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第一章 国王陛下のおなり
2.国王陛下は脱ぐ
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王宮に行きたくない理由なんて決まってる。
私は顔が歪まないよう仏頂面を保ちつつ、端的に答えた。
「毒と陰謀の渦巻く王宮などで働きたくないからです。私は母が遺したこの店でのんびりと薬屋店主をしていきたいのです」
「こんなぼろぼろの薬屋をたった一人で守って死んでいくの? 寂しくはない? それって幸せなのかなあ」
うーん、と悩んで見せるようにユーティスはさらに首を傾けた。
いちいち演技が鼻につく。
「私は穏やかに生きられればいいのです。たとえ売り上げがそこそこでも、それなりに食べて眠って生きていければそれでいいのです」
「でも、いつ潰れるかわからないこんな店にしがみついてたら、いつか穏やかに生きられない日がくるかもしれないよ?」
心配するフリをしてディスるユーティスは、笑顔の仮面をやめない。
苛々が募り、だんだん凶悪な気持ちが芽生えてくる。
――いい加減そのニコニコの仮面を引っぺがしてやろうか。
でもここでいつものように口汚く彼と舌戦を繰り広げるわけにはいかない。
だってこの小さな薬屋の中には入りきらなかったユーティスの護衛が外を取り囲んでいる。
しかもそれを見て集まった町の人々もさらに輪を作っている。
この状況は彼が意図的に作り出したものだ。
ただ、それがわかっていても私が意思を曲げることはない。
衆人環視の中では断れまいとか思ったんでしょう?
甘いわ!
見ておれ。私だって猫も被れるし、陛下を敬い一歩引く態度を持って、角が立たない立派な言い訳を奏上できるのだ。
「宮廷薬師だった父が亡くなり、一人となった私を心配して仰ってくれているのだと思いますが、ご心配には及びません。近所の人たちもよくしてくれますし、一人でもこの店なら切り盛りしていけますから。それよりも陛下のお心ひとつで私など若輩者を城に召し上げては重臣の方たちもお困りになるのではないですか? 既に父の後継の選定は済まされていることでしょうし」
どうだ。
しかも、これを言われてはユーティスも引かざるをえまい。彼は愚王の仮面を被り、自ら傀儡となり政治を維持しているのだから、重臣たちの意思にそわないことはできないはず。
命を狙われる日々から解放されるために、何もできない浅はかな愚王の仮面を被り続けてきたのだから。
ただ、それを知る私が王宮なんて恐ろしい場所に行きたがらないことはユーティスとて百も承知のはずなのに、何故こんな茶番を始めたのかが気になった。
けど、とにかくこの場を凌げればいい。これ以上人が集まるのも避けたいし、真意など後で聞き出せばいいだけだ。
そう思った。
けど、甘かったのは私の方だった。
ユーティスは笑顔の仮面をかぶったまま、私に毒を刺すことをやめなかった。
そしてそれは私の最も弱い部分だった。
「ふうん。もしかして自信がないのかな? そうだよね、父上であるダーナーも宮廷薬師でありながら自身の病を治すことができずあっけなく逝っちゃうし、三年前だって奥さんのこと助けられなかったんだもんね。薬だけじゃ幸せには――」
言葉の途中で、私は思い切り手を振りかぶっていた。
――パアンッ。
鋭い破裂音がこの小さな部屋に響き、ユーティスは衝撃と同時に強制的に横を向かせられた。頬にじんわりと赤みが広がっていく。
「この女、陛下に何をする!」
不敬な私の態度にさっきから苛々を募らせていた護衛が、即座に剣の柄に手をかけた。カチャリという音が張り詰めた部屋に甲高く響く。
「待て」
それを止めたのは鋭い声。
先程までの間延びした無害な愚王の仮面は破り捨てられ、そこには真っ直ぐな鋭いまなざしを持った賢王の顔があった。
「――陛下?」
護衛達は戸惑い、ユーティスの顔を窺った。
「無礼を働いたのはこの私だ。どうやら私は長い間眠りの中にあったようだ。人の心に疎く、世情にも疎く、頭のどこかに蓋をされ生きてきてしまったように思う。だが彼女の心ある正しき一閃で、私は目覚めた。たった一週間前に父を亡くしたばかりだというのに、無神経なことを言った。リリア、すまない。此度の宮廷薬師にとの話はなかったことにさせてくれ」
そう言ってユーティスは「行くぞ」と短く護衛達に声をかけた。
振り返ったその顔に、これまでにはなかった知性の光を見て、護衛達は一斉に顔を輝かせた。
「はい、国王陛下!」
ビシリ、と敬礼をし、護衛達はユーティスの後について店を出た。
最後に自ら扉を閉めながらユーティスは、呆然と立ちすくむ私を振り返り、口だけを動かした。
『また来る』
その口元には、満足げな笑み。
――まんまと、してやられた。
私は、あの男にいいように使われたのだ。
彼はずっと、愚王の仮面を脱ぐ時を見計らっていたのに違いない。
そのための小芝居に、巻き込まれた。
彼の真の目的に思い至り、私は心中で思い切り叫んだ。
「腹黒仮面野郎ーーー!!」
「リリア?! どうしたの!?」
突然店のドアがガチャリと開き、友人のラスが顔を覗かせた。
声に出ていたらしい。
「――なんでも、ない」
こうして国王陛下は私を巻き込み、愚王の仮面を脱いだ。
でも私は知らなかった。
これがユーティスの計画の序章に過ぎなかったことを。
そして。私の胸にトゲのように刺さったその言葉の真意を知ったのは、さらにもっと後のことだった。
私はこの時深く考えることをしなかったのだ。
私には、突然の雄叫びに近所を騒がせたことを謝りに行くという急務があったから。
私は顔が歪まないよう仏頂面を保ちつつ、端的に答えた。
「毒と陰謀の渦巻く王宮などで働きたくないからです。私は母が遺したこの店でのんびりと薬屋店主をしていきたいのです」
「こんなぼろぼろの薬屋をたった一人で守って死んでいくの? 寂しくはない? それって幸せなのかなあ」
うーん、と悩んで見せるようにユーティスはさらに首を傾けた。
いちいち演技が鼻につく。
「私は穏やかに生きられればいいのです。たとえ売り上げがそこそこでも、それなりに食べて眠って生きていければそれでいいのです」
「でも、いつ潰れるかわからないこんな店にしがみついてたら、いつか穏やかに生きられない日がくるかもしれないよ?」
心配するフリをしてディスるユーティスは、笑顔の仮面をやめない。
苛々が募り、だんだん凶悪な気持ちが芽生えてくる。
――いい加減そのニコニコの仮面を引っぺがしてやろうか。
でもここでいつものように口汚く彼と舌戦を繰り広げるわけにはいかない。
だってこの小さな薬屋の中には入りきらなかったユーティスの護衛が外を取り囲んでいる。
しかもそれを見て集まった町の人々もさらに輪を作っている。
この状況は彼が意図的に作り出したものだ。
ただ、それがわかっていても私が意思を曲げることはない。
衆人環視の中では断れまいとか思ったんでしょう?
