空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

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第7章

第89話 薬物輸送

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 薬液輸送隊は港の中央通りを進んでいた。この道は普段なら商人や漁師たちで賑わう港町の大動脈だったが、今は戦場と化している。両脇の家屋は戦火で半壊し、瓦礫と燃え残りが道を塞ぐ。

 煙が視界を曇らせ、足元には瓦片や血の跡が散らばっている。破壊された看板や倒れた荷車が道幅を狭め、輸送隊の進行を妨げていた。それでも衛兵たちは木箱を抱え、全力で前進を続けた。

 この木箱の中には、港町の運命を左右する貴重な薬液が入っている。一滴たりとも無駄にできない、希望そのものの結晶だった。

 しかし――敵もそれを見逃すはずがなかった。南橋側の残存部隊が裏路地から回り込み、輸送隊の進路に割り込もうとしている。盾と短剣で武装した軽装兵だ。重装備を捨てて機動性を重視した編成で、狭い道でも機動性を発揮できる。

 彼らの目的は明確だった。薬液の輸送を阻止し、港町の希望を断ち切ることだ。

「前方! 遮蔽物の影に敵!」

 護衛兵が叫ぶより早く、俺は急降下して翼で強風を叩きつけた。鷲としての機動性を最大限に活用し、敵の不意を突く。瓦礫と砂埃が竜巻のように舞い上がり、敵兵の顔を打った。

 突然の砂嵐に視界を奪われた敵兵たちの動きが鈍る。訓練された兵士でも、予想外の自然攻撃には対応しきれない。

 その隙にバルグが横から突進し、二人まとめて吹き飛ばした。巨体の衝撃に耐えられる者など、そうはいない。敵兵たちは石壁に激突し、戦闘不能となった。

「行け! 道は開いた!」

 バルグの怒号に押され、輸送隊は再び速度を上げた。一刻も早く薬液を前線に届け、負傷者の治療を開始しなければならない。



 一方、港口の防衛線も最後の踏ん張りを見せていた。装置船を失った敵は、残存兵力で港を奪おうと必死だ。これが最後の機会だと理解し、総力を挙げて攻撃を仕掛けている。

 弓兵が屋根の上から矢を放ち、接近戦では槍と剣が火花を散らす。金属と金属がぶつかり合う音が、戦場に響き渡っていた。

 だが、防衛隊員の士気は薬の完成を知って一気に上がっていた。絶望的だった状況に、ついに希望の光が差し込んだのだ。

「あと少しだ! あれが届けば勝てる!」

 その声が兵士たちの背中を押し、劣勢だった戦況が徐々に押し返されていく。疲労で弱っていた防衛隊員たちにも、新たな力が宿っていた。

 薬液の存在が、戦場の雰囲気を一変させたのだ。希望は人々に勇気を与え、絶望は敵に迷いを生じさせる。



 診療所では、薬の効果を確かめた患者の回復が始まっていた。最初に投与された漁師の呼吸が安定し、顔色が戻り、意識を取り戻した。その奇跡的な回復ぶりに、医療スタッフ全員が驚嘆している。

 続いて他の患者にも投与が行われ、次々と症状の改善が見られた。高熱が下がり、咳が止まり、苦痛の表情が和らいでいく。

 その光景は、スタッフ全員に新たな力を与えていた。長時間の看護で疲弊していた彼らの表情にも、生気が戻ってきた。

「全員で投与を急いで! まだ間に合う!」

 リィナの声は疲労の中にも力強さを宿し、診療所の空気を一変させた。薬師としての使命を果たした達成感と、まだ救えていない患者への責任感が、彼女を突き動かしている。

 患者の家族たちも、愛する人の回復を目の当たりにして涙を流していた。絶望の淵から希望への転換が、診療所全体を温かい雰囲気で包んでいる。



 港町中央――

 輸送隊はついに前線の手前に到達する。しかし、最後の関門として敵の精鋭五人が道を塞いでいた。汚染液を扱っていた部隊の生き残りらしく、装備も他の兵士とは一線を画している。

 盾の裏には小型散布器を隠し持っており、最後の抵抗手段として化学攻撃を準備していた。彼らの表情には、任務に対する強い執念が宿っている。

(あれを使わせたら、全てが水の泡だ…)

 俺は瞬時に状況を分析し、地上と空から同時に叩く作戦を立てた。タイミングを合わせた連携攻撃により、敵の化学兵器使用を阻止する計画だ。

 合図と同時に、バルグが正面突破を試み、俺は上空から盾の隙間へ石を落とす。狙いは的中し、散布器の一つが破損して無害な液体が漏れ出した。

 精密機器である散布器は、わずかな衝撃でも機能不全を起こす。俺の投石攻撃により、敵の最後の切り札が無力化された。

 混乱した敵兵を住民の志願兵が背後から襲い、ついに最後の障害が取り払われた。港町の住民たちも、この決定的瞬間に力を合わせてくれた。

「運べ! 急げ!」

 木箱が防衛線の中へ運び込まれ、前線の医療班が歓声を上げる。薬液の到着により、負傷した兵士たちの治療が即座に開始された。



 その瞬間――港全体に希望の空気が広がった。まるで霧が晴れるように、戦場の雰囲気が一変する。敵兵の動きが鈍り、防衛側の掛け声が一層大きくなる。

 薬が届いたことが、戦意そのものを変えたのだ。勝利への確信が、人々の心に宿り始めている。

 俺は上空から港町を見渡した。煙の向こうに、ようやく差し込む陽光が見える。雲間から漏れる光が、戦場を金色に染めていた。長かった防衛戦が、終わりへと向かい始めていた。

 敵船の残骸が海に浮かび、黒羽同盟の旗が海水に濡れて力なく垂れ下がっている。一方、港町の旗は風に翻り、不屈の意志を示していた。

(もう少しだ。ここで押し切る)

 俺は翼を大きく広げ、最後の反撃の号令をかけた。この声が合図となり、港町の人々が一斉に前へ踏み出す。

 防衛隊員、住民志願兵、医療スタッフ、そして回復した患者たち――全員が一つになって、黒羽同盟の残党を海へと押し戻す。

 この町に、本当の平和を取り戻すために。薬液の完成により希望を取り戻した港町の人々の力は、もはや何者にも止められない。

 俺は仲間たちと共に、最後の戦いに身を投じた。医者として、守護者として、そして港町の一員として、この美しい故郷を守り抜く決意を胸に。

 戦いの終わりが、ついに見えてきた。
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