25 / 52
第二章 滅びの魔女と、再会
第12話 平穏を勝ち取るまで
しおりを挟む
「取引……?」
「二つ。私はキャロルの役に立つだろうことを知っているわ。それを話す代わりに、一つだけお願いを聞いてほしいの」
「妹に取引を持ち掛ける? あくどいわね」
他にお願いを聞いてもらえる方法を私は知らない。
「普通にお願いしたら聞いてくれた?」
「それは内容によるわ」
ですよね。
キャロルはそれほどためらうこともなく「わかったわよ」と頷いた。
「まずは話を聞かせて。それから判断するわ」
その一言に、まだ十三歳のキャロルのほうがこういう交渉に慣れているのだと気づく。
信じていたはずの使用人が信じられなくなり、自分で考え、行動しなければならなかったのだ。
その苦労が見えた気がして、胸が痛くなる。
「……まずは薬についてだけれど、作り方を書き記したものがあるわ。試行錯誤の記録のようなものだけど。キノコの日照率だとか育て方も書いてあるし、見れば同じように作れると思う」
「そんなもの、お姉様の部屋にはなかったわよ?」
「ああ。ドゥーチェス国の文字で書いてあるからそれだとわからなかっただけじゃないかしら。もし使用人が掃除を名目に入ってきた時に見つかったら、何のために薬を作ろうとしてるのか問いただされて面倒だと思って。毒を作ってるとでも言われかねないし」
「そういうところ、本当お姉様って狡猾だわ」
「用心深いと言ってほしいわね。本棚に一つだけ背表紙に何も字が書かれていない深緑の本があるはずよ。好きに使って」
「……いいの?」
「ええ」
努力の結晶だ。
本当なら手元に置いておきたいけれど、今一番必要としているのはキャロルだ。
作り慣れた薬は一通り覚えているし、何よりこれ以上キャロルを巻き込んで火の粉を被らせたくはない。
薬屋に持ち込んで高値で売るなりすれば、あとはそれを元に薬を作るだろう。
それが出回るようになれば噂も落ち着くはず。
「ありがとう……。でもどうしてドゥーチェス国の文字なんて読み書きできるの?」
「それは……」
「ドゥーチェス国に逃げるつもりだったから?」
気まずさに静かに頷くと、呆れたようなため息が返った。
「本当に周到ね。本棚にあった本もそのために町で買ってきたの?」
「あれは外に出るようになる前に、叔父様にもらっていたのよ」
「ああ……。そういえばお姉様が『滅びの魔女』だと周囲に知れ渡ったのは自分のせいだからって、時々訪ねていると聞いたわね。その後ろめたさにつけ込んで逃亡準備を手伝わせたの?」
「巻き込むつもりはなかったわ。もし何かあった時に逃亡の手助けをしたと知られたら、それこそ処罰されかねないもの。薬や『滅びの魔女』にまつわる本を差し入れてもらっただけ。その代わりに叔父様の仕事の手伝いだってしていたし」
脅していたわけではないし、きっかけは後ろめたさを利用していたけれど、最終的には相互利益の関係になっていたはずだ。
「叔父様の仕事って……。お城に文官としてお勤めなのよね? 手伝いなんて、まさか、お城まで行っていたの?!」
「さすがにそこまで大胆なことはしないわ」
「町に出ているだけでも十分大胆よ」
すみません。
「ドゥーチェス国からの書簡や何かを翻訳していただけよ。あ、そうそう。タムール地方の水害だけれど、あれも『滅びの魔女』のせいではないわ。ドゥーチェス国の灌漑工事が原因よ。叔父様に伝えて、レジール国から補償を求める書簡も書いたわ」
「……何よそれ。なんで国はそれを公にしないの?」
「人が亡くなっているのよ。ドゥーチェス国に恨みが向けば、戦争の火種になりかねないわ。レジール国としても納得できるだけの賠償を引き出せればそれでいいし、ついでに恩も売れるもの。二国間で公にしないと合意済みよ」
国は金で解決できても、大切な命を失った人は簡単に納得できない。
憎しみがくすぶり続けることもあるし、それがいつか大きな火に育ってしまうこともあるだろう。
キャロルは険しい顔で腕を組んだ。
「幸いにも馬鹿な国民は『滅びの魔女』のせいだとか噂しているから非難もかわせる。見事ななすりつけね」
「私には何の利益も還元されないのにね」
呑気にそんなことを言ってしまったからか、キャロルがきっと私を睨む。
結果としてキャロルまで巻き込んでしまっているのは申し訳ないけれど、私のせいじゃないと声高に叫んだって誰も信じてくれはしない。
こういうことがあるたびに、どうにもできずにただ悔しい思いをするばかりで、そのうち自分が苦しむことすら不条理だと思い至り、なるべく軽く流すようにしていた。
キャロルの腹立たしい気持ちもわかるけれど、一つ一つまともに食らってしまっては心がもたない。
「ねえ……。そんな大事な話をお姉様が知ってしまっていいの?」
「どうせ叔父様にとって軟禁されている私には耳も口もないのと同じだもの」
