あなたが読むかぎり

川原源明

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第2章 ウブカタバコ ―言葉にしてはいけない箱―

第28話 視線の主

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 その夜、ひなたは眠れなかった。

 電気をつけたまま布団に入ったのに、まぶたを閉じるとスマホの画面が脳裏に焼きついてよみがえる。

> 「ひなた」
> 「そっちに行くね」
──あれは誰の声だったのか。誰が彼女の名前を知っていたのか。

 それ以前に、なぜ“言葉”だけが、あれほど強烈に刺さるのか。

 意味を持たないはずの短い文。それなのに、それはたしかに“見られている感覚”を伴っていた。

 寝返りを打とうとしたとき、不意にスマホが震えた。通知ではない。

 画面は黒いままなのに、振動だけが、一定の間隔で断続的に続く。

 ──震源が、端末の外にあるような、不自然な感覚だった。

 思わず手に取ると、液晶がゆっくりと光を帯びて表示を切り替えた。

> 「記録はここから始まる」

 文字だけ。送り主なし。

 LINEでもSMSでもない、どのアプリにも属さない通知。
 ひなたの手からスマホが滑り落ちた。

「……り、く……」

 呟いたその声に反応するように、画面がもう一度、書き換わる。

 > 「言ったね」

 その瞬間、部屋の天井で“何か”が軋んだ。
 家具でも、配管でもない。そう──「誰かの足音」のような、重量のある軋み。

 目を背けたいのに、背けられない。

 言葉にしたせいで、何かを“引き寄せてしまった”のだと直感する。

 彼女は布団を跳ねのけ、スマホだけを掴んで部屋を飛び出した。

________________________________________
 数十分後、理久の部屋。

 扉を乱暴にノックしたひなたに、理久は呆れた表情を向けたまま、無言で中へ通す。

「お前……声に出したな」

「……うん、ごめん。でも、勝手に通知が……。私の名前、また出たの。しかも、“記録が始まる”って……」

 理久は黙ってタブレットを操作し、仮想サンドボックス環境を立ち上げる。

 ひなたのスマホから問題の通知データを抜き取り、再構築を試みる。

 しばらくして、画面に“記録”という名のデータログが現れた。

「……これ、普通のログじゃないな。端末の内部記憶ではなく、“お前の発話履歴”から逆算されて生成されてる」

「え?」

「言葉にしたタイミング、声の波形、呼吸の間。すべてが記録の起点になってる。つまり、“声に出した瞬間から、データが形成される”呪いだ」

 ひなたは無意識に口を押さえる。

「じゃあ……もう、何も言っちゃダメってこと……?」

「いや、そうじゃない。語ることが発火条件なら、逆に“語らずに語る方法”を探る価値はある。たとえば──記号、象徴、意味のズレ。俺の専門だ」

 理久の表情は、はっきりとした確信に近い何かを宿していた。

 しかし、ひなたは気づいていた。彼の指先がわずかに震えていたことに。
________________________________________

 その晩、理久の部屋にもう一つ、通知が届いた。

> @Ubk_Box:「もう一人いるね」

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