追放された滅びの魔女ですが、竜王陛下に拾われ甘やかされています

佐崎咲

文字の大きさ
3 / 52
第一章 国を滅ぼす魔女と、滅びそうにない国の竜王

第2話 たぶん家族な人たち

しおりを挟む
 私が家を出たのはまだ小さいうちだったから父のことはほとんど記憶にないし、赤ん坊だったキャロルが今どんな風なのか、家族の絵姿を見たこともない。
 祖父母は父について話すとき、感情を込めずに知っていることを教えてくれただけで、決して悪く言うことはなかったけれど、事実を集めれば父がどういう人間かは大体想像がついた。
 だから祖父母が亡くなり、ノーリング伯爵家に戻ることになった時も期待はしなかったし、絶望もしなかった。

「『ルーク』。おまえは男だ。今着ている服は焼き捨てろ」

 祖父母が与えてくれた令嬢らしい装いで伯爵家の玄関に立った私を一瞥した父が口にしたのはそんな一言で。
 想像と現実は違うというけれど、残念ながら私の想像と現実はそれほど違わなかった。

 ただ一言言い捨て踵を返した父の背中に、侍女のマリアが「そんな、お待ちください……!」と声をあげ飛び出しかけるのを、私は手で制止した。

「いいのよ」

 マリアは気づかわしげな目を向けてくれるけれど、私は悲しんではいない。
 あれが自分と血の繋がった父というものなのかと思っただけ。
 たぶんあれがそうなのだろうという『推測父』だけれど。

 冷たい父の言葉と態度に寂しさを抱かなかったのは、私の中には祖父母が注いでくれた愛情がたくさん詰まっていたから。
 わざわざ服を『焼き捨てろ』などと過激な言葉を使って距離を広げ、自分が生した子どもを正面から受け入れることもできない。
 そんな人間に割く感情などない。

 ふと視線を感じて目を向けると、侍女の背中に隠れてこちらを覗き見ている子どもがいる。
 あれがたぶんキャロルなのだろう。
 初めて会う妹は私とよく似ていた。
 大きな翡翠色の瞳に、髪がふわふわとしているのも同じ。
 ただ、キャロルは父と同じ輝くような金の髪だった。
 私は灰色がかった金の髪で、母が祖父母から引き継いだらしい。
 目が合うと、ぴゃっと驚いたように侍女の背中に身を隠したけれど、高い位置で結ったツインテールがふわふわとはみ出している。

「初めまして。あなたがキャロルね?」

 父と同じく『推測キャロル』な彼女に声をかけると、再び顔だけを侍女の脇から覗かせて、全身を確かめるように私を見た。

「――お姉様は、おじい様とおばあ様に大切にされていたのね」
「ええ」

 私がきちんとした身なりをしていたからだろうか。
 素直に答えた私に、キャロルはきゅっと口を閉じ、眉根を寄せた。

「ズルいわ」

 祖父母を独り占めしてしまったからだろうか。
 でもキャロルには父がいた。
 父方の祖父母も老齢で今は亡くなってしまったけれど、だとキャロルをかわいがっていたと聞いている。
 私が何か言うよりも前に、キャロルはすっと侍女から離れた。
 躊躇いながら私の荷物を外に運び出そうとしていた使用人たちに向かって、「待って」とその動きを止めさせる。

「捨てられてしまっては亡くなったおじい様とおばあ様がかわいそうだもの。私がすべて引き受けるわ。私だって同じ孫なのだから、私が着たっていいはずよ。ねえ、お姉様?」
「キャロルは優しい子なのね。きっとおじい様もおばあ様も喜ぶと思うわ。私は社交界に出ることもないから、ほとんど袖を通したこともなかったし」

 キャロルは八歳。私は十歳。
 デビュタントはまだだし、子どもはガーデンパーティに連れて行かれることもあるけれど、私がそんな場に赴けるはずもなかったから。
 だけど祖父母は隣国に行っても貴族として生きていけるようにダンスやマナーを身に着けなさいと言って、時々私を綺麗に着飾らせ、広くはない家の中で一緒にダンスを踊ってくれた。
 練習なのだから着るものなんてなんでもいいはずだったのに、綺麗なドレスを着た私を『シェリー、あなたはかわいいわ』『どこに出しても恥ずかしくない、自慢の孫だ』と褒めてくれた。
 そうして用意してくれたドレスだから、焼き捨てられてしまうよりキャロルが着てくれたほうが祖父母も嬉しいだろう。

 キャロルは再びぎゅっと口を結ぶと、玄関に詰まれた少ない荷物の元へすたすたと歩き、小さな木箱を手に取った。

「これは……」

 開けると揃いの腕輪と首飾りが入っていた。
 万が一の時に身に着けて逃げ出せば当座の資金になるだろうと、高価でありながら服の中に身に着けても目立たない意匠のものを祖父母があつらえてくれたのだ。
 逃亡資金は祖父母の遺産を受け継ぐ権利を持つ叔父がそれとは知らずに――言えるわけもなく――すべて持って行ってしまったものの、どこから見ても子ども用の大きさのそれは祖父母が私のために遺したものだとわかり、渡してくれた。