もちろん叔父の仕事を私が手伝っているなんてことは誰にも言っていないだろう。
キャロルは「それでいいのかしらね……」と呆れたようなため息を吐いた。
「それで、もう一つの役に立つ話っていうのは何なの? 今の水害の話ではないでしょう?」
私が「話していいでしょうか」とレイノルド様を見上げると、「かまわない」とどこか楽しそうな返事が返った。
どうやら一連の話もレイノルド様の興味を満足させるに足るものだったようだ。
よかったのかどうかわからないけれど。
「カムシカ村に魔物が入ってきた原因よ。あれも私のせいではないわ。結界が壊されたからよ」
「結界が? どうして?」
私はキャロルを促し、国境を越えて広げられた畑とそこに埋め込まれた水晶を見せながら説明した。
それから畑の間に水晶が埋まっていただろう跡を見せる。
「本来はここが国境だったっていうの? それを勝手にいじったから結界にほころびが生じた、ってこと?」
「そう」
「お姉様はなんでそれがわかったの? 結界なんて目に見えないし、それが壊れてるかどうかなんてわからないじゃない」
不思議そうに問われ、どうしようかなと悩んでいる間に、レイノルド様がぱさりとフードを脱いだ。
「私が獣人だからだ。結界も、そのほころびも見える」
「その角……もしかして」
キャロルが驚いたように目を見開く。
「牛の獣人?」
キャロルはやっぱりキャロルだった。
よかった、竜王だとバレなくて。
大騒ぎされて面倒になる気がする。
「そのようなものだ」
レイノルド様が淡々と応じると、キャロルは「へえ」とまじまじとレイノルド様の角を眺めた。
「あれ? っていうことは、お姉様が捨てられた森って」
「竜王の森よ。私は今まで、グランゼイル国にいたの」
さすがにそれは想像もしていなかったようで、キャロルは呆然と口を開けた。
「まさか……それって、処刑も同然じゃない」
まあ、そういう目論見もあったと思う。
「実質そうだろう。これは死にかけていたからな。意識が戻るまでに三日三晩、回復するのにひと月近くかかった」
レイノルド様に言われ、キャロルは複雑な顔で黙り込んだ。
「今は問題なくこうして出歩けるわ。レイノルド様のおかげでね」
「でも、それをどうやって信じてもらうの……? レイノルド様がレジール王家に説明してくださるの?」
「まさか! レイノルド様を巻き込むつもりはないわ。私も考えたんだけれど、結界が壊れていることを直接説明する必要はないのよ。そもそも国境を越えて勝手に領土を広げるなんて、戦争になってもおかしくないわ。それが王家に伝わるだけで、あちらで勝手に結界が壊れていることにも気づくでしょう」
一般に知られていなくても、王家の命令で結界が張られたのだ。
水晶が動かされていることが伝われば、識者にはそれがどういうことかわかるはず。
「まあ、なるほどね」
「それでお願いなんだけれど。センテリース領主にキャロルの名前で手紙を書いてほしいの」
「領主に? 村長に言えばいいじゃない」
「村のはずれとはいえ、畑を作っているのよ? 村長が知らないわけがないわ。それで放っておいているってことは、知っていて放置されているか、共犯か、はたまた主犯かもしれない。とにかく直接話していい方向に行く相手とは思えないわ」
「それはまあ、たしかに」
「それと領土のことと一緒に、訪問の許可をとってほしいの」
どうしてよ、とキャロルが訝しげに私を見る。
「ここの領主は物語好きって叔父様に聞いたの。『滅びの魔女』を題材にした古い本を持っているかもしれないわ。それを見せてもらいたいの。元になった王妃の言葉は何なのか、今伝わっている内容がどこからきたのか。それがわかれば、国が滅ぶようなことはないと言えるかもしれない。『滅びの魔女』なんて劇や本の中で娯楽のために作られた存在だと証明できるかもしれない」
「それって、私の名前で訪問するってこと?」
「ただの『ルーク』や『シェリー』として訪ねたとして、平民が取り合ってもらえるとは思えないもの」
貴族の名を使いたいけれど、私の名を明かしても怖がって追い出されかねない。
キャロルの名でも断られそうではあるけれど、領土のことで恩を売れれば、可能性はある。
結界のほころびのことまで王家から伝わってくれればなお効果的なのだけれど。
そもそも本を見せて欲しいというだけのことだし、害も不利益もないのだからそれくらいならと了承してくれるかもしれない。
「一つだけって言ったのに、二つお願いされているような気がするのだけれど」
「一つよ。キャロルの名前を貸してほしいってことだもの」
「詭弁じゃない」
「そんなことはないわ。そもそも結界のことはキャロルの目的でもあるはずよ」
魔物騒ぎでここまで来たことを思い出したのか、キャロルはぶつぶつと悩み始めた。
「それくらいのことなら……。でもノーリング伯爵家の名で訪問するのは……」
