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しおりを挟む森に入ったふたりは、しばらく黙って歩き続けた。
周囲の自然に、乃亜は改めて視線を巡らせる。
人間の手が加わっていない森は、自然本来の瑞々しさと迫力に満ちていた。
きっと無駄なものなど、この森にはひとつもなく、様々な生き物達が互いの歯車を噛み合わせるふうにして、生きているのだろう。
そんなことを考えながら歩いていたものだから、少し前を歩いていたヴィクトールが立ち止まったことに、乃亜は気付かなかった。
彼の背にぶつかった乃亜は「いてっ」と小さく声を零す。と、ヴィクトールが小声で「しっ」と、乃亜に制止を指示した。
「……どうしたんです?」
声量を落として、乃亜は尋ねる。
彼は正面から目線を逸らさないまま、顎で視線の先を示した。
見ると、木々の向こうにいたのは――象ほどの大きさもある、巨大な狼である。
最初、なにかの見間違いではなかろうかと思った乃亜は、自身の目を軽くこすった。
だが、目をこすって見ても、眉間を押さえてから見ても、目に映るものに変化はない。
間違いなく、巨大な狼がそこに存在していた。
乃亜は唖然とくちを開けながら、過去に見たアニメーションの映画を思い起こす。
その映画では大きな白い山犬が活躍し、自然界と人間界が争い、そうして少しずつ歩み寄っていっていた。何度観ても面白い、名作である。
あの作品を観ると、大きなふわふわの犬に憧れるものだが、しかし実際に見る巨大なイヌ科は、こんな言い方をするのも失礼かもしれないが――怪物以外のなにものでもなかった。
「……獲物を探しとるようだな」
隠れて山犬(仮)の様子を窺いながら、ヴィクトールは言う。
「み、見つかったらまずいんじゃ……」
「襲われるだろうな」
彼は淡々と返した。冷静である。まさか、こんなことが日常茶飯事だとでもいうのだろうか。もしそうであれば、この世界はいったいどうなっているのか。
乃亜の耳に顔を近付けた彼が、小声で囁いた。
「ここから動くなよ」
「え……?」
「ちと追い払ってくる」
野良猫を追い払うような軽さで、ヴィクトールはそうくちにする。
さすがの乃亜も呆気にとられて、相手を見返した。
「あ、あれをですか……? 無茶ですよ。だって、あんなに大きくて……」
「ドラゴンに比べたら可愛いものよ。火も吐かんしな」
普段、いったいどんな仕事をしているのか。
そして、それを基準にすれば世の中にあるだいたいのものが「可愛いもの」にカテゴライズされてしまう気がしないでもなかった。
乃亜から離れたヴィクトールは、いつもと変わらぬ足取りで山犬に近付く。と、彼に気付いた相手が鼻にしわを寄せてうなり始めた。ヴィクトールを敵と判断したのだ。
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