたおっさんをものすごく買っているのだ。

 実際問題、一角獣なんて伝説の生き物を見た、なんて情報が遺留物の確証付きでギルドに持ち込まれたらそれはもうギルドの管轄を越えて王立軍まで出動する事態になる。商業都市の関所を封鎖、斥候が領内の山野を飛び回り大規模な捕獲作戦が遂行される事は想像に難くない。
 だから親御さんもあてどない子供の話を根拠にして旅団に任務の依頼をするわけにもいかず、かといって畑仕事や家畜の世話ほったらかして一緒に探しに行くわけにもいかずほとほと困り果てているのだとか。


「じゃあうちで引き受けようか」
 いつの間にか話の輪に加わっていた団長がメリッサに申し出てた。「同行する監視人はこちらで選ばせてもらうこと」を条件に、団長は、今年ギルドに入ったばかりの新米事務員、ダイアナを指名した。

 そうしてメリッサ経由で【見慣れない獣を見かけたとの通報】依頼任務を成立させると、団長は若夫婦の家に仔細な説明をして、本当にただの手間賃で依頼を引き受けた旨を説明し、件の子供からどこの雑木林で見たのか詳細な情報を聞き出すと
「じゃあ、おじさんが一角獣を探してくるからね、坊主はお利口さんにしてちゃんとおうちで待っているんだぞ」
 と勝手に家から出ないようきっちり念押しをした。

 *****

 その若夫婦の子供が一角獣を見たという雑木林に向かう道すがら、ビシッと糊付けされた事務服姿のダイアナをサディがからかい半分に「せっかくの外出なんだから可愛い格好しようよ?」と茶化すのに対して「業務ですから」と素っ気ない冷淡な返答。取り付く島もない態度だ。
 彼女の纏う取り澄ました、人を寄せ付けない雰囲気がギスギスした息苦しい空気感を醸しだしている。
 好天に恵まれた紅葉の雑木林も心なしかどんよりして見える。申し訳ないけど、さっさと帰りたい。

 紅葉の雑木林の中に、ひらけた場所を見つけた。朽ちた大木が倒れて日溜まりになったそこは明るく日当たりがよいためか、山中ではもうシーズンの終わった花や草の実がまだ僅かながらに実を付けている。
 団長がダイアナに倒木の幹の目立つ位置に座らせ、サディには倒木の脇に生えている灌木の影に隠れてダイアナを見張るよう指示する。団長と僕は離れた岩陰で、現れた一角獣がダイアナの膝枕で眠るまで息を潜めて待つだけ。ダイアナの膝に一角獣が頭を乗せたら、念のためサディが投げ縄を投擲して一角獣の脚に絡ませる。
 一角獣は乙女に膝枕された状態だと麻痺したように動かなくなるのだという。
 そうして捕縛した一角獣は団長と僕とで街まで担いで帰る。それが作戦の流れだ。

 神獣の出現を待っている間、聞いてみた。
「団長、なんでダイアナを指名したんです?」
 よく言えば純朴生真面目。悪く言えば擦れてない要領の悪い小娘。遊びに誘っても乗ってこない、つまらない、面白みのない同僚として、気の毒だけど、早晩職場から蚊帳の外扱いされるタイプだ。
 男っ気がない。そこが一番肝心要なんだ。と団長はいう。
「一角獣てのは、ばかみたいに貞操、純潔に固執するそうだ」
 そうして団長が語ったのは、昔、生娘を使って一角獣を捕えようとしたものの、想いあっていた男が願掛けに渡したスカーフなんてもんを纏っていたというだけで狂乱して女を襲い殺したという不条理極まりない伝承だった。
 生け捕りが上手くいくよう渡したおまじないを彼女の不貞の証と見做したのだ。とんだ理不尽だ。
「神獣ってそんな了見の狭いもんなんですか」
「神獣だからな」
 答えになっているようななっていないような返事だけれども、享楽とは無縁の事務員ダイアナはこの一角獣捕獲作戦に於いて、これ以上ないくらい優秀な囮というわけだ。
 だけど、今の話を聞いたらサディの身が危険じゃないか?そんな疑問が沸いた。
「じゃあサディを連れてくる必要はなかったんじゃ?」
 それなんだけどな、団長は首の付け根をポリポリ掻いて心情を吐露した。
「この街は国の要衝、王都じゃ不夜城なんて渾名される一大交易都市で、人の出入りはひっきりなしだ。そんな中で一角獣を目撃したのが件の子供だけ、というのがどうにも引っかかるんだよ」

