あなたが読むかぎり

川原源明

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第1章 Whispr ―語られすぎた物語―

第1話 存在しない駅

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「ねぇ、理久。これ、ちょっと見て。絶対に、ヤバいやつ。」

 放課後、帰り支度の音がちらほら聞こえる教室で、朝倉ひなたはスマホの画面を九条理久にぐいっと突き出した。

 理久は無言のまま、椅子の背にもたれて読書を続けている。ページをめくる音だけがやけに静かだ。

「ねぇってば!」

「うっせぇな……」

 理久が本を閉じた。表紙には『言語構造と思考の連鎖』とある。

 ひなたは思わず舌打ちした。こんな難しい本を読んでるくせに、どうして“おかしな投稿”には少しも興味を持たないんだろう。

「都市伝説じゃないよ! これ、ほんとにリアルタイムで投稿されてたの。実況形式で、"知らない駅"に降りちゃったって!」

「で?」

「……“くちばはら駅”って名前だったの。」

 その名前を聞いた瞬間、理久の眉がほんの少しだけ動いた。

 小さなリアクション。でも、ひなたは見逃さない。

「ほら、やっぱり知ってるでしょ! 消える駅、戻れないホーム、電車の音がしないやつ!」

「それがなんだ。どうせ釣りだろ。」

「じゃあ、なんで投稿が途中で消えてるの!?」

 そう言ってひなたはスマホを操作し、キャプチャを表示させた。

 投稿主の名前は“ユイ”。


________________________________________
16:47「今電車乗ってるんだけど、なんか駅名見たことない。怖」
16:51「“きさらぎ”って書いてあった。こんな駅、あったっけ」
16:57「車内アナウンスもないし、人いない。やば」
17:05「ドア開いた。降りてみる」
17:32「出口が見つからない」
17:33「ん? さっきまでいなかったのに、誰か──」


「ほらここ、『ん? さっきまでいなかったのに、誰か──』って……」

 理久は画面をのぞきこみ、指でスクロールした。

 一拍の沈黙。そして──

「……ここ、時間飛んでんな。」

「やっぱ変でしょ!? さっきまで五分おきだったのに、いきなり三十分空いててさ……」

 理久は画面を指先でスクロールしながら、無言のまま目を細めた。

 その目線が、どこか“計算している”ように見えて、ひなたの胸がわずかに高鳴る。

「うん。でも、これリアルタイムで投稿されてたやつで、もう消されてる。まとめサイトに上がってたけど、最初の投稿者はのはもう見れなくて……」

「お前、まさか本気で信じてんのか? こういうの、作り物ばっかだぞ。」

「でもさ、なんか変じゃない? 写真も一枚もなくて、文章だけでずっと続いてて、しかも最後……何かに気づいたみたいな感じで終わってる。」

 理久は黙ったまま、スクリーンショットをじっと見つめた。

 その目つきが、さっきまで読んでいた哲学本のときと同じ“分析モード”に変わるのを、ひなたは知っている。

「……位置情報は?」

「消されてる。でも投稿時間と位置情報は残ってるってまとめにあった。この辺──残響線の支線、来練駅の近くらしい。」

「ふぅん……」

 理久が息を吐くと、ひなたはすかさず畳みかける。

「ねぇ、行こうよ。現地! 絶対なにかあるって!」

「バカか。そんなもん、行ったところで何が──」

「お願い! 怖いとかじゃなくて、“気になる”の!」

「……うっせぇな。……まあ、暇つぶしにはなるか。」

 学校を出てから、ふたりは特に会話もなく並んで歩いていた。

 ひなたは理久の一歩後ろ、半歩ぶんの距離を取ってついていく。駅へ向かうこの道は、ふたりが中学のころから慣れ親しんだ通学路だが、今日はなんとなく空気が違って感じられた。

 日が沈みかけて、歩道の影がやけに長い。背後に人の気配でもあったら、きっと振り返らずにはいられなかったと思う。

「……で、なんでこんなところに駅があるんだっけ?」

 理久が不意に口を開いた。スマホを片手に、地図アプリを確認している。

「たしか昔、工場団地をつなぐ貨物線だったんだって。でも、十年くらい前に旅客化されて、名前だけ変えてそのまま残ってるらしい」

「“残響線”って名前も、ずいぶんと気取ってるな」

「いい名前じゃん、響きが」

「……皮肉だよ」

 ひなたはむっとしながら、それでも一歩先を歩く理久の背を見つめる。

 この人は、面倒くさそうな顔をしながら、いつだってこうして付き合ってくれる。ひなたが気になることを、笑わずに向き合ってくれる。昔からずっと、そうだった。

 そして、そのたびに彼は、真実を見つけてしまう。

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