「悪い結果になったとして、訪問を断られるくらいのことなのだから、キャロルに不利益もないでしょう?」
キャロルはしばらく悩んでいたようだったけれど、やがて「わかったわ」と頷いた。
「『滅びの魔女』の言い伝えが本当のところどうなのかわかれば私にとっても今後の人生のためになるし」
二歳の差はあるけれど、悲しいかな身長にそれほどの差はない。
顔もますます似てきた気がするし、社交界でキャロル本人がセンテリース領主に会うことがあっても誤魔化しきれるだろう。
「ありがとう。『滅びの魔女』はいない。私はそれを証明するわ。まだまだこれからだけれど、真実がわかったらその時はキャロル、あなたにも知らせるから」
「当然でしょ! 私は巻き込まれただけなんだから」
そう言ってふいっと顔をそむけたけれど。
私はふふ、と笑ってその横顔にもう一度誓った。
「必ず。平穏に暮らしましょう」
さて。私にはもう一人、大事な話をしなければならない人がいる。
長いことキャロルとの話に付き合わせてしまったけれど。
もう先延ばしにはできない。
「二つ。私はキャロルの役に立つだろうことを知っているわ。それを話す代わりに、一つだけお願いを聞いてほしいの」
「妹に取引を持ち掛ける? あくどいわね」
他にお願いを聞いてもらえる方法を私は知らない。
「普通にお願いしたら聞いてくれた?」
「それは内容によるわ」
ですよね。
キャロルはそれほどためらうこともなく「わかったわよ」と頷いた。
「まずは話を聞かせて。それから判断するわ」
その一言に、まだ十三歳のキャロルのほうがこういう交渉に慣れているのだと気づく。
信じていたはずの使用人が信じられなくなり、自分で考え、行動しなければならなかったのだ。
その苦労が見えた気がして、胸が痛くなる。
「……まずは薬についてだけれど、作り方を書き記したものがあるわ。試行錯誤の記録のようなものだけど。キノコの日照率だとか育て方も書いてあるし、見れば同じように作れると思う」
「そんなもの、お姉様の部屋にはなかったわよ?」
「ああ。ドゥーチェス国の文字で書いてあるからそれだとわからなかっただけじゃないかしら。もし使用人が掃除を名目に入ってきた時に見つかったら、何のために薬を作ろうとしてるのか問いただされて面倒だと思って。毒を作ってるとでも言われかねないし」
「そういうところ、本当お姉様って狡猾だわ」
「用心深いと言ってほしいわね。本棚に一つだけ背表紙に何も字が書かれていない深緑の本があるはずよ。好きに使って」
「……いいの?」
「ええ」
努力の結晶だ。
本当なら手元に置いておきたいけれど、今一番必要としているのはキャロルだ。
作り慣れた薬は一通り覚えているし、何よりこれ以上キャロルを巻き込んで火の粉を被らせたくはない。
薬屋に持ち込んで高値で売るなりすれば、あとはそれを元に薬を作るだろう。
それが出回るようになれば噂も落ち着くはず。
「ありがとう……。でもどうしてドゥーチェス国の文字なんて読み書きできるの?」
「それは……」
「ドゥーチェス国に逃げるつもりだったから?」
気まずさに静かに頷くと、呆れたようなため息が返った。
「本当に周到ね。本棚にあった本もそのために町で買ってきたの?」
「あれは外に出るようになる前に、叔父様にもらっていたのよ」
「ああ……。そういえばお姉様が『滅びの魔女』だと周囲に知れ渡ったのは自分のせいだからって、時々訪ねていると聞いたわね。その後ろめたさにつけ込んで逃亡準備を手伝わせたの?」
「巻き込むつもりはなかったわ。もし何かあった時に逃亡の手助けをしたと知られたら、それこそ処罰されかねないもの。薬や『滅びの魔女』にまつわる本を差し入れてもらっただけ。その代わりに叔父様の仕事の手伝いだってしていたし」
脅していたわけではないし、きっかけは後ろめたさを利用していたけれど、最終的には相互利益の関係になっていたはずだ。
「叔父様の仕事って……。お城に文官としてお勤めなのよね? 手伝いなんて、まさか、お城まで行っていたの?!」
「さすがにそこまで大胆なことはしないわ」
「町に出ているだけでも十分大胆よ」
すみません。
「ドゥーチェス国からの書簡や何かを翻訳していただけよ。あ、そうそう。タムール地方の水害だけれど、あれも『滅びの魔女』のせいではないわ。ドゥーチェス国の灌漑工事が原因よ。叔父様に伝えて、レジール国から補償を求める書簡も書いたわ」
「……何よそれ。なんで国はそれを公にしないの?」
「人が亡くなっているのよ。ドゥーチェス国に恨みが向けば、戦争の火種になりかねないわ。レジール国としても納得できるだけの賠償を引き出せればそれでいいし、ついでに恩も売れるもの。二国間で公にしないと合意済みよ」
国は金で解決できても、大切な命を失った人は簡単に納得できない。
憎しみがくすぶり続けることもあるし、それがいつか大きな火に育ってしまうこともあるだろう。
