空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

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第7章

第91話 戦後の朝と新たな使命

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 翌朝――港町は薄い朝霧に包まれていた。白い霧が海面から立ち昇り、町全体を幻想的なベールで覆っている。昨日までの戦場の匂いはまだ残っているが、潮の香りがそれを少しずつ押しのけていく。

 自然の浄化作用により、戦いの痕跡も徐々に薄れていく。夜通し作業を続けた住民たちが、疲れた顔でそれでも笑いながら朝食を取っていた。その表情には、困難を乗り越えた者だけが持つ充実感が宿っている。

 南橋の修復班は、早朝から瓦礫を運び出し、新しい板材を運び込んでいる。破壊された橋の再建は大工事だが、住民たちは率先して作業に参加していた。港口では、漁師たちが沈んだ船の引き上げ作業に取りかかっていた。

 彼らの動作は慣れたもので、海難事故への対応経験が活かされている。診療所では引き続き薬の投与が行われ、患者たちの容態は安定しつつある。

「本当に……昨日まであれほどの戦いをしていたとは思えないな」

 瓦礫の上からその光景を眺めながら、俺は独り言のように呟いた。人々の復興への意欲と生命力の強さに、改めて感動を覚える。戦争の傷跡は深いが、港町の精神は決して折れていない。

 子供たちも大人たちの作業を手伝い、明るい声が町中に響いている。この光景こそが、俺たちが守り抜いた価値の証明だった。



 診療所では、リィナが最後の重症患者に薬を投与し終え、深く息をついた。長時間にわたる治療作業により、彼女の疲労は極限に達していたが、使命を完遂した達成感が疲れを和らげている。

 机の上には空になった薬瓶がいくつも並んでいる。これらの瓶こそが、港町を救った希望の容器だった。だがその表情には疲労以上に安堵の色が濃かった。

「これで……ひとまず危機は去ったわね」

 彼女の言葉に、周囲のスタッフも静かに頷いた。医療チーム全員が、この困難な戦いを共に乗り越えた戦友のような絆で結ばれている。

 患者の家族たちは泣きながら礼を述べ、子どもたちは小さな手でリィナの白衣を掴んで離そうとしない。彼女への感謝の気持ちが、言葉を超えて伝わってくる。

 リィナも子供たちの頭を優しく撫で、温かい笑顔を浮かべていた。薬師として多くの命を救えた満足感が、彼女の心を満たしている。

 そんな穏やかな時間の中、港町の役人が慌てた様子で駆け込んできた。

「南の沖で、沈んだ敵船の残骸から奇妙な樽が引き上げられた!」

 その声に、場の空気が一瞬で張り詰める。平和な朝の雰囲気が、再び緊張感に包まれた。リィナの表情も即座に真剣なものに変わる。



 港の作業場では、濡れた布で覆われた木樽が整然と並べられていた。樽の数は十を超え、相当な量の物質が沈没船に積まれていたことが分かる。

 蓋には見慣れぬ刻印――黒羽同盟の紋章と、警告を示す毒の印が彫り込まれている。文字は古い様式で書かれており、この組織の歴史の古さを物語っていた。

 樽の外板は海水で膨れ、所々から液体が染み出していた。木材の腐食具合から、相当強力な化学物質が内部に収められていることが推測される。

 俺は近づき、樽の匂いを嗅いだ瞬間、全身が警戒を訴えた。鷲としての鋭敏な嗅覚が、この物質の危険性を即座に感知する。

(間違いない……汚染液の原料だ)

 この匂いは、影の港で嗅いだものと同じ成分を含んでいる。もしこれが港に流れ出していたら、昨日の勝利は意味を失っていたかもしれない。

 そして、これだけの量を運んでいたということは――黒羽同盟にはまだ、港町以外の標的があるということだ。この船は単独行動ではなく、より大きな作戦の一部だったのだろう。

 俺は特殊能力で樽の内容物を詳しく分析した。化学組成、毒性の程度、製造方法まで、全てが頭に流れ込んでくる。この情報は、今後の対策を立てる上で極めて重要だった。



 町の復興は始まったばかりだが、戦いは終わっていない。黒羽同盟がどこから補給を受け、なぜこの港を狙ったのか。背後には、まだ見ぬ大きな組織や計画が潜んでいる可能性が高い。

 今回の攻撃が失敗に終わったとしても、敵は必ず次の手を打ってくるはずだ。俺たちは常に警戒を怠らず、次の脅威に備える必要がある。

 俺は空を見上げた。東の空はすでに晴れ、朝日が海を黄金色に染めている。その光は希望を示しているようでありながら、同時に新しい戦いへの号令のようにも感じられた。

 美しい朝の光景の中に、次なる冒険への予感が漂っている。港町は救われたが、世界には同じ脅威にさらされている場所が他にもあるかもしれない。

(次は……こちらから動く番だ)

 港町を拠点に、俺たちは黒羽同盟の痕跡を追うことになる。受け身の防衛から、積極的な調査と対処への転換が必要だった。

 治療薬が完成し町は救われたが、これを必要とする町や村は、きっと他にもあるはずだ。医者として、そして港町の守護者として、俺には新たな使命が待っている。

 戦火をくぐり抜けた仲間たちが、再び集まってくる。リィナの薬学知識、バルグの戦闘力、そして俺の特殊能力を組み合わせれば、どんな困難にも立ち向かえるはずだ。

 港町の旗が風になびく中、新たな航海の準備が静かに始まっていた。この港から出発し、世界中の人々を脅威から守る旅路が、今まさに始まろうとしている。

 俺は仲間たちと共に、新たな冒険に向けて歩き出した。港町で培った絆と経験を武器に、より大きな敵に立ち向かう決意を胸に秘めて。

 朝日に照らされた海の向こうに、無限の可能性が広がっていた。
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