甘いわ!
見ておれ。私だって猫も被れるし、陛下を敬い一歩引く態度を持って、角が立たない立派な言い訳を奏上できるのだ。
「宮廷薬師だった父が亡くなり、一人となった私を心配して仰ってくれているのだと思いますが、ご心配には及びません。近所の人たちもよくしてくれますし、一人でもこの店なら切り盛りしていけますから。それよりも陛下のお心ひとつで私など若輩者を城に召し上げては重臣の方たちもお困りになるのではないですか? 既に父の後継の選定は済まされていることでしょうし」
どうだ。
しかも、これを言われてはユーティスも引かざるをえまい。彼は愚王の仮面を被り、自ら傀儡となり政治を維持しているのだから、重臣たちの意思にそわないことはできないはず。
命を狙われる日々から解放されるために、何もできない浅はかな愚王の仮面を被り続けてきたのだから。
ただ、それを知る私が王宮なんて恐ろしい場所に行きたがらないことはユーティスとて百も承知のはずなのに、何故こんな茶番を始めたのかが気になった。
けど、とにかくこの場を凌げればいい。これ以上人が集まるのも避けたいし、真意など後で聞き出せばいいだけだ。
そう思った。
けど、甘かったのは私の方だった。
ユーティスは笑顔の仮面をかぶったまま、私に毒を刺すことをやめなかった。
そしてそれは私の最も弱い部分だった。
「ふうん。もしかして自信がないのかな? そうだよね、父上であるダーナーも宮廷薬師でありながら自身の病を治すことができずあっけなく逝っちゃうし、三年前だって奥さんのこと助けられなかったんだもんね。薬だけじゃ幸せには――」
言葉の途中で、私は思い切り手を振りかぶっていた。
――パアンッ。
鋭い破裂音がこの小さな部屋に響き、ユーティスは衝撃と同時に強制的に横を向かせられた。頬にじんわりと赤みが広がっていく。
「この女、陛下に何をする!」
不敬な私の態度にさっきから苛々を募らせていた護衛が、即座に剣の柄に手をかけた。カチャリという音が張り詰めた部屋に甲高く響く。
「待て」
それを止めたのは鋭い声。
先程までの間延びした無害な愚王の仮面は破り捨てられ、そこには真っ直ぐな鋭いまなざしを持った賢王の顔があった。
「――陛下?」
護衛達は戸惑い、ユーティスの顔を窺った。
「無礼を働いたのはこの私だ。どうやら私は長い間眠りの中にあったようだ。人の心に疎く、世情にも疎く、頭のどこかに蓋をされ生きてきてしまったように思う。だが彼女の心ある正しき一閃で、私は目覚めた。たった一週間前に父を亡くしたばかりだというのに、無神経なことを言った。リリア、すまない。此度の宮廷薬師にとの話はなかったことにさせてくれ」
そう言ってユーティスは「行くぞ」と短く護衛達に声をかけた。
振り返ったその顔に、これまでにはなかった知性の光を見て、護衛達は一斉に顔を輝かせた。
「はい、国王陛下!」
ビシリ、と敬礼をし、護衛達はユーティスの後について店を出た。
最後に自ら扉を閉めながらユーティスは、呆然と立ちすくむ私を振り返り、口だけを動かした。
『また来る』
その口元には、満足げな笑み。
――まんまと、してやられた。
私は、あの男にいいように使われたのだ。
彼はずっと、愚王の仮面を脱ぐ時を見計らっていたのに違いない。
そのための小芝居に、巻き込まれた。
彼の真の目的に思い至り、私は心中で思い切り叫んだ。
「腹黒仮面野郎ーーー!!」
「リリア?! どうしたの!?」
突然店のドアがガチャリと開き、友人のラスが顔を覗かせた。
声に出ていたらしい。
「――なんでも、ない」
こうして国王陛下は私を巻き込み、愚王の仮面を脱いだ。
でも私は知らなかった。
これがユーティスの計画の序章に過ぎなかったことを。
そして。私の胸にトゲのように刺さったその言葉の真意を知ったのは、さらにもっと後のことだった。
私はこの時深く考えることをしなかったのだ。
私には、突然の雄叫びに近所を騒がせたことを謝りに行くという急務があったから。
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