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第十六章 聖人は薔薇の耽美の中に
平らかな愛から外れた親の素性
しおりを挟む(我が子に売り飛ばすなどと、なんと恐ろしいことを云うのだ)
私は顔を顰ずにいられなかった。
「でもその時の顔が苦しそうで、切実なのだ、求めて止まぬことが有って、切に乞うている、と思いました。それが私に有るから『離れるな』と云うのだ、出来る事ならば母に代わって私が満たしてあげよう、そう考えました。」
「そうですか。」
私は幾分、胸を撫で下ろした。 彼女と父親の関係は歪ではあるにしろ〝 求め与え合う形 〟には為っているのだと思った。
(そうだな親子とはそういうものだ、憎み合っても許す時が来るもののだ)
それは私が至極、当たり前の様に日頃考えていることで、そこから外れる事などこの世には無いと思っていた。 だが直ぐにそれは、無知から湧いた愚信だと知る。
「あの人の強いる事は全て、受け入れました。ずっと影の様に従い、出来る限りの時間同行した。その様にする私に、あの人は母の姿を映して、優しくしてくれる。娘なのですから。それは当然の事であると思いました。」
(どうしてだろう? 表情が益々固く為ってゆくようだ)
「中嶋氏の貴方への優しさは偽りで無く、真実と思いますよ? 貴方の存在がお父様を支えているでしょう」
「あの人は、私が逃げない様に…………しました」
「ん? すみません。お声が小さくて聞こえませんでした。もう一度仰おっしゃって下さいますか、今何と?」
「私が逃げない様に傷をつけました」
「傷? どういう事です、暴力を受けたのですか! 何処かに酷い傷痕でも残して……」
私は狼狽えた。 親が子を躾と称しに暴力を振るうことはよく耳にするのだ。
「いいえ、体にでは無くて。私が知らず知らずに罪を犯す様に仕組んだのです。決して他所へゆくことの出来ぬ様に」
(いま聞かされた事を更に上回る“〝 心の傷 〟……これから先を聞いても良いのだろうか? 自分は果たして癒す事は出来るのか? 逆に私が聞くことで更に傷付けはさないだろうか? 自分のことも救えない者なのだ、私は)
そう考えると恐ろしい。 しかし私はそれも含み決意して此処へ来たのだ。
況や、友が奮いて明かしているではないか!
(主よ。踏み出す勇気を、お与え下さい。そして我らを許しお救い下さい)
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