行き遅れキューピッドさんのハッピーエンド

深澤雅海

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後編

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 婚約破棄を二度されたと言っても、キスくらいはしたことがある。
 愛を囁かれながら唇を重ねて。でもそれ以上のことはしたことがなかった。

 行き遅れの身となれば、友人たちは全員結婚していて、女性だけで集まれば夫が何をしてくれたとか、どのくらい愛されているのかとか私の身に起きなかったことだって耳にしたことがある。

 だから、フイイ様に押し倒されて舌が入ってきた時も「皆が言っていたキスね」と初めは物珍しく観察してしまい、抵抗するのを忘れていた。
 抵抗するのを忘れていたせいで、よりキスは深くなっていってしまった。

「ん……っ……は、ぁ……っ」
 時々息継ぎさせてくれるものの、まるで食べられてしまうかのように口の中を蹂躙され端から唾液が零れる。
 歯列をなぞられ、舌を擦り合わせ、唾液どころか吐息まで啜られ、意識がふわふわしてくる。
 握られた右手の指を優しく撫でられると、ぞくぞくしたものが体に走る。
 ぶるりと震えると、やっと唇が離れた。
 お互い、息が上がっていた。
 私を見るフイイ様の目はいつもと違い、何かを含んでいる……

「あなたの待ち人も」
「きゃっ」
 ばさりとドレスを捲り上げられて内腿をするりと撫でられた。
「待ち合わせ場所であなたが他の男と交わっていたら諦めるしかない」
 フイイ様は体をずらして屈み、私の内腿をぺろりと舐めた。
「フイイ様、ち、違います、わた……っ」
 足の付け根を舐められてぞくりと体が震えた。

「待って、待って下さいフイイ様」
 上にずれようとしても右手を握られているので叶わず、足をばたつかせてみても彼にとっては何の抵抗にもならないのだろう。するりと下着が脱がされた。
 さすがにこうなれば、経験のない私だって彼が何をしようとしているのか察している。

「違います、私、誰かを待っていたわけでは……ぁっ」
「キスだけで濡れてますよ……気持ち良かったですか?」
「濡れ? 気持ち……」
 気持ち良かった……? そう言われれば? と考えてしまった隙に、左ひざを曲げて広げられる。
「ちょ、待って待って! やぁあっ!」
 あられもない格好のまま、蜜口にフイイ様の舌が這う。
 柔らかくざらざらした舌が何度も蜜口をなぞった。
「ぁあっ……ゃあっ……まって……っ」
 キスの時は分からなかったが、今は間違いなく快感を得ていた。

 自由な左手でフイイ様の頭を押しのけようとしても全く効果なく、ぴちゃぴちゃと音を立てて蜜口を舐められ続ける。
「ひゃっ!?」
 蜜口の上の部分を舐められて腰が跳ねる。
「可愛い声だ……」
「やっ……ひゃっ……やだっ……そこ……ぃやぁっ」
 何度も舐められて見悶える。
 目の前がチカチカして、私はびくんびくんと体を痙攣させた。

「達しましたね……ああ、とてもいい顔をしている……」
 フイイ様が体を起こして私を見下ろす。
 顔が近付いて来て、またキスをされるのかと思ったが彼は私の首に顔を埋めた。柔らかい髪が顔に触れる。とてもいい匂いがした。

 その匂いにうっとりとしていると首にキスをされ、鎖骨にキスをされ……段々下に下がり服の上から胸を甘噛みされる。
「んっ……フイイさま……っ」
「勃ってる……気持ちがいいですか?」
 ぐいっと胸元を下に下げられて胸がぽろりと出た。
「やぁあっ!」
 先端を口に含まれて腰が跳ねる。
 そんなところを舐められて気持ちが良いとは思わなかった。

 胸の先端を口の中で転がしながら、蜜口に指が這う。
 ゆっくりと指が中に入ってくる感触に怖くなり逃げようとするが、相変わらず右手は繋がれたまま、それどころかいつの間にか指が絡まり簡単に解けなくなっていた。
 
「あ……ぁあっ……っ」
 自分の声とは思えない声が勝手に出る。
 蜜壺をかき回される恐怖は胸をしゃぶられる快感でどこかに行ってしまった。
 目が回るような快感で体が震える。
 フイイ様の頭を押しのけようとしても力が入らない。
 ぴちゃぴちゃと胸を舐められる音と、蜜口から指が出入りするくちゅくちゅという音が恥ずかしい。

「んぁああっ!」
 胸の先端を強く吸われて仰け反った。
「中々来ませんね……もう、挿れてしまいますよ?」
 いくら待ってても誰も来ない。
 そう言いたいけれど私は荒い息をすることしかできなかった。

 唇に触れるだけのキスを繰り返しながら、やっと右手が離される。
「フイイさ…ま…」
「あなたに名前を呼ばれるのは心地よい……」
 うっとりとした声でそう言うと、両手で腰を掴まれ蜜口に熱いものが当てられる。
「! ぃっ……待ってくださ……ぁあっ!」
「もっと私を呼んでください」
「やぁっ痛っ……ああっ」
 ずぶずぶと熱く太いものが入って来て痛みが走る。
「待って、違……っんぅっ!」
 フイイ様を押しのけようとするがキスで口を塞がれる。
 舌が擦り合わされ快感がこみ上げる。
 両手で胸の先端を摘まむように弄られ、私はフイイ様の口の中に甘い声を上げた。
 下からの痛みが快感に塗りつぶされる。
 フイイ様を見ると、しっかりと目が合う。
 ずっと見られていたのかと思うととても恥ずかしかった。

「ああ……全部挿りましたよ……」
 熱い息が顔にかかる。
「全部……?」
「これであなたは私のものだ……もう、誰にも渡さない……!」
「フイイさ、っ!」
 一度抜かれたかと思ったらすぐに打ち付けられる。
 両方の膝裏に手を入れられ折り曲げられ、非常に恥ずかしい体勢で何度も打ち付けられた。

 友人たちは「痛いのは初めだけで気持ちが良くなってくる」と言っていたが、よく分からない。
 痛みはある。けれど、胸の先端をしゃぶられ、舌で転がされ、吸われると、気持ちがいい。
 混乱している、という自覚はあった。
 自分の何倍も大きい男性に襲われれば抵抗できないのは当たり前だ。
 でも。

 近付いてくる顔は少し泣きそうで、なぜか抱きしめたくなる。
 彼の放つ匂いはとてもいい匂いで、うっとりとしてしまう。
 太ももを撫で上げる手は、とても優しい。
 最奥まで太い楔で穿たれると、体は熱で満たされる。
 食べられそうなほど熱いキスは、私を欲している気持ちがとてもよく表れていた。

 嫌じゃない。
 それが私の素直な気持ちだった。

 ただ一度、ほんの少し会話をしただけの男性なのに。

「んぁっ……はぁんっ……ぁあっ……フィイさ、ぁあっ……っ」
「とても……イイです……ああ、とても……っ」
 お互いの息が重なる。
「んぁあああっ!」
「……っ!」
 最奥を強く穿たれて、一瞬意識が飛ぶ。
 ぶるりと震えるフイイ様の下で、私は叫んだ。
 暗くても見える近さで、フイイ様はとても優しい目で私を見ていた。
 
 どのくらいだろう。
 大分長い間見つめ合っていた。
 荒い息が整う頃、ずるりと蜜壺からフイイ様のものが抜かれる。

 手早く自分の身なりを整えてから、私の首の後ろに手を入れてゆっくりと起こしてくれた。
 引き下げられた胸元は自分で直した。
 下着は……薄暗い中ではすぐに見つけられない。

「誰も……来ませんでしたね」
 少し気まずそうにフイイ様がつぶやいた。
「……いません」
 私の声は少し枯れていた。一度咳払いをする。
「……え?」
「待ち人なんて、いません。下見に来たのだと申し上げたでしょう」
 息は整ったものの、倦怠感がすごい。
 体がふらつくと、フイイ様が背中を支えてくれた。
 ベッドに並んで座っている不思議な状況だ。

「…………ほ、本当に、下見に、来た、だけ……?」
 初めてフイイ様が動揺した。
「ええ、実は噂の恋のキューピッドって、私なのです」
「え……えっ!?」
「次の依頼の部屋の下見に来ていたのです。そういえば私は何に躓いたのかしら」
「ええ……え? ああ、多分猫でしょう。この部屋、中庭から猫が入り込むと有名なんです」
「猫? なるほど、窓が開いていましたものね」
 ぽん、と手を打ち合わせて納得した。
「……落ち着いていますね、トスラン嬢……」
 フイイ様は力なくそう言うと、はあ、とため息を吐いて頭を抱えてしまった。
 
