28 / 46
第2章 ウブカタバコ ―言葉にしてはいけない箱―
第28話 視線の主
しおりを挟む
その夜、ひなたは眠れなかった。
電気をつけたまま布団に入ったのに、まぶたを閉じるとスマホの画面が脳裏に焼きついてよみがえる。
> 「ひなた」
> 「そっちに行くね」
──あれは誰の声だったのか。誰が彼女の名前を知っていたのか。
それ以前に、なぜ“言葉”だけが、あれほど強烈に刺さるのか。
意味を持たないはずの短い文。それなのに、それはたしかに“見られている感覚”を伴っていた。
寝返りを打とうとしたとき、不意にスマホが震えた。通知ではない。
画面は黒いままなのに、振動だけが、一定の間隔で断続的に続く。
──震源が、端末の外にあるような、不自然な感覚だった。
思わず手に取ると、液晶がゆっくりと光を帯びて表示を切り替えた。
> 「記録はここから始まる」
文字だけ。送り主なし。
LINEでもSMSでもない、どのアプリにも属さない通知。
ひなたの手からスマホが滑り落ちた。
「……り、く……」
呟いたその声に反応するように、画面がもう一度、書き換わる。
> 「言ったね」
その瞬間、部屋の天井で“何か”が軋んだ。
家具でも、配管でもない。そう──「誰かの足音」のような、重量のある軋み。
目を背けたいのに、背けられない。
言葉にしたせいで、何かを“引き寄せてしまった”のだと直感する。
彼女は布団を跳ねのけ、スマホだけを掴んで部屋を飛び出した。
________________________________________
数十分後、理久の部屋。
扉を乱暴にノックしたひなたに、理久は呆れた表情を向けたまま、無言で中へ通す。
「お前……声に出したな」
「……うん、ごめん。でも、勝手に通知が……。私の名前、また出たの。しかも、“記録が始まる”って……」
理久は黙ってタブレットを操作し、仮想サンドボックス環境を立ち上げる。
ひなたのスマホから問題の通知データを抜き取り、再構築を試みる。
しばらくして、画面に“記録”という名のデータログが現れた。
「……これ、普通のログじゃないな。端末の内部記憶ではなく、“お前の発話履歴”から逆算されて生成されてる」
「え?」
「言葉にしたタイミング、声の波形、呼吸の間。すべてが記録の起点になってる。つまり、“声に出した瞬間から、データが形成される”呪いだ」
ひなたは無意識に口を押さえる。
「じゃあ……もう、何も言っちゃダメってこと……?」
「いや、そうじゃない。語ることが発火条件なら、逆に“語らずに語る方法”を探る価値はある。たとえば──記号、象徴、意味のズレ。俺の専門だ」
理久の表情は、はっきりとした確信に近い何かを宿していた。
しかし、ひなたは気づいていた。彼の指先がわずかに震えていたことに。
________________________________________
その晩、理久の部屋にもう一つ、通知が届いた。
> @Ubk_Box:「もう一人いるね」
電気をつけたまま布団に入ったのに、まぶたを閉じるとスマホの画面が脳裏に焼きついてよみがえる。
> 「ひなた」
> 「そっちに行くね」
──あれは誰の声だったのか。誰が彼女の名前を知っていたのか。
それ以前に、なぜ“言葉”だけが、あれほど強烈に刺さるのか。
意味を持たないはずの短い文。それなのに、それはたしかに“見られている感覚”を伴っていた。
寝返りを打とうとしたとき、不意にスマホが震えた。通知ではない。
画面は黒いままなのに、振動だけが、一定の間隔で断続的に続く。
──震源が、端末の外にあるような、不自然な感覚だった。
思わず手に取ると、液晶がゆっくりと光を帯びて表示を切り替えた。
> 「記録はここから始まる」
文字だけ。送り主なし。
LINEでもSMSでもない、どのアプリにも属さない通知。
ひなたの手からスマホが滑り落ちた。
「……り、く……」
呟いたその声に反応するように、画面がもう一度、書き換わる。
> 「言ったね」
その瞬間、部屋の天井で“何か”が軋んだ。
家具でも、配管でもない。そう──「誰かの足音」のような、重量のある軋み。
目を背けたいのに、背けられない。
言葉にしたせいで、何かを“引き寄せてしまった”のだと直感する。
彼女は布団を跳ねのけ、スマホだけを掴んで部屋を飛び出した。
________________________________________
数十分後、理久の部屋。
扉を乱暴にノックしたひなたに、理久は呆れた表情を向けたまま、無言で中へ通す。
「お前……声に出したな」
「……うん、ごめん。でも、勝手に通知が……。私の名前、また出たの。しかも、“記録が始まる”って……」
理久は黙ってタブレットを操作し、仮想サンドボックス環境を立ち上げる。
ひなたのスマホから問題の通知データを抜き取り、再構築を試みる。
しばらくして、画面に“記録”という名のデータログが現れた。
「……これ、普通のログじゃないな。端末の内部記憶ではなく、“お前の発話履歴”から逆算されて生成されてる」
「え?」
「言葉にしたタイミング、声の波形、呼吸の間。すべてが記録の起点になってる。つまり、“声に出した瞬間から、データが形成される”呪いだ」
ひなたは無意識に口を押さえる。
「じゃあ……もう、何も言っちゃダメってこと……?」
「いや、そうじゃない。語ることが発火条件なら、逆に“語らずに語る方法”を探る価値はある。たとえば──記号、象徴、意味のズレ。俺の専門だ」
理久の表情は、はっきりとした確信に近い何かを宿していた。
しかし、ひなたは気づいていた。彼の指先がわずかに震えていたことに。
________________________________________
その晩、理久の部屋にもう一つ、通知が届いた。
> @Ubk_Box:「もう一人いるね」
0
あなたにおすすめの小説
天才ダウト! 〜天然な俺と、天然じゃない弟クンの、受験二人三脚〜
沼津平成@25周年カップ参加中
ミステリー
俺と弟。それぞれ違う高校受験を控えた2人が、勉強の傍ら編み出したのが「推理ゲーム」相手がそれぞれ超ムズ問題を作成して、とき合うゲーム。それはただの遊びだったはずが、母親・父親・そしてネコまでも介入してきて——!? こんなの”青春推理"じゃない? ダウト! 笑いとサスペンスが混じり合う、インドアな青春物語っ!!
全20回くらいで完結予定!
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
奇異なる事象万お委せあれ:奇異探偵社
崎田毅駿
ミステリー
高校生の礼南は、巫女姿で探偵をするという珍しいバイトに精を出している。社長の大室がこの度引き受けてきた依頼は、なんと礼南の同級生で幼馴染みでもある御厨からのものだった。何でも、御厨がバイトをしているカラオケボックスの一室で、四人の男女が首を絞められ、うち三名が死亡、一名だけどうにか命を取り留めたという。その部屋を担当していた御厨に容疑が向きかねない状況だったため、近場の探偵社に依頼を出したところ、たまたま礼南のバイト先だったようだ。幼馴染みの前で、首尾よく解決となるか?
後の祭り
ねこまんまときみどりのことり
ライト文芸
母親を馬車の事故で亡くしたナズナは、馬車に乗っていた貴族の男性に、義理の娘として引き取られた。引き取られた先の子爵邸では、義母や義妹に傷付けられて泣いて過ごすこともあったが、懸命に生きていく。引き取られた裏には、別の理由もあったようで。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる