【R18】黒スーツの強面おっさん天使を召喚してしまいまして

２

　振り返れば、母が驚いた顔で佐緒里の手の中のコンパクトミラーを見ている。佐緒里は尋ねた。

「お母さん、これなんだっけ？　オモチャじゃないよね」
「覚えてない？　まぁ、無理もないか。それね、お祖母ちゃんがあんたにくれた鏡よ」

「……お祖母ちゃんが？」

　佐緒里の祖母は、数年前に亡くなっている。つまり、このコンパクトミラーは祖母の形見なのだ。どうりで大人っぽいデザインをしているわけである。

　母がなつかしそうに、鏡を見つめた。

「ずーっと探してたのよ。どこに行ったのかなー、絶対に捨てるわけはないんだけどなーって。……そっか、ここにあったんだ」

　慈しむような笑みをうかべながら、母は安堵した声調で述べる。

「ちゃんと整理しとかないとね」
「わかってるわよ～」

　佐緒里の指摘に、母が唇を尖らせた。佐緒里もひとのことは言えないのだけれど、とにかく母は片付けが得意ではないのである。今日、佐緒里が実家の片付けを手伝いにきたのは、それが理由でもあった。

「これ、キッチンのテーブルに置いとくね。こんどこそ、なくさないようにしないと」
「そうね。いつまで経っても整理整頓が出来ない女だって、天国のお祖母ちゃんに笑われちゃうわ」

　言葉を交わしてから佐緒里はキッチンへと移動し、祖母のコンパクトミラーをテーブルに置いた。アンティークな色合いをしているそれが、窓から射し込む陽光を受けて雰囲気たっぷりに存在感を主張している。

　よくこんな鏡を幼い子供に譲ってくれたものだと、改めて思った。きっと安いものではないだろう。もしかすると、祖母がずっと使っていた愛着のある品だったのかもしれない。

　祖母はすでに亡くなっているため答えを訊くことは出来ないけれど、それでもこのコンパクトミラーから感じ取れるのは、孫である佐緒里を想う祖母の優しさであった。



***



　佐緒里の実家と、佐緒里がひとり暮らしをしているマンションはそう遠くはない。故に、佐緒里は実家で夕飯を食べたあと、そのまま自宅に戻ってきた。「泊まっていけばいいのに」と母に言われたものの、佐緒里は大学生なので学業もある。

「さて、お風呂入るか～」

　言いながらリビングにバッグを置き、そこからスマホを取り出そうとして――気が付いた。

「……あれ？」

　首を傾げながら、鞄に入っていたそれを手に取る。
　そこにあったのは、実家のテーブルに置いてきたはずの祖母のコンパクトミラーだった。

「……なんでこんなとこに……？」

　ぐうぜん入ったにしては、バッグの奥まったところにあった。もしも母が入れたなら、なにか一言あっただろう。もちろん、佐緒里は入れていない。