【R18】異世界転移したら老紳士のお世話になることになりまして

チーズたると

文字の大きさ
26 / 67

しおりを挟む


「近くに、こんな大きな谷があったんですね。……あれ? 橋とかないんですか?」

「以前はあったが、落ちてしまってな。今では、もう少し川をくだらんと橋はない」

「落ちた……」

 改めて谷の深さを意識した乃亜は、恐ろしくなった。
 そうして、深さから疑問を覚える。

「ここの水が、雨季になると増えるんですか? 見たところ、けっこう大きな谷だから、ちょっとくらい水が増えても……」

「多少の雨ならば問題ない。が、数年に一度ほどの割合でくる豪雨が馬鹿に出来ん。この谷はもともと、ここまで大きな谷ではなかった。だが、度重なる豪雨によって増水し、川の流れが増し、それによって崖が削られて、ここまでの大きさになった」

「……油断は禁物ってこと、ですか?」
「そういうことだ」

 ヴィクトールの言葉に、乃亜は意識を改めた。

 ただでさえ、乃亜は今、日本の常識――いや、地球の常識が通用しない世界にいる。そこで油断をすることは、そのまま危険に直結するのだろう。

 ヴィクトールが、自宅の方向とは逆方向にある森を指さした。

「次はあっちの森だ。ここから先は、極力さわぐことを控えろ」

「どうしてですか?」

「モンスター達の縄張りに近付くからだ。敵と判断されれば、襲われるぞ」

 ひぇ……と、乃亜は身を縮める。
 彼は真剣な面持ちで続けた。

「注意すべき境界線を教えておく。儂と一緒ならともかく、ひとりのときは絶対にそれ以上先には進むな。普通の人間であれば、まず生きて帰れんと思え」

 とんでもない台詞である。そんな言葉、乃亜はゲームや映画でしか聞いたことがない。

 唖然としつつ、乃亜は訊いた。訊かずにはいられなかった。

「……ヴィクトールさん、なんでこんなおっかないところに住んでるんですか……」

 彼は軽い語調で答える。

「なに、慣れれば自然豊かな良い森よ。儂以外の人間も少なく、静かだしな」

 脳筋な人間嫌いといった感じだろうか。なかなかに複雑だ。

 そのとき、いつの間に近付いてきていたのか、すぐ側の木の陰から二頭の狼が顔を覗かせる。

 驚きと恐怖を覚えた乃亜は、反射的にヴィクトールの後ろに隠れた。

 狼はうなりながら、一歩一歩ゆっくりと接近してくる。縄張りを荒らす敵と判断されたのかもしれない。

「ヴィ、ヴィクトールさん……」

 すると、不意に彼が目付きを鋭くし、狼達を鋭利に睨みつける。その眼差しは、視線を向けられていない乃亜でさえも、思わず息をつまらせるほどだった。

 直後、あんなにも敵対心を持って対峙していた狼が、突然おびえた様子で子犬のように鳴き、走り去っていく。

 ――あっという間の出来事であった。

「さて、行くか」

 何事もなかったように、ヴィクトールは言う。

 この瞬間、乃亜は理解した。

 これほどの実力がなければ、この森で生き抜くことは不可能なのだということを。

 そして、森に住む人間がそもそも少ない、その理由を――。

しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

処理中です...