キャロルは険しい顔で腕を組んだ。
「幸いにも馬鹿な国民は『滅びの魔女』のせいだとか噂しているから非難もかわせる。見事ななすりつけね」
「私には何の利益も還元されないのにね」
呑気にそんなことを言ってしまったからか、キャロルがきっと私を睨む。
結果としてキャロルまで巻き込んでしまっているのは申し訳ないけれど、私のせいじゃないと声高に叫んだって誰も信じてくれはしない。
こういうことがあるたびに、どうにもできずにただ悔しい思いをするばかりで、そのうち自分が苦しむことすら不条理だと思い至り、なるべく軽く流すようにしていた。
キャロルの腹立たしい気持ちもわかるけれど、一つ一つまともに食らってしまっては心がもたない。
「ねえ……。そんな大事な話をお姉様が知ってしまっていいの?」
「どうせ叔父様にとって軟禁されている私には耳も口もないのと同じだもの」
もちろん叔父の仕事を私が手伝っているなんてことは誰にも言っていないだろう。
キャロルは「それでいいのかしらね……」と呆れたようなため息を吐いた。
「それで、もう一つの役に立つ話っていうのは何なの? 今の水害の話ではないでしょう?」
私が「話していいでしょうか」とレイノルド様を見上げると、「かまわない」とどこか楽しそうな返事が返った。
どうやら一連の話もレイノルド様の興味を満足させるに足るものだったようだ。
よかったのかどうかわからないけれど。
「カムシカ村に魔物が入ってきた原因よ。あれも私のせいではないわ。結界が壊されたからよ」
「結界が? どうして?」
私はキャロルを促し、国境を越えて広げられた畑とそこに埋め込まれた水晶を見せながら説明した。
それから畑の間に水晶が埋まっていただろう跡を見せる。
「本来はここが国境だったっていうの? それを勝手にいじったから結界にほころびが生じた、ってこと?」
「そう」
「お姉様はなんでそれがわかったの? 結界なんて目に見えないし、それが壊れてるかどうかなんてわからないじゃない」
不思議そうに問われ、どうしようかなと悩んでいる間に、レイノルド様がぱさりとフードを脱いだ。
「私が獣人だからだ。結界も、そのほころびも見える」
「その角……もしかして」
キャロルが驚いたように目を見開く。
「牛の獣人?」
キャロルはやっぱりキャロルだった。
よかった、竜王だとバレなくて。
大騒ぎされて面倒になる気がする。
「そのようなものだ」
レイノルド様が淡々と応じると、キャロルは「へえ」とまじまじとレイノルド様の角を眺めた。
「あれ? っていうことは、お姉様が捨てられた森って」
「竜王の森よ。私は今まで、グランゼイル国にいたの」
さすがにそれは想像もしていなかったようで、キャロルは呆然と口を開けた。
「まさか……それって、処刑も同然じゃない」
まあ、そういう目論見もあったと思う。
「実質そうだろう。これは死にかけていたからな。意識が戻るまでに三日三晩、回復するのにひと月近くかかった」
レイノルド様に言われ、キャロルは複雑な顔で黙り込んだ。
「今は問題なくこうして出歩けるわ。レイノルド様のおかげでね」
「でも、それをどうやって信じてもらうの……? レイノルド様がレジール王家に説明してくださるの?」
「まさか! レイノルド様を巻き込むつもりはないわ。私も考えたんだけれど、結界が壊れていることを直接説明する必要はないのよ。そもそも国境を越えて勝手に領土を広げるなんて、戦争になってもおかしくないわ。それが王家に伝わるだけで、あちらで勝手に結界が壊れていることにも気づくでしょう」
一般に知られていなくても、王家の命令で結界が張られたのだ。
水晶が動かされていることが伝われば、識者にはそれがどういうことかわかるはず。
「まあ、なるほどね」
「それでお願いなんだけれど。センテリース領主にキャロルの名前で手紙を書いてほしいの」
「領主に? 村長に言えばいいじゃない」
「村のはずれとはいえ、畑を作っているのよ? 村長が知らないわけがないわ。それで放っておいているってことは、知っていて放置されているか、共犯か、はたまた主犯かもしれない。とにかく直接話していい方向に行く相手とは思えないわ」
「それはまあ、たしかに」
「それと領土のことと一緒に、訪問の許可をとってほしいの」
どうしてよ、とキャロルが訝しげに私を見る。
「ここの領主は物語好きって叔父様に聞いたの。『滅びの魔女』を題材にした古い本を持っているかもしれないわ。それを見せてもらいたいの。元になった王妃の言葉は何なのか、今伝わっている内容がどこからきたのか。それがわかれば、国が滅ぶようなことはないと言えるかもしれない。『滅びの魔女』なんて劇や本の中で娯楽のために作られた存在だと証明できるかもしれない」
「それって、私の名前で訪問するってこと?」
「ただの『ルーク』や『シェリー』として訪ねたとして、平民が取り合ってもらえるとは思えないもの」
貴族の名を使いたいけれど、私の名を明かしても怖がって追い出されかねない。
キャロルの名でも断られそうではあるけれど、領土のことで恩を売れれば、可能性はある。
結界のほころびのことまで王家から伝わってくれればなお効果的なのだけれど。
そもそも本を見せて欲しいというだけのことだし、害も不利益もないのだからそれくらいならと了承してくれるかもしれない。
「一つだけって言ったのに、二つお願いされているような気がするのだけれど」
「一つよ。キャロルの名前を貸してほしいってことだもの」
「詭弁じゃない」
「そんなことはないわ。そもそも結界のことはキャロルの目的でもあるはずよ」
魔物騒ぎでここまで来たことを思い出したのか、キャロルはぶつぶつと悩み始めた。
「それくらいのことなら……。でもノーリング伯爵家の名で訪問するのは……」
「悪い結果になったとして、訪問を断られるくらいのことなのだから、キャロルに不利益もないでしょう?」
キャロルはしばらく悩んでいたようだったけれど、やがて「わかったわ」と頷いた。
「『滅びの魔女』の言い伝えが本当のところどうなのかわかれば私にとっても今後の人生のためになるし」
二歳の差はあるけれど、悲しいかな身長にそれほどの差はない。
顔もますます似てきた気がするし、社交界でキャロル本人がセンテリース領主に会うことがあっても誤魔化しきれるだろう。
「ありがとう。『滅びの魔女』はいない。私はそれを証明するわ。まだまだこれからだけれど、真実がわかったらその時はキャロル、あなたにも知らせるから」
「当然でしょ! 私は巻き込まれただけなんだから」
そう言ってふいっと顔をそむけたけれど。
私はふふ、と笑ってその横顔にもう一度誓った。
「必ず。平穏に暮らしましょう」
さて。私にはもう一人、大事な話をしなければならない人がいる。
長いことキャロルとの話に付き合わせてしまったけれど。
もう先延ばしにはできない。
85
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。
――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。
「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」
破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。
重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!?
騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。
これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、
推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました
er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。
宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。
絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。
近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。
虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。
専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。
氷の騎士と陽だまりの薬師令嬢 ~呪われた最強騎士様を、没落貴族の私がこっそり全力で癒します!~
放浪人
恋愛
薬師として細々と暮らす没落貴族の令嬢リリア。ある夜、彼女は森で深手を負い倒れていた騎士団副団長アレクシスを偶然助ける。彼は「氷の騎士」と噂されるほど冷徹で近寄りがたい男だったが、リリアの作る薬とささやかな治癒魔法だけが、彼を蝕む古傷の痛みを和らげることができた。
「……お前の薬だけが、頼りだ」
秘密の治療を続けるうち、リリアはアレクシスの不器用な優しさや孤独に触れ、次第に惹かれていく。しかし、彼の立場を狙う政敵や、リリアの才能を妬む者の妨害が二人を襲う。身分違いの恋、迫りくる危機。リリアは愛する人を守るため、薬師としての知識と勇気を武器に立ち向かうことを決意する。
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる