執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない

佐崎咲

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第二章 伯爵令嬢と伯爵令嬢

7.王子の婚約者

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「やあ、無事に辿り着いたね」

 飲み物を片手にしたアルフリードが爽やかな笑みを浮かべて近づいてきても、私は咄嗟に答えることができなかった。
 無事、とは言えない。
 満身創痍だ。
 後戻りができないほどの。

 今もミシェルの声がこびりついている気がする。

『お姉さまさえいなければ』 

 口には出されなかったそんな悲痛な叫びが聞こえた気がした。
 今でもこれからどうするべきなのか、わからない
 ミシェルときちんと向き合うべき。周囲にこれ以上害が及ばないよう、ミシェルの前から姿を消すべき。
 その二つが交互に頭にやってきて、異論反論をごちゃごちゃと喚き立てている。

 でも今はそれを引きずっていてはならない。
 今ここは国の命運がかかっている大事な場なのだから。

 扇子と――その先にぶらりと揺れるコウモリを見下ろし、掌の中にそっと握りこむ。

「お待たせして申し訳ありません。件のお二人も既にいらしているようですね」

「ああ。やっと紹介できるよ」

 アルフリードのほっとしたような声に、気持ちを切り替えて顔を上げた。
 今は目の前のことに集中しなければならない。

 今日のパーティは年若い出席者ばかりだ。 
 アルフリードと仲のいい人たち、影響力のある人たちを集めたのだろうとわかる。
 これからの国をアルフリードと共に背負って行く人々、ということだ。

 その中でも、目当ての二人はすぐに見つかった。
 一人はイザベラ=デュッセ公爵令嬢。
 学院でも何度か見かけたことがある。
 目鼻立ちがはっきりとしていて赤い巻き毛が人目を惹く美人だ。

 一人は隣国から交流という名目で来ているらしいエレーナ=シュエイツ第二王女。
 この出席者の中で私が顔を知らない十五歳くらいの少女となれば、すぐにわかった。
 ふわふわの金髪に囲まれた顔は小さく、話している相手に遠慮がちに笑いかけている。

「私の働きが殿下のご期待に添えるかはわかりませんが。善処します」

 たった一度会って話しただけで本性が見抜けるほど女は容易くない。それをたった今、ミシェルで身に沁みたばかりだ。

「シェリアから二人がどう見えたか、ありのままを聞きたいだけだよ。気負うことはない」

 目で促され飲み物を片手にアルフリードの後についていくと、まずイザベラに紹介された。

「やあイザベラ嬢。こちらはシェリア=アンレーン伯爵令嬢だ」

 アルフリードがやってくるのを目の端で捉え待ち構えていたイザベラは、扇で口元を隠し、目元を涼やかに笑ませると、淑女の礼をとった。
 
「本日はお招きいただきありがとうございます。シェリア様、初めまして。お噂はかねがね」

 私を見る目には、値踏みするような色があった。
 私が幼い頃からアルフリードと親しいことを知っているのだろう。
 お互いに容姿がそれなりに目立つから顔は見知っていたけど、イザベラとは直接話すのは初めてだ。

「初めまして、シェリア=アンレーンです。お会いできて光栄ですわ」

 ミシェルに追い落とされ、私はあまり社交の場には出てこなかったから対人スキルがとても低い。
 こういうとき気の利いたことも言えなくて言葉に困る。

 だけどそんな気遣いは無用だった。
 私と目が合ったのは挨拶を交わした一度きり。
 私は笑顔を張り付けているだけでよく、イザベラはひたすらアルフリードにあれこれと話しかけていた。

 喋らずに済んでほっとしているあたりが、ほとほと社交に向いていないと思う。

「楽しい時間をありがとう、イザベラ。ではそろそろ挨拶周りに伺ってくるとするよ」

 そう言ってアルフリードが話を切り上げたので、私は焦った。

 待て。ここに置いて行くな!

 慌てて縋るようにアルフリードを見れば、去りかけていたアルフリードからにこりと笑みが返ってきた。
 ……読まれている。そして弄ばれている。

「そう言えばシェリアはシュエイツ王国に興味があると言っていたね。エレーナ王女を紹介しよう」

「ええ、ありがとうございます殿下」

 なんとか笑顔を崩さずそう返し、イザベラに礼をしてその場を後にした。
 相変わらず人で遊ぶのが好きな腹黒王子め。後で覚えているがよい。

     ◇

 第二王女であるエレーナは、とにかく控えめな人だった。
 ふわふわとした金髪と相まって、風に揺れる綿毛のような少女だった。
 アルフリードが話を向けると、そっと笑みを浮かべて、静かに相槌を打っている。
 けれど時折、ふふふ、と楽しそうに声を上げて笑う。
 返す言葉でさりげなく自国や自分のアピールを差し挟むのもうまかった。

「シェリア様は、アルフリード様と幼少の頃から親しくされていたと殿下から聞いています。殿下がどのような子供時代を過ごされたのか、伺っても?」

 私にもこうして話を向けてくれる。
 そしてそれはアルフリードに興味があるというアピールでもあり、この三者の関係をうまく掴み、使っている。

「ははは、私のことなら私に訊いてほしいな。シェリアに語られたら情けない話ばかりされそうだ」

「アルフリード様が語らないお姿を知りたいのです。私はこの国のことも、殿下のこともまだ何も知りませんから」

 ぶりっこをするのではなく、わくわくと好奇心に満ちた目を私に向けている。
 素直で明るくかわいらしい女の子という感じだ。
 これは好きになる。男が好きな女の子、ではなく、女が好きな、女の子だ。
 私もこんな王女なら友達になりたいなとすぐに思わせられた。

「そうですね。エレーナ様にお聞かせするほどの上等な思い出なんて持ち合わせているかわかりませんけれども。一番強く記憶に残っているのは、殿下が木から落ちたお話でしょうか」

「まあ! アルフリード様も幼少の頃は木登りをなさったのですか?」

「いえ? ほんの数年前の話です」

「あ、シェリア、それ本当にダメなやつ。空気を読め、バカ者が」

 何の話か気が付いたアルフリードが、はっとして私に詰め寄る。
 口を塞がれそうになるのをひょいっと避け、「あれは今日のようなガーデンパーティで、とある令嬢のハンカチが風に舞ってしまったときのことで」

「ああ……」

 それだけで察したらしい。
 エレーナが口元を扇で隠し、小さく呟く。

 大した話じゃない。オチはもう見えている通りだ。
 手遅れだと悟ったアルフリードは、片手で顔を覆って項垂れた。

「今エレーナ様がご想像した通りです。カッコつけて『私がとってやろう』とひょいひょいっと木に登って行った殿下が、見事に手にしたハンカチと折れた枝と共に落下した、というだけの話です。大した話ではなくて申し訳ありません」

「なんでその話を選んだ……もっといい話があるだろう?!」

 恨めし気に睨まれるが、他意はない。
 急に話を振られたから思いついたのがコレしかなかっただけだ。

「ふふふ。幼少の頃のままのつもりで、つい気軽に木に登ってしまったものの、いつの間にか成長されていて枝が耐えられずに落ちてしまったのですね。でも悲しむご令嬢を放っておくこともできなかったのでしょう? 格好よくて、かわいらしい一面を知ることができました。シェリア様、お話ししてくださって、ありがとうございます」

 思い付きで話したものにそんな意味を見出してくれるなんて、思慮深い人だなと思う。
 何より、根がいい人なんだろう。
 笑い方にも嫌味なところがない。
 何度も言うが、ぶりっこでもない。ここポイント。

 アルフリードは失敗話を挽回するかのように、あれこれと私に話を振った。

「そうだ、あの話はどうだ? ほら、狩りで私が一番多く獲物を捕らえてきたことがあっただろう」

「狩りの血なまぐさい話など、エレーナ様に聞かせられませんよ。武勇伝だと思っているのは殿方だけです」

「では私が学院で成績優秀者として――」

「自分の優秀さを鼻にかけるなんて恥ずかしいと思いません?」

「いやだっていい所が一つもないままだろう?!」

 そうだった、婚約者候補として話してる相手なのだから、いいところを見せないといけない場だった。
 だけど本気になって記憶を探ったものの、アルフリードの『いい話』が全然思いつかなかった。
 すまない。

「いいじゃないですか。男のプライドなんて、女には無意味で無価値だったりするんですから。何気ない日常の殿下の姿こそ、知っていただいたらいいと思いますよ」

 アルフリードはふふふと楽しそうに笑うエレーナをちらりと見て、悪い印象ではないようだと思ったのだろう。

「まあいい。次までにはもっといい話を練っておいてくれ」

 まだどこか納得いかないようにため息を吐きながらも、アルフリードは挨拶周りのためにその場を離れていった。
 また置いて行かれる、と慌てて続こうとしたところを、「シェリア様」とエレーナの声に止められた。

「あの。私、まだこの国に知り合いがあまりいなくて。よろしければ、お友達になっていただけませんか?」

 おずおずと窺うように言われれば、頷く以外に選択肢はない。

「勿論、光栄ですわ。次にお会いする時があれば、もっとアルフリード殿下の幼い頃の話を思い出しておきます」

 次にまた私がこういう場に出て来られるかはわからないけど。
 私の返事を聞くと、エレーナは嬉しそうに頬を緩めた。

「よかった。アルフリード様から幼馴染の女性を紹介したいと聞いておりましたけれど、話してみたら楽しくて、時間を忘れてしまいましたわ」

 見た目がとっつきにくそうで仲良くなれるか不安だったのだろう。
 言外から感じた素直さに、思わず苦笑した。

「この世には、見た目通りの女性と、そうではない女性の二通りおりますからね」

 フォローのつもりでそう返せば、エレーナは少し考えるようにした後、にこりと笑んだ。

「いいえ? 私は全ての女性も男性も、見た目通りの所と、そうでない所を持っているものだと思います。先程のアルフリード様の木登りのお話のように。最初は意外に感じましたが、そうして殿下を見てみれば、確かにそのようなこともありそうだと納得できましたもの」

 エレーナはまっすぐに私を見ていた。

「どのように見えているかは人それぞれ。そしてただ一度、一方向から見ただけではその人の内面や通って来た道はわからない。ただそれだけのことなのだと私は思います」

 そう語ったエレーナには、ふわふわと風に漂う中にも芯の強さが見えた。
 話し始めた時と今とでは、随分印象が変わっている。

「なるほど。そのお話、確かにその通りかもしれませんね」

 自然と、脳裏にミシェルのことが浮かんだ。
 私もミシェルを、一方向からしか見ていなかったのだと気が付いた。

 エレーナはただの風にそよぐ綿毛ではない。
 吹かれ飛ばされた先でその種を芽吹かせ、花を咲かせる力を持った人だ。
 その花は人の心と和ませ、楽しませ、支えとなるだろう。

 何故アルフリードが私をここに呼んだのか、わかった気がした。
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