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最終話
しおりを挟む「……なにが言いたい」
話の流れが読めずにそう問えば、ナツネはあっけらかんとして答えた。
「環境の変化のおかげかなーって」
ヴィクトールは瞠目する。次いで相手を睨んだものの、それはナツネの軽い笑みに受け流されてしまった。
これ以上は彼に噛みついても無駄だと判断し、ヴィクトールはナツネから目線を外す。
「……くだらん」
「そうかい」
「ああ」
短く返し、ヴィクトールは再び歩き出した。すると、魔術師が依然として軽い調子で背中に声をかけてくる。
「あ、そうそう。昨日のお詫びによ、クッキー持ってきたんだ。よかったら持って帰ってくれよ」
さすがに呆れて、ヴィクトールは振り返った。
「……お前、昨日の今日でそんなことを言われて、素直に持ち帰ると思うか?」
「城に来る前に街で買ったもんだから、俺いっさい手ぇつけてないぜ。ほんとは俺が焼いてもよかったんだけど、そうしたら絶対食ってくれねぇと思って」
「当たり前だ」
ノアならともかく、ヴィクトールはそこまで迂闊ではない。なにより、自分達のためにナツネがいそいそとクッキーを焼いている様を想像すると、普通に薄気味が悪かった。
ナツネは胸を張り、何故か誇らしげに続ける。
「だから、店で買ったやつをそのまま持ってきた。正真正銘、なんの変哲もないクッキーだ!」
ローブから小さな缶を取り出すと、魔術師はそれを堂々と差し出してきた。
素直に受け取るのも癪だったので黙っていると、ナツネは缶をヴィクトールの胸にぐいぐいと押しつけてくる。
仕方なく、不本意であったが――たいへん不本意であったが、ヴィクトールは缶を受け取った。
缶を受け取ったヴィクトールを見るやいなや、またナツネは意味深に笑って言う。
「ほら、そういうとこ」
「なにがだ」
「なーんも」
杖を肩にかつぎ、彼は小走りで廊下を駆けていく。
それを見送ってから、ヴィクトールはため息を零した。改めて受け取った缶を確認するが、それは確かに普通の焼き菓子が入った缶に見える。
――もっとも、彼ほどの魔術師ともなれば、ヴィクトールに感付かれないよう魔術を施すことも可能ではあるが。
しかし、今回はナツネを信じて持ち帰ることとする。
ヴィクトールは、瞼の裏にノアの姿を思いうかべた。あの少女は、はたして焼き菓子を好むだろうか。もし好むのであれば、今後はたまに菓子を買って帰るのも悪くはないのかもしれない。
甘いものを購入する自分など、あまりに自分らしくなくて笑ってしまいそうになるけれども。
それでも、彼女が喜ぶのであれば、それも悪くはないのかもしれない。
そんなことを考えて、窓から空を見上げた。
――あの少女は今頃、なにをしているだろうか。
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わっ、わっ!続編あったんだ!
ケモ耳いいですよね!おじ様犬耳?撫でていいですか…❀.(*´▽`*)❀.
犬耳です(๑・̑◡・̑๑)
おじ様は人見知り激しいので、めちゃくちゃ睨まれる可能性があります。なので、極力刺激しないように、気を付けて触ってください。
怒らせると、たぶん噛まれますʕ•ᴥ•ʔ
こんばんは、
お疲れ様でーす(^^)(^^)
めっちゃ良かったです。
なかなか、おじさんの目覚め?的な
笑!
うん!うん!良かった(*´∀`*)
また、読みたいです。
本当にお疲れ様でした。
ありがとうございます〜!・:*+.\(( °ω° ))/.:+
ヴィクトールさんは孤独と鍛錬を愛するひとなので、おそらくあまり恋愛感情には慣れていないのです…。
そのくせ大人だから複雑な感情も併せ持っているという、微妙に厄介なひとです。
あと、自分の感情に対する自覚も薄そうです。
誰かがハッキリと言ってやらないといけないタイプというか…。
な、なんて面倒な男なんだ…乃亜ちゃん頑張るんだ…!\\\\٩( 'ω' )و ////
ふわふわした猫耳、揺れるしっぽ憎からず想う女性と二人きり。何という最高なシチュエーション。 言葉責めからわざと翻弄するとか、おじさまは意地悪ですよね? でも天然でウブな女の子は、手加減してあげて下さい。
でも作者さまの思うまま書いて下さると嬉しいです。
🐥本当は、かっこいい戦闘シーンもじれじれな恋愛もR18も大好きなのですよ!😁
ありがとうございます〜!!╰(*´︶`*)╯♡
いや、もう本当に好きなものしか書けない人間なんで、思うままに書くことに関しては任せてください(笑)
一応ファンタジーな世界観で猫耳エッチって…いいのか…? 大丈夫なのか…?という気持ちも少しはあったんですけど…書きたかったから…書いちゃいました…へへ…(΄◉◞౪◟◉`)