あなたが読むかぎり

川原源明

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第1章 Whispr ―語られすぎた物語―

第15話 語られない存在

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 駅舎の奥。割れた窓の向こうから、
 コツ、コツと乾いた足音が近づいてくる。

 誰のものかはわからない。だが、それは明確に──
 **語られない存在が“こちらを認識している”**という証だった。

「……見られてる」

 ひなたが呟いた。声は震え、喉の奥から擦れたように出た。
 だが、その言葉にすら、《Whispr》は反応しない。

 通知は一切ない。
 投稿ログも、再起動も起こらない。

 この空間は、“語られていない”。
 実況の介入が止まり、記録も追従も拒絶している。
 だが──だからこそ、“語りを必要としない何か”が近づいてくる。

 理久が耳打ちする。

「覚えてるか。ユイの投稿、最後の一行」

「“さっきまでいなかったのに、誰か──”」

「その“誰か”が、《Whispr》の観測から外れて存在していたなら……
 つまり、“実況できない存在”だったなら──」

「私たちが今、ログの外に出たことで……接触可能になったってこと?」

 まるで──

 “観測される世界”に留まっていた間は、
 この存在と“重ならなかった”。

 実況が止まった今、次元が接続された。

 足音が止まる。
 入口に近いガラスの破片が、カシ、と鳴った。

 反射した影が──映っていない。

 そこには**“映るはずのない存在”**が、確かに立っていた。

 理久が、そっとポケットの中のスマホに触れた。
 再び電源を入れる。わずかな光が、バッテリー残量とともに点く。

 画面に、警告が浮かび上がる。

    [Whispr ALERT]:視点不一致。同期不能
    -- ログインエラー:対象の“存在確認”ができません

「こいつは、記録できない」

 語ることも、見せることも、書き留めることもできない。
 そうやって、今まで“語られる世界”の外で、ずっとこちらを見ていた。

 実況不可能。説明不能。
 だが、確かに“目の前にいる”。

 ひなたが声を振り絞った。

「……あなた、“ユイ”を……?」

 反応は、なかった。

 ただ、空気がひときわ冷たくなったような錯覚。
 視線の焦点がずれていく。
 頭がぼやける。距離感が消える。

 理久は、最後の切り札を取り出した。
 ノートの最終ページに記された図式、“視点ゼロ”の核。

    【語りの不成立領域において、観測不能体を“逆観測”する方法】

 それは、語られない存在に“語りかける”唯一の方法だった。

 理久は、音ではなく、“無音の行動”で応えた。
 目を閉じ、背を向け、歩き出す。

 一切の確認も、呼びかけも、記述可能な反応をすべて拒絶する動き。

 ひなたも、それに続く。
 まるで演出もなく、ナレーションもなく、“見せ場”にならない脱出。

 それが、“語りにならないこと”の強さだった。

 実況は戻らない。
 通知も、説明も、物語も、すべて拒絶されたまま──
 ふたりは、駅を後にした。

 くちばはら駅の影が、陽炎のように揺らいでいた。
 次にその場所を訪れた者が、
 物語を語るなら──また“誰かの目”に繋がるだろう。

 だが、今はまだ──

    [LOG STATUS: NO VIEWER ASSIGNED]
    -- 《Whispr》沈黙継続中
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