あなたが読むかぎり

川原源明

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第1章 Whispr ―語られすぎた物語―

第22話 語る者、語られる者

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「選ばれるぞ──どっちかが、語り手に」

 理久は画面を見つめたまま呟いた。
 @observer-000-yui のログ削除が完了したことで、《Whispr》は“空席”になった語り手の座を次に割り当てようとしていた。

    [Narrative Token Unlocked]
    候補:@Riku_Kujo / @NoOne001
    選定条件:語りの意思または観測の継続

「語りの意思……? 私が……なにか書いたら、選ばれちゃうの?」

「いや、もう書くとかじゃない。“見る”だけで十分なんだ」

 理久の口調は静かだったが、そこにはかすかな怒気が滲んでいた。
 この仕組みは、語り手の意志ではなく、“観測される欲望”によって動いている。

「読まれたい、残したい、語りたい──
 その欲望を嗅ぎ取って、《Whispr》は語りを生成する」

 つまり、「語りたい」と思った時点で、構造の餌になる。

「……私、ユイみたいにはなりたくない」

 ひなたが震える声で呟いた。

 でも、もう遅かった。
 通知が鳴る。両者の端末に同時に。

    [Narrator Assigned: @NoOne001]
    ― 語り形式:外部視点 →主観導入型
    ― 開始時刻:22:17
    ― 観測対象:@Riku_Kujo

「……理久?」

 ひなたが顔を上げた。
 だが、理久は既に無言で、《Whispr》の画面を閉じていた。

「もう、付き合ってらんねぇよ……」

 その声には、かつての“粗暴な理久”の片鱗があった。
 すべての構造を論理で割り切ってきた彼が、今、感情で動いていた。

「なあ、ひなた。……もし俺がいなくなったら、どうする?」

「……何、言って──」

「たとえば、“語られた理久”と、“本当の俺”が別人だったら……お前は、どっちを信じる?」

 言葉に詰まる。
 答えられない。
 画面の中では、@NoOne001 のログが、理久の一挙一動を“語り始めていた”。

    22:18「彼は立ち上がる。少女を見つめたまま、ゆっくりと――歩き出す」

「おい、やめて……勝手に、語らないで……っ!」

 ひなたが叫ぶ。
 でも、《Whispr》は止まらない。
 誰かが“読む”限り、それは進み続ける。

    22:18「彼は振り返る。最後に、ただ一言だけ残す」

「俺が、俺でいられるうちに──逃げとけ」

    「彼の声は、もう彼自身のものではなかった」
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