「落ち着いているのはフイイ様のおかげですわ」
「……私?」
「ええ、だって」
 理由を言いかけた時、フイイ様は突然私を制止して立ち上がり入口を見た。
 
「オードリー? そこにいるのか?」
「お父様?」
 入口の方から声がしてどきりとした。
 入口……ドア、開いてたのね……
 血の気が引きながらも立ち上がる。ふらつくとフイイ様がまた支えてくれた。

「こんな暗い部屋で何をしているんだ? ……ふたりで?」
 逆光で見えないが声とぽってりとした体形で父だと分かる。
「なんでもありませんわ。すぐカーテンを開けます」
「トスラン嬢、私が」
 このやりとりさっきもやったわね、と思いながら私の方が近いのでさっさとカーテンを開ける。
 カーテンを開け切ってしまうと、さっきまでの暗さが嘘のように眩しい。

「!? な、お、お、お、お前!」
「え?」
 動揺した父の声に振り向くと。
「あ」
 明るく照らされた部屋の中、ベッドから少し離れた所に私の下着が落ちていた。
「あら、投げ捨てたのですね、フイイ様」
「……………………なんで、そんなに落ち着いているのですか……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、おおおお前たち、そこに、そこにすすす座りなさい」
 
 頭を抱えて崩れ落ちるフイイ様と、動揺でブルブル震えている父。
 私が一番落ち着いていた。



 それからの展開はよくある話で、私とフイイ様は婚約した。
 初めは動揺していた父も、行き遅れていた私に相手が出来たと割り切って考えることにしたらしい。
 翌日にはフイイ様のご両親と会う約束が取り付けられ、一週間後には正式に婚約した。

 両家の顔合わせの会食が終わり、ふたりで庭を散策していると、フイイ様は優しく笑いながら私の手を握った。

「あの時は、ひどく動揺してしまい、恥ずかしい所を見られました」
「いいえ、父の動揺した姿の方が滑稽でしたわ」
 思い出すとちょっと笑ってしまう。

「あの時のあなたはとても落ち着いていました。私は……ひどいことをしたのに」
「確かに、突然で強引で驚きましたわ。初めてのことでしたし」
 うふふ、と笑うと「すみません……」とちょっと情けない声で謝られる。
「でも、結構早い段階で分かったので、強く抵抗しなかったのです」
「何が分かったのですか?」
「フイイ様が私を好きだと」
 はっきりとそう言うと、フイイ様は立ち止まって、驚いた顔で私を見た。
 勘違いされて強引に抱かれて……でも、私を欲している気持ちと傷つけたくない気持ちは伝わってきていた。

「そして私も、嫌ではなかったので流されてしまいました。あれはお互い様ですわ」
「……あなたは、本当に、いつでも落ち着いていらっしゃる。まいったな……」
 武闘大会で優勝する騎士なのに、眉毛を八の字にしていた。

「初めてお話した時も、そうおっしゃっていましたわね」
「覚えていましたか!」
「私、記憶力は良いんですのよ」

 初めてフイイ様と会話したのは夜会だ。
 ある子爵が若い令嬢を強引に庭へ連れ出そうとしていたのを止めたら、代わりに私が連れ出されそうになり、そこにフイイ様が現れて助けてくれたのだ。
 お礼を言った時、さっきと同じことを言われた。いつでも落ち着いている、と。

「では、それに対してあなたが私に言った事も覚えておいでですか?」
「ええと、確か……これでも慌てていますのよ、とか。ええと、それから」
「そう見えないだけで、とおっしゃっていました。確かに私が支えた背中は震えていて、どうしてもっと早く気付けなかったのかと後悔したほどです」
「それは、なんというか」
「同時に、あなたの様な方を私が・・守りたいと思ったのです」

 見上げると優しい笑顔で見下ろされ、私は顔が熱くなる。

 頬に手を当てられて、ゆっくりと近付いてくる顔に目を閉じる。
 次に抱かれる時はきっとすごく優しく、すごく幸せにしてもらえるだろう。
 そんな気持ちにさせる、満たされるキスだった。


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