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しおりを挟む「近くに、こんな大きな谷があったんですね。……あれ? 橋とかないんですか?」
「以前はあったが、落ちてしまってな。今では、もう少し川をくだらんと