 *****

 陽が傾いて少し寒くなったな、そう感じた時。視界の端に白い何かが動いた。
 まさか、本当にいたのか?!
 この時僕が想像したのは。

 風にそよぐ絹糸のような白銀の鬣。
 釉薬を何度も塗り重ね丁寧にしあげた陶器のような艶やかな光沢の捻れた角。
 碧玉を嵌め込んだような真っ青な目。
 尾は太く逞しい獅子のそれ。
 
そんな優美で荘厳な姿の一角獣で、喜びと怖れと入り混じった興奮で心がざわざわした。

 だけど。
 確かに角が一本。あれが?本当に?
 なんだかずんくりしたフォルムだ。色は薄汚れているし全体的にもっさりとしてみすぼらしい。神獣のイメージとは程遠い。それが正直な感想だ。
 というか、角の形状抜きで言わせてもらうなら、あれはただの二角獣だ。どういうわけか角が一本しかないけれど、身体的特徴は二角獣そのもの。
 親が子供に二角は危ない生き物だと教えるとき。注意点は生えている場所だ。牛、山羊、ヒツジのように側頭部に角が生えているか、額に生えているか。
 一角獣を目撃した子供はおでこから角が生えていた。四本足で歩いていた。白い色だった。そう言った。
 子供は大雑把に特徴を捕える。食卓でお馴染みのはずのキャベツとレタスを間違えるように仔馬と岩山羊を混同する。まだその生き物たらしめる特徴を、差異を判別するだけの知識と経験則がないからだ。だからオフホワイト?生成?アイボリー?だって白の範疇に入る。
 角が癒着した二角獣を一角獣だと思っても不思議じゃない。
 つまり、メリッサの家の小さな隣人が見た一角獣はコイツの事だ。
 ほんものの一角獣なんて誰も見たことがないんだから。

 ダイアナの様子を窺うと案の定というか膝に乗せるのを嫌がるような引きつった嫌悪の表情を浮かべている。
 一角獣?はまっしぐらにダイアナに向かって突進を開始した。
 アクシデントが発生したと察したサディの行動は早かった。投げ縄で一角獣?の脚を封じると、弩を番え、バレリアンの花を煮出た特濃睡眠誘発剤を鼻先にぶち当てたのだ。サディの判断が一瞬遅かったらダイアナの腹部に風穴が空いていたところだ。
 角の切っ先があと拳一つ分まで迫っていたところで、目の前で強烈な眠り薬がさく裂したせいでダイアナもそのまま熟睡し、幹から転げ落ちる。
 まずい。
 僕が岩陰から駆け寄るより早くサディが繁みから飛び出し、落下するダイアナの身体を受け止めた。

 *****

 団長が死んだように眠る二角獣の頭の検分を始めた。
「コイツ、角の根本がわずかだがひしゃげている」
 角が生える時期に崖から落ちて額を割ったか、額を強く蹴られるかなんかしたんだな、と団長が二角獣の角の生え際を指差して見せる。
「それで上角と下角が癒着したんだろう」
 バイコーンはある種の甲虫のように角を巧みに使って優劣を競う。角突きで間合いを図りながら、大小二つの角で相手の大角を挟み込んだ状態に持ち込み、相手の前脚が浮いたところで体重をかけてねじ伏せる。
 だけどこの角では戦う以前の問題だ。群れの中では順列は最低なはずだ。だから今は圃場で屯する群れからはぐれ、乏しいけれど確実に口に出来る餌を求めて山野を徘徊していたのだろう。そしてようやく見つけた餌場に人間、ダイアナがいるのを目にして追い払おうとしたのだ。
「だけどサディ、よくそんな眠り薬なんか用意していたね」
 一角獣はありとあらゆる毒を浄化するという。当然眠り薬なんて効果はない。
「まさか、ものは試しで使うつもりだったの?」
 僕が興味本位で聞くと、「そんなわけ無いじゃない」とサディはけたけた笑い
「だって、絶対見間違いだと思ってたわよ」と明かした。

 とんだ幻獣捕り物だ。本気で一角獣だと思っていたのは僕だけだったようだ。
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