タブー的幻想録

ももいろ珊瑚

文字の大きさ
上 下
85 / 99
第十六章 聖人は薔薇の耽美の中に

平らかな愛から外れた親の素性

しおりを挟む

 (我が子に売り飛ばすなどと、なんと恐ろしいことを云うのだ)

 私は顔を顰ずにいられなかった。

「でもその時の顔が苦しそうで、切実なのだ、求めて止まぬことが有って、切に乞うている、と思いました。それが私に有るから『離れるな』と云うのだ、出来る事ならば母に代わって私が満たしてあげよう、そう考えました。」

「そうですか。」

 私は幾分、胸を撫で下ろした。 彼女と父親の関係は歪ではあるにしろ〝 求め与え合う形 〟には為っているのだと思った。

 (そうだな親子とはそういうものだ、憎み合っても許す時が来るもののだ)

 それは私が至極、当たり前の様に日頃考えていることで、そこから外れる事などこの世には無いと思っていた。 だが直ぐにそれは、無知から湧いた愚信だと知る。

「あの人の強いる事は全て、受け入れました。ずっと影の様に従い、出来る限りの時間同行した。その様にする私に、あの人は母の姿を映して、優しくしてくれる。娘なのですから。それは当然の事であると思いました。」

 (どうしてだろう? 表情が益々固く為ってゆくようだ)

中嶋なかしま氏の貴方への優しさは偽りで無く、真実と思いますよ? 貴方の存在がお父様を支えているでしょう」

「あの人は、私が逃げない様に…………しました」

「ん? すみません。お声が小さくて聞こえませんでした。もう一度仰おっしゃって下さいますか、今何と?」

「私が逃げない様に傷をつけました」

「傷? どういう事です、暴力を受けたのですか! 何処かに酷い傷痕でも残して……」

 私は狼狽えた。 親が子を躾と称しに暴力を振るうことはよく耳にするのだ。

「いいえ、体にでは無くて。私が知らず知らずに罪を犯す様に仕組んだのです。決して他所へゆくことの出来ぬ様に」

 (いま聞かされた事を更に上回る“〝 心の傷 〟……これから先を聞いても良いのだろうか? 自分は果たして癒す事は出来るのか? 逆に私が聞くことで更に傷付けはさないだろうか? 自分のことも救えない者なのだ、私は)

 そう考えると恐ろしい。 しかし私はそれも含み決意して此処へ来たのだ。
 況や、友が奮いて明かしているではないか!



(主よ。踏み出す勇気を、お与え下さい。そして我らを許しお救い下さい)

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢を口説きたい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:143

僕の番が怖すぎる。〜旦那様は神様です!〜

msg
BL / 連載中 24h.ポイント:795pt お気に入り:385

箱入りの魔法使い

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,072pt お気に入り:11

新訳 零戦戦記 選ばれしセカイ

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:430

いずれ最強の錬金術師?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,363pt お気に入り:35,374

美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:809pt お気に入り:2,768

錬金術師の性奴隷 ──不老不死なのでハーレムを作って暇つぶしします──

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:411pt お気に入り:1,372

進芸の巨人は逆境に勝ちます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:1

処理中です...