「これも全部、私の部屋に運んでちょうだい! こんな繊細な意匠のものを男がつけるなんておかしいもの。それに『滅びの魔女』であるお姉様が外に出ることなんてないんだし」

 こちらに背を向けていたキャロルの顔は見えなかった。

「そんな、装飾品まで……!」

 マリアは悲痛な声をあげたけれど、ドレスも首飾りも同じことだ。

「キャロルの言う通りよ。持っているのがわかったら、またお父様がお怒りになるわ」
「キャロル様はシェリー様から何もかも奪うつもりなのですよ。それをみすみす目の前で黙ってなんて――」

 食って掛かろうとするのを首を振って止めると、マリアは悔しげに口を引き結び、うつむいた。

「だって……、だって……。あの首飾りにどれだけの思いが込められたものか、キャロル様は知りもしないのですよ? ドレスだってシェリー様のために作られたものでしたのに。幼い顔立ちのキャロル様には似合いません」
「姉妹だもの、キャロルにだって似合うわ。それに私はこの家にいる限り男として生きなければならないのだから」
「そんなもの、格好だけ変えたとて男に見えるわけがありませんのに! 翡翠色の大きな瞳に長いまつげ、ふっくらとした頬に白い肌。どこからどう見てもかわいくてかわいいシェリー様なんですもの」

 長年共に暮らした欲目か、勢い任せな言葉たちはありがたかったけれど。
 まだ女らしさの欠片もない体だし、長い髪をばっさりと切ってしまえば少年にしか見えないと思う。

「ありがとう。でも男の格好も似合うかもしれないわよ?」
「そのようにいつもおっとりしていらっしゃるから心配なのです。でも芯が強くて、聡明で、そんなシェリー様に私が何を言っても仕方がないことはわかっています。それでも、あまりにもこの家は――」

 その先を言わせてはならない。
 辛そうに俯くマリアを抱きしめると、ぐすりと鼻をすする音が頭上から聞こえて、私がこれまでどれだけ人に恵まれていたかが身に染みた。

「最後までお傍にお仕えしとうございました。力になれず、思うようにならぬ自分の立場が悔やまれます。ご自分こそが一番大変なのにいつも周囲を気遣う優しいシェリー様ですが、これからはどうか、どうか、御身を一番にお考えください」
「これまで本当にありがとう、マリア。私もあなたの幸せを心から祈っているわ」

 これからマリアは元々祖父母が暮らしていたユグノー伯爵家に戻ることになっている。
 祖父母は他の人たちを巻き込まないよう、私を引き取る時に侍女のマリアだけを連れて出たのだ。
 私もマリアも、あるべき場所に帰るだけ。
 けれど、日々は続いていく。
 私とキャロルがいる限りはノーリング伯爵家とユグノー伯爵家は縁戚であり、ここで揉め事を起こしてはマリアの肩身が狭くなるし、悪くすれば戻る場所がなくなってしまう。
 私がお給金を払えるわけではない。
 何よりもこの家にいればどんな扱いを受けるかはわかりきっている。
 大好きだからこそマリアを巻き込みたくはなかった。

 そうして祖父母と死に別れた私はマリアとも別れ、祖父母とマリアと共に暮らした平和で幸せな日々を思い出として胸にしまい、血の繋がっているはずの父とキャロルと暮らし始めたのだけれど。
 父はほとんど家に寄り付かず、私と顔を合わせることはなかった。

 私が倒れて寝込み、苦しんでいる時も。
 父どころか、使用人も近づくことはなく、私は一人部屋の中で呻き、時だけが私を癒してくれた。

 だから――。



「人間。もう少し大きく口を開けろ。でないとこぼれるぞ」

 竜王陛下であろう顔のいい男の人に、真面目な顔で、パン粥を口に運ばれている。
 そんな今の状況には戸惑いしかなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。 ――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。 「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」 破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。 重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!? 騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。 これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、 推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました

er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。 宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。 絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。 近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。

虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。

専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。

氷の騎士と陽だまりの薬師令嬢 ~呪われた最強騎士様を、没落貴族の私がこっそり全力で癒します!~

放浪人
恋愛
薬師として細々と暮らす没落貴族の令嬢リリア。ある夜、彼女は森で深手を負い倒れていた騎士団副団長アレクシスを偶然助ける。彼は「氷の騎士」と噂されるほど冷徹で近寄りがたい男だったが、リリアの作る薬とささやかな治癒魔法だけが、彼を蝕む古傷の痛みを和らげることができた。 「……お前の薬だけが、頼りだ」 秘密の治療を続けるうち、リリアはアレクシスの不器用な優しさや孤独に触れ、次第に惹かれていく。しかし、彼の立場を狙う政敵や、リリアの才能を妬む者の妨害が二人を襲う。身分違いの恋、迫りくる危機。リリアは愛する人を守るため、薬師としての知識と勇気を武器に立ち向かうことを決意する。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

処理中です...