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 流し台に向き合っているノアは、現在ヴィクトールに背中を向けている状態にあった。そのせいで、彼女の腰から生える細いしっぽがよく見える。

 ノアのスカートの裾をわずかに持ち上げて伸びるしっぽは、その先端をゆるやかに右へ左へと揺らしていた。

 なんだか、妙に誘われる動きだった。まるで一種の催眠のごとく、それはヴィクトールの視線を捕まえて離さない。

 しっぽが右へと揺れるたびにヴィクトールの視線も右へ。左に揺れれば今度は左へと、自分でも不思議に感じるほどに、両の瞳はまるで母についてまわる幼子のごとく、その細い獣のしっぽを追う。

 とうとう我慢が出来なくなって、ヴィクトールは手を伸ばした。そうして、目の前で揺れるしっぽを――チカラの加減に気を付けながら――しっかりと掴む。

 と、突然のことに驚いたのだろう。ノアが飛び上がらんばかりに反応した。

「ひゃあっ!」

 勢いよく振り返った彼女の顔は赤い。当人の驚きに連動して、しっぽが雷にでも打たれたふうに瞬間的に硬直した。柔らかなそれが、突然、鉄の棒にでもなったようだった。

「あっ、あっ、あの、ヴィクトールさん、なにを……」
「なにをもなにも、しっぽを掴んどるだけだが」
「それは、そうなんですが、その……」

 手の中にある細いしっぽは、ふわふわとして気持ちがよい。

 その心地よさをさらに楽しもうと、ヴィクトールはしっぽを優しく握ったまま、手を動かして軽くしごいた。

 その刹那。ノアが肩がぴくんと跳ねる。
 彼女は弱々しく眉尻をさげ、目許を薄紅色に染めていた。

 それを見て察したヴィクトールが再びしっぽを優しく擦ると、やはりノアはまたしても同じふうに反応し、小さく声を漏らした。

「あっ……」

 唇から零れた声に驚いていたのは、他ならぬノア本人である。
 彼女はハッとして、手で自らのくちを塞いだ。ヴィクトールは、自然と弧線を描いていく己の唇を止めることが出来ない。

「……どうした」

 白々しい、と思いながらも、そう尋ねる。
 ノアはヴィクトールと視線を合わせないまま、どこか戸惑う様子で目を泳がせた。

「い、いえ……なにも、ないです……」
「そうか」

 短く返して、またしっぽを優しくしごいてやる。ノアは再度、華奢な体を震わせて反応した。

「あの……ヴィクトールさん……」

 惑い、伏せられたまぶたの先で、存外に長いまつげが微かに揺れている。
 そんな相手を眺めながら、ヴィクトールは素知らぬ素振りで「なんだ」と返答した。

「そ、それ……」
「なんともないのだろう? なら、気にすることはない。儂のただの暇潰しだ」

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