44 / 46
第3章 トオミサマ ―視線の檻―
第47話 視線汚染
しおりを挟む
その昼休み、教室はざらついた空気に包まれていた。
ひなたが描いた絵と、理久の解析が示した通り──“視せられた”のだ。視線の主導権が、彼女に移ったのだった。
視線汚染──それは、意図されず“視られる構造”に組み込まれた者が、自分を媒介にして他者を“視せる”状態。
感染は記録ではなく、視覚そのものの揺らぎによって波及する。
ひなたは絵を握りしめ、呼吸が乱れていた。
あの影が写った瞬間、教室後方で椅子が倒れる音がした。誰かが気絶。声も出せず机につっぷしている。
理久は即座に指示した。
「廊下へ出ろ。全員、教室を出ろ。一歩たりともここには残るな」
彼の声は冷静だったが、その眼は怯えていた。そこには、“自分の視界がすでに別の誰かのものになった”恐ろしさが映っていた。
生徒たちがざわざわと廊下に出される。
ひなたはその最後尾にいた。友人や知らないクラスメイトも同様に、誰かの視線の端にいるように動揺していた。
理久は机に残したノートを拾い上げ、後ろで支えていた椅子を抱えた。
彼はひなたの肩に軽く触れ、込み上げる不安を抑えるように言った。
「──大丈夫だ、ここからだ」
そのとき、教室の黒板に貼られていたポスターの一枚が、風もないのにひらりと落ちた。
その裏に、長い影が映っている。しかも、視線ばかりか“距離そのもの”も変化していた。
ひなたは奥歯を噛みしめた。
この感染は、物理的な視線ではなく“距離感のズレ”から生じている。
自分が主導権を持つ視線=“見せる側”となったとき、視線の距離と時間軸が壊れる。
廊下に出た生徒たちは、互いに視線を合わせることすらためらっていた。
誰が視られていて、誰が視せられているのか、もはやわからない。
理久が声をかける。
「ひなた、校舎裏に行こう。古い空き教室が使えるはずだ」
ひなたは黙って頷いた。
階段を抜け、人気の途絶えた渡り廊下を渡り、錆びたドアを開けると、そこには埃っぽい空気とまとわりつく静寂があった。
机と椅子が無造作に置かれているだけの空間。でも、ここなら──視線の外を意図的に構築できる。
理久はノートを開き、指で白いページを指した。
「これが“視せる構造”のメモだ。見て書いた視線の配列、角度、時間軸を書き換える方法。それで、“視される脳内ループ”を破壊できるかもしれない」
ひなたはページを見つめた。びっしりと記号、矢印、注釈。すべてが“構造としての視線”を連鎖させない設計だった。
しかし──
その瞬間、空気がぴたりと止まり、ドアの向こうで足音が響いた。小さな踏み音。
ドアが、わずかに振動する。
理久が息を吐いた。
「来た──“視せられる存在”が近づいている。距離が割れている、ひなたの視界から構造が漏れてる」
怖さより先に、怒りが湧いた。
──誰かが、ひなたの視線構造を奪おうとしているのか。視線汚染は制御不能ではないはずだ。
理久は立ち上がり、ノートとペン、描いた絵、そして媒体(録画装置)をバッグに詰めた。
「移動するぞ。今度は“書く”場所だ。“視せられる脳”を圧倒するために、視線を言葉に変換する」
ひなたはうなずき、バッグを持った。
その瞬間──空き教室の窓に、長身の白影がじっと映った。
揺れる腕。そして、不気味に空いた“目のない顔”。
──そして想起されるのは、自分があの影の視角に取り込まれる予感だった。
彼ら(視せる者)の視線が、自動で誰かの内側に再構成され続ける「視線汚染」。
それでも、ひなたにはまだ“構造を変える言葉”がある。
“書くことによって視る構造を染め直す”──
次に向かうのは、誰かの脳を“視せられる構造から言語構造へ転換”するための場所。
理久とひなたは、静かに空き教室を離れた。
だが──彼女の身体には、影の視線がすでに組み込まれていた。
ひなたが描いた絵と、理久の解析が示した通り──“視せられた”のだ。視線の主導権が、彼女に移ったのだった。
視線汚染──それは、意図されず“視られる構造”に組み込まれた者が、自分を媒介にして他者を“視せる”状態。
感染は記録ではなく、視覚そのものの揺らぎによって波及する。
ひなたは絵を握りしめ、呼吸が乱れていた。
あの影が写った瞬間、教室後方で椅子が倒れる音がした。誰かが気絶。声も出せず机につっぷしている。
理久は即座に指示した。
「廊下へ出ろ。全員、教室を出ろ。一歩たりともここには残るな」
彼の声は冷静だったが、その眼は怯えていた。そこには、“自分の視界がすでに別の誰かのものになった”恐ろしさが映っていた。
生徒たちがざわざわと廊下に出される。
ひなたはその最後尾にいた。友人や知らないクラスメイトも同様に、誰かの視線の端にいるように動揺していた。
理久は机に残したノートを拾い上げ、後ろで支えていた椅子を抱えた。
彼はひなたの肩に軽く触れ、込み上げる不安を抑えるように言った。
「──大丈夫だ、ここからだ」
そのとき、教室の黒板に貼られていたポスターの一枚が、風もないのにひらりと落ちた。
その裏に、長い影が映っている。しかも、視線ばかりか“距離そのもの”も変化していた。
ひなたは奥歯を噛みしめた。
この感染は、物理的な視線ではなく“距離感のズレ”から生じている。
自分が主導権を持つ視線=“見せる側”となったとき、視線の距離と時間軸が壊れる。
廊下に出た生徒たちは、互いに視線を合わせることすらためらっていた。
誰が視られていて、誰が視せられているのか、もはやわからない。
理久が声をかける。
「ひなた、校舎裏に行こう。古い空き教室が使えるはずだ」
ひなたは黙って頷いた。
階段を抜け、人気の途絶えた渡り廊下を渡り、錆びたドアを開けると、そこには埃っぽい空気とまとわりつく静寂があった。
机と椅子が無造作に置かれているだけの空間。でも、ここなら──視線の外を意図的に構築できる。
理久はノートを開き、指で白いページを指した。
「これが“視せる構造”のメモだ。見て書いた視線の配列、角度、時間軸を書き換える方法。それで、“視される脳内ループ”を破壊できるかもしれない」
ひなたはページを見つめた。びっしりと記号、矢印、注釈。すべてが“構造としての視線”を連鎖させない設計だった。
しかし──
その瞬間、空気がぴたりと止まり、ドアの向こうで足音が響いた。小さな踏み音。
ドアが、わずかに振動する。
理久が息を吐いた。
「来た──“視せられる存在”が近づいている。距離が割れている、ひなたの視界から構造が漏れてる」
怖さより先に、怒りが湧いた。
──誰かが、ひなたの視線構造を奪おうとしているのか。視線汚染は制御不能ではないはずだ。
理久は立ち上がり、ノートとペン、描いた絵、そして媒体(録画装置)をバッグに詰めた。
「移動するぞ。今度は“書く”場所だ。“視せられる脳”を圧倒するために、視線を言葉に変換する」
ひなたはうなずき、バッグを持った。
その瞬間──空き教室の窓に、長身の白影がじっと映った。
揺れる腕。そして、不気味に空いた“目のない顔”。
──そして想起されるのは、自分があの影の視角に取り込まれる予感だった。
彼ら(視せる者)の視線が、自動で誰かの内側に再構成され続ける「視線汚染」。
それでも、ひなたにはまだ“構造を変える言葉”がある。
“書くことによって視る構造を染め直す”──
次に向かうのは、誰かの脳を“視せられる構造から言語構造へ転換”するための場所。
理久とひなたは、静かに空き教室を離れた。
だが──彼女の身体には、影の視線がすでに組み込まれていた。
0
あなたにおすすめの小説
天才ダウト! 〜天然な俺と、天然じゃない弟クンの、受験二人三脚〜
沼津平成@25周年カップ参加中
ミステリー
俺と弟。それぞれ違う高校受験を控えた2人が、勉強の傍ら編み出したのが「推理ゲーム」相手がそれぞれ超ムズ問題を作成して、とき合うゲーム。それはただの遊びだったはずが、母親・父親・そしてネコまでも介入してきて——!? こんなの”青春推理"じゃない? ダウト! 笑いとサスペンスが混じり合う、インドアな青春物語っ!!
全20回くらいで完結予定!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる