不殺の暗殺者と呼ばれた男 ~スキル:タコは思っていた以上に高性能でした~

川原源明

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第5章 闇に蠢く者たち

第43話 平和な道中とタルハッシュ

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 翌朝、クローンラトの宿『ブランの鐘』の前で、カイトはリュシアと再び合流した。

「昨夜、少し町の記録や聴き込みを行ってみたが、十日前のこととあって詳しい話はあまり得られなかった。やはり記憶も曖昧だし、子供を失った家族は口を閉ざしているようだった」
「そうですか……」

 実際だれが何のために子供たちをさらったのか、謎が深まるばかりだった。

「俺のほうも、一つ報告がある。ノアのことだけど、海月亭に預けてきた。スタッフが面倒を見てくれるってさ」

 リュシアは短くうなずき、少しだけ表情を柔らかくした。

「……君が信頼している相手なら、私も異論はない。ノアの安全が確保できるなら、それでいい」
「今後も、ちょくちょく様子を見に行こうと思ってる」

 リュシアは腕を組んだまま、西の街道を見やった。

「では、今日から本格的に移動だ。次の目的地はタルハッシュ。そこから先は、いよいよラッベリーへ入る。四日はかかるが、道は整備されている。気を抜かずに進もう」
「了解」

 こうして、二人の新たな旅が始まった。

◇◇◇

 一日目は平穏そのものだった。春の陽気が道を照らし、木々の間からは小鳥のさえずりが響く。舗装された街道を進むうちに、心も少しずつ落ち着いてくる。

 途中、川沿いで昼食を取り、夕方には林の中に設けられた野営地に到着。人の手が入っているだけあって、焚き火用の石囲いや水場が整っていた。

 その夜は、焚き火を囲んで簡単な食事を取りながら、リュシアと静かに過ごす。交代で見張りをし、何事もなく朝を迎えた。

◇◇◇

 二日目は、小さな峠を越える山道が中心だった。

 昼過ぎ、野生の魔物──毛並みの荒い猪型の獣が数頭、道を塞ぐように現れる。

「来るぞ!」

 リュシアがすぐさま前に出て、魔力を凝縮。

「《束縛の鎖》!」

 鎖状の魔力が獣の足元から巻き上がり、三頭の動きを封じた。
 カイトは左右から回り込み、短剣とショートソードを巧みに使い分けて動きを削ぐ。
 一頭が暴れながら突っ込んできたが、カイトは滑るようにかわして喉元へ一閃。

「っし、仕留めた!」

 数分の戦闘で脅威は排除され、二人は峠の先で再び休憩を取った。

「あの猪、角も立派だったな。素材に使えそうだ」 
「……あとで解体するか」

 その日は山を下りた先の谷あいで一泊。冷える夜だったが、魔法の火と携帯用の簡易結界で、寒さも問題なく過ごせた。

◇◇◇

 三日目の午前中は、広大な牧草地帯を抜ける行程だった。
 風が強く、空には雲が多めだったが、幸い天気は崩れずに済んだ。
 午後になると、突然茂みから一体の巨大なトカゲ型の魔物が飛び出してくる。

「左、跳ぶぞ!」

 俺はリュシアに声をかけ、斜めに回避。

 リュシアの魔法が遅れて飛び、トカゲの尾を凍りつかせる。その隙に、カイトは滑り込むように接近し、喉元に刃を突き立てた。
 獣がのたうち、やがて地面に崩れ落ちる。

「動きは単調だったけど、サイズの割に俊敏だったな……」
「このあたりの野生種かもしれないな。食べられるかどうかは、後で調べよう」

 その日は早めに安全な平地を見つけて野営した。焚き火を囲む中で、二人は今後の予定を簡単に確認し合った。

◇◇◇

 四日目、旅の疲れはあるものの、大きな問題もなく順調に進む。
 昼過ぎ、遠くにタルハッシュの城壁が見えてきた。

町へと向かう道は整備されており、商人や旅人の姿も多くなってきた。

「ようやく、か」
「この先からは、辺境伯領に入る。ラッベリーへ向けての最後の山場だ」
「ああ……ここからが本番だな」

 四日間の移動は、二人にとって確かな経験と準備の時間となった。
 タルハッシュの門が、夕陽に赤く染まり始めていた。

 城門前には、入城の手続きを待つ人々が列を成していた。
 俺たちも列に並び、順番を待つ。門番にギルドカードを提示し、身分確認と共に、通行料として銀貨を一枚ずつ支払った。

「二名で銀貨二枚だ。……はい、通ってよし」

 門番は簡潔に言い、俺たちは城門を抜けてタルハッシュの町へと足を踏み入れた。
◇◇◇
 城門をくぐり、市街地に入ったとたん、旅の埃を感じさせる空気が変わった。  街道沿いの活気ある市場、道端で客引きをする宿の主人たち――その中に、やけに警戒心を漂わせた宿屋の老婆がいた。

「旅人さんかい? 泊まるなら、門限は厳守でね。最近、変な話をよく聞くんだよ……」

 老婆は周囲を見回し、声を潜めて続けた。

「ここ数か月、町に泊まった旅人が行方不明になるって話を、ちょいちょい聞くんだよ……、何人か戻ってこないのさ。どこかで野宿してるだけっ、魔物に襲われて言われりゃ、それまでだけどねぇ……さすがに数が多すぎるのさ」

 確かに、旅人や商人の数の割に、妙に空気がざわついていた。

「事件の届け出は?」 
「さあねぇ。宿から出ていったきりってだけじゃ、騎士団も動いてくれないのさ」

 俺とリュシアは顔を見合わせた。

 明確な証拠もない。ただの偶然かもしれない。 
 ――けれど、何かが、静かに起きている。

 そんな気配を、街の空気がわずかに伝えていた。


 

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