空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

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第7章

第93話 航海の遭遇と生物兵器

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 港町を離れて三日目――海は穏やかで、順調な航海が続いていた。深い青色の海面が無限に広がり、時折飛び跳ねる魚の群れが白い飛沫を上げている。朝日が水平線から昇るたびに、甲板は黄金色に染まり、潮の香りとともに新しい一日の始まりを告げる。

 船員たちも士気が高く、作業の合間には笑い声が響いていた。港町での激戦を生き抜いた者たちの間には、強い絆と信頼関係が生まれている。彼らの表情には、新たな冒険への期待と、仲間たちへの信頼が表れていた。

 海風は心地よく、帆を満たして船を順調に押し進めている。このまま行けば予定通り目的地に到着できるだろう。

 しかし、その穏やかさは長くは続かなかった。



 昼下がり、太陽が真上に来て海面がきらめく中、船首に立って海を監視していた水夫が、突然声を上げた。彼の表情には明らかな動揺の色が浮かんでいる。

「……前方、漂流物だ!」

 俺はすぐに飛び上がり、上空から確認した。鷲の優れた視力により、遠距離でも詳細な観察が可能だ。青い海に、黒く焦げた船の残骸が点々と浮かんでいる。

 その周囲を、カモメではない黒い鳥の群れが旋回していた。翼の形と動き――間違いない、あれは黒羽同盟の伝令鳥だ。彼らは通信手段として特殊に訓練された鳥類を使用しており、その存在は近くに同盟の活動があることを示している。

 残骸の一部には、まだ見慣れた黒羽の紋章が焼け残っている。しかし、奇妙なことに船体の損傷は外部からの攻撃跡ではなく、内側から爆発したような形跡を示していた。

 船板の破片の散らばり方、焼け跡の分布、そして金属部品の変形具合を分析すると、意図的な自爆であることは間違いない。

「……積み荷ごと、自沈させたのか?」

 俺の言葉に、バルグが腕を組んで唸る。戦闘経験豊富な彼にも、この光景は不気味に映っているようだ。

「証拠隠滅だな。中身を知られたくない何かを積んでたんだろう」

 バルグの分析は的確だった。これほど徹底した破壊は、極秘物資の運搬中に何らかのトラブルが発生した証拠だろう。

 漂流物の間を抜けると、焦げた木片の間から、半分溶けた金属の箱が見えた。リィナが箱を慎重に引き上げ、表面にこびりついた煤を拭う。薬師としての彼女の知識により、危険物質の取り扱いも安全に行える。

 そこには見覚えのある刻印――先日港町で見つけた毒物樽と同じ製造印があった。同じ工房で作られた容器であることが、この刻印から判明する。

「やっぱり……補給拠点は、この物資を中継してる」

 リィナの声は低く、そして鋭かった。薬学的知識により、この金属箱の用途と危険性を正確に把握している。

 俺は特殊能力で箱の残留成分を分析した。金属に染み付いた化学物質の痕跡から、内容物の種類と製造時期まで特定できる。



 しかし調査を続けようとしたその時、急に海面がざわめき始めた。それまで穏やかだった海が、突然不自然な動きを見せ始める。波が不自然に盛り上がり、泡立ち、白い筋を描きながら船の周囲を囲み始める。

 船員たちが緊張の声を上げる。長年海で働いてきた彼らでも、このような現象は初めての経験だった。

「潮の流れが急に変わったぞ!」

「いや……これ、自然じゃない!」

 水温も急激に下がり、海の色も深い青から不気味な黒へと変化している。何らかの巨大な存在が海中から接近していることは明らかだった。

 海中から黒い影が浮かび上がる――長い触手を持つ巨大な海生生物だ。その大きさは船体に匹敵し、海面に現れた部分だけでも圧倒的な存在感を放っている。

 その皮膚は甲殻のように硬く、所々に黒羽の金属製の装甲板が打ち込まれている。まるで、生き物と兵器を融合させたような異様な存在だった。

 自然の生物に人工的な改造を施した、まさに生体兵器と呼ぶべき存在だ。黒羽同盟の技術力の恐ろしさを改めて思い知らされる。

「……まさか、奴ら、生物兵器を海にも投入してるのか!」

 この発見により、敵の戦力がこれまでの想像を遥かに超えていることが判明した。陸上の戦力だけでなく、海洋での戦闘能力も保有しているのだ。

 触手が船縁を掴み、船体が軋む音を立てる。木材の軋みと金属の摩擦音が混じり合い、不気味な響きを生み出している。甲板の上では樽が転がり、船員が踏ん張ってロープを握り締める。

 バルグが斧を構え、俺は翼を広げて急降下態勢を取る。リィナは後方で毒の種類を見極めるべく、触手の表皮から採取した粘液を素早く検査していた。

 彼女の迅速な分析により、この生物の危険性を即座に把握できる。薬学知識が戦闘でも威力を発揮する瞬間だった。

「この粘液……港町で見つかった毒と同じ成分よ!」

「じゃあ、こいつを放てば海域ごと汚染できるってことか……!」

 そう理解した瞬間、俺たちはこの生物をここで仕留めなければならないと悟った。もし逃がしてしまえば、広範囲の海洋汚染が発生し、無数の海洋生物と沿岸住民が危険にさらされる。



 海と船上を舞台にした激しい戦闘が始まった。巨大な生物との戦いは、これまでの陸上戦とは全く異なる困難さがあった。

 触手を斬るたびに黒い液体が飛び散り、海面にじわりと広がる。その液体に触れた海水が変色し、魚類が逃げ惑っている。汚染の拡散を最小限に抑えるため、迅速な決着が必要だった。

 俺は空からその目を狙い、急降下して鉤爪を突き立てた。鷲の鋭い爪が生物の硬い外皮を貫き、内部組織にダメージを与える。

 バルグは渾身の力で甲板に巻きつく触手を引き剥がし、海へ投げ落とす。彼の怪力により、船体を破壊しかねない触手の攻撃を阻止できた。

 リィナは安全な位置から、生物の弱点となる部位を分析し、効果的な攻撃ポイントを指示している。薬学知識により、生物の生理機能の急所を特定できるのだ。

 数分後、巨体が海中へ沈むと同時に、海面が静けさを取り戻した。汚染液の拡散も止まり、海の色も徐々に元に戻っていく。

 船員たちは息を切らしながらも、生き延びたことに胸をなで下ろす。この戦闘により、チーム全体の結束がさらに強まったようだ。

「……やっぱり、敵はこっちの動きを察してるな」

 俺は沈みゆく影を見つめながら、補給拠点への道のりがさらに危険になったことを悟った。敵は既に俺たちの行動を予測し、対策を講じている可能性が高い。

 今回の遭遇は偶然ではなく、計画的な迎撃作戦だったのかもしれない。目的地に近づくにつれて、さらに強力な敵が待ち受けていることは間違いない。

 しかし、この戦いを通じて敵の新たな戦力と戦術を把握できたことは、貴重な情報収集となった。次の戦いに向けて、より効果的な対策を立てることができるだろう。

 俺たちの船は再び静かな海を進み始めた。しかし、水平線の向こうには、さらなる困難が待ち受けていることを、全員が理解していた。
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