空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

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第7章

第100話 最終攻撃

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 床の振動は一層激しくなり、氷の壁から粉雪のような破片が降り注いだ。施設全体が震動に包まれ、まるで巨大な地震が発生しているかのような状況だった。巨大な四足兵器が完全に姿を現すと、氷と金属が軋む重低音がホール全体に響き渡る。

 その全高はバルグの二倍以上、まさに移動要塞と呼ぶべき巨大さだった。背部の砲身は毒霧を溜め込み、わずかに開いた銃口から冷たい白煙が吐き出されている。その煙は単なる水蒸気ではなく、明らかに化学的な毒性を含んでいた。

 兵器の表面は氷と金属が複雑に組み合わされており、自然の冷却システムと人工的な装甲が一体化した恐ろしい造りになっている。

「……こいつ、撃てばこのホールごと毒の霧に包む気だな」

 俺の言葉に、リィナが険しい表情を見せた。薬学的知識により、この兵器の真の恐ろしさを正確に把握している。

「霧は高濃度の原液を霧化してる……数分で致死濃度になるわ!」

 薬学者としての彼女の分析により、この兵器の攻撃が実行されれば、密閉されたホール内の全員が短時間で死に至ることが判明した。

 つまり、兵器を止めるまでの猶予は数分。しかも首領は健在で、兵士たちもなお数で優位を保っている。絶望的な状況だが、諦めるわけにはいかない。



「鳥野郎は上からあの砲口を潰せ! 俺は首領を押さえる!」

 バルグが吼え、戦斧を構えて首領に突進する。彼の豪快な性格が、この絶体絶命の状況でも力強さを失っていない。氷床が割れるほどの踏み込みで斧を振り下ろすが、首領は剣を逆手に構えて受け止め、火花を散らす。

 首領の剣技は想像を超える高さで、バルグの全力攻撃を軽々と受け止めている。その技術は長年の修練により磨き上げられた、まさに達人の域に達していた。

 俺は一気に上昇し、兵器の背部へ回り込む。鷲の視力で装甲の隙間を探すと、砲身の根元にわずかな通風孔を見つけた。そこが過熱を逃がす弱点だ。

 精密な設計の兵器でも、冷却システムは必要不可欠で、そこが唯一の脆弱性となっている。

 急降下し、爪で通風孔をこじ開けようとするが――

 兵器のセンサーが反応し、背中の補助砲が自動で旋回して火花を放った。金属弾が羽毛をかすめ、冷気と痛みが走る。

 この兵器は対空攻撃能力も備えており、俺の飛行優位も完全には活かせない状況だった。

(……やっぱり正面突破は無理か)

 空中で姿勢を立て直し、兵器の死角へ回り込むタイミングを計る。センサーの追跡パターンを観察し、最適な攻撃角度を見つけ出す必要がある。



 一方、リィナは砲口に直接凝固剤を投げ込む作戦に出た。薬学知識により、毒霧システムの中枢を無力化する最も効果的な方法を選択している。

 だが周囲を黒羽兵に囲まれ、前進できない。兵士たちも彼女の意図を察し、阻止しようと包囲を狭めている。

 彼女は素早く腰の薬箱から青色の小瓶を取り出し、足元へ叩きつけた。瞬間、冷気が爆ぜて薄氷が床一面に広がり、兵士たちの動きを鈍らせる。

 薬学的知識を応用した即席の足止め作戦により、一時的に敵の動きを封じることに成功した。

「今よ!」

 俺の視界に、リィナが砲口へ向かって全力で走る姿が映った。医師としての使命感が、危険を顧みない勇気を与えている。



 その刹那、首領がバルグを弾き飛ばし、一直線にリィナへ迫る。首領の戦闘能力は予想を遥かに超えており、バルグの攻撃を軽々と捌いて次の行動に移っている。

「貴様らの小細工……ここで終わらせる!」

 首領の声には、絶対的な自信と殺意が込められている。この状況でも完全に余裕を保ち、俺たちの作戦を見透かしているかのようだった。

 バルグは血を吐きながらも立ち上がり、再び首領の前に立ちはだかる。

「終わらせるのは……こっちだッ!」

 傷を負いながらも、仲間を守るための強い意志が彼を突き動かしている。その豪腕に込められた力は、怒りと責任感により一層強化されていた。

 二人の武器が再び激突し、金属音と衝撃波が空間を揺らした。バルグの全力の攻撃が、リィナへの時間を稼ぐ。

 仲間を守るという共通の目標により、チーム全体の結束がさらに強まっている。



 俺はその間に兵器の頭部へ回り込み、翼で兵士たちの視界を遮りながら通風孔へ小瓶を押し込んだ。リィナから受け取った凝固剤を、兵器の冷却システムに直接投入する作戦だ。

 中で反応が始まり、白煙が黒く変色していく。薬学的反応により、毒霧の成分が分解されている証拠だ。

 リィナも砲口へ凝固剤を投げ込み、砲身内部から異音が響く。高圧蒸気が制御不能になり、砲身の継ぎ目から亀裂が走った。

 二箇所からの同時攻撃により、兵器の機能を完全に麻痺させることに成功した。

 直後、爆発的な破裂音と共に砲口が吹き飛び、兵器の背部が火花と煙に包まれる。巨大兵器が機能停止し、毒霧による全滅の危機は回避された。



 首領が短く舌打ちした。

「……やるな」

 だがその表情にはまだ余裕があった。兵器の破壊にも動じることなく、むしろ俺たちの実力を認めるような冷静さを保っている。

 武器を構え直し、氷床を蹴って一気に距離を詰めてくる。今度は俺とバルグ、二人同時に相手取るつもりらしい。

 首領の自信は、個人の戦闘能力への絶対的な信頼に基づいている。巨大兵器を失っても、自分一人で勝利できると確信しているのだ。

 ホールの天井では氷柱が振動で落下を始め、施設全体が崩れかけていた。兵器の爆発と戦闘の衝撃により、氷の構造体が限界に達している。

 時間はない――この場で首領を倒し、全員で脱出しなければならない。

(ここが……最後の一撃だ!)

 俺たちは互いに頷き、首領へ向けて同時に飛びかかった。これまでの戦いで培った連携と信頼を武器に、最強の敵に立ち向かう。

 バルグの豪腕、俺の飛行能力、そしてリィナの知識と勇気。三人の力を合わせれば、どんな強敵にも勝利できるはずだ。

 長い戦いの集大成となる、運命の一撃が今、放たれようとしていた。
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