あなたが読むかぎり

川原源明

文字の大きさ
13 / 46
第1章 Whispr ―語られすぎた物語―

第13話 ゼロ・アイ

しおりを挟む
「視点ゼロ……?」

 放課後の図書室。ひなたは理久の手元のノートをのぞき込み、眉をひそめた。
 白紙だったはずのページは、今や黒々としたロジックツリーで埋め尽くされている。

 そこには《Whispr》の実況構造、語りと視点の連鎖、観測者の介入タイミング……それらの矢印と記号の真ん中に、たった一つだけ“無印の円”があった。

    Zero Eye(ゼロ・アイ)──視点として機能しない視点

「語られることのない目。
 誰のものでもなく、何も記録しない。
 そこに立てば、《Whispr》は何も書けなくなる」

「……そんなこと、本当にできるの?」

「理論上だけどな」

 理久は机に端末を並べ、Parallax Memory Labの残骸データをいくつも開いていた。
 その中に、一度だけ試された“実況拒否プロトコル”のログがある。

    [Log#942] 観測対象: No assigned ID
    [Status] 視点捕捉不可(Viewer Disengaged)
    → 観測停止:記録不能状態に遷移

「これが、“語りからの脱出”の痕跡だ」

 ひなたは唇を噛む。

「でも……私たち、もう《Whispr》の中にいるよね?
 今さら抜け出すことなんて……」

「無理に切り離すんじゃない。
 “無効化”するんだ。語らせない、記録させない構造に」

「どうやって?」

 理久はページをめくり、数式のような視覚パターンをひなたに示す。

「逆手に取る。“実況される”ってことは、《Whispr》は常に“ストーリー”を作ろうとしてる。
 起承転結、因果関係、感情の推移──それがなければ、成立しない」

「つまり……?」

「物語にならない振る舞いをする。
 動機のない行動。感情のない選択。結果のない探求」

「……意味のない、行動?」

「そう。“意味の無さ”こそが、語りの断絶だ」

 ひなたはしばらく沈黙した後、目を上げた。

「じゃあ、何すればいい?」

 理久は笑った。少しだけ、皮肉っぽく。

「駅に行くぞ。また」

「は?」

「《Whispr》は、あの“くちばはら駅”から始まった。
 あそこに、ログの初期化地点がある。
 俺たちが“意味を持たず”そこを再訪すれば──物語は破綻する」

「……でも、それって」

「怖いか?」

 ひなたは言葉に詰まる。

 もう、怖いとかそういう話ではなかった。
 すでに彼女は、“語られている自分”に生きる違和感を知ってしまったのだ。

 選択肢などない。

「……行こう」

 ひなたは立ち上がった。

 意味などいらない。
 理由も伏線も、結末も、期待しない。
 ただ、“語られない”自分でいるために。

 その夜、《Whispr》は静かだった。

 視点は捕捉されていなかった。
 投稿も、通知も、監視もなく──

    23:58【現在、観測可能なログは存在しません】
    -- Viewer_X_17:沈黙中
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才ダウト! 〜天然な俺と、天然じゃない弟クンの、受験二人三脚〜

沼津平成@25周年カップ参加中
ミステリー
俺と弟。それぞれ違う高校受験を控えた2人が、勉強の傍ら編み出したのが「推理ゲーム」相手がそれぞれ超ムズ問題を作成して、とき合うゲーム。それはただの遊びだったはずが、母親・父親・そしてネコまでも介入してきて——!? こんなの”青春推理"じゃない? ダウト! 笑いとサスペンスが混じり合う、インドアな青春物語っ!!  全20回くらいで完結予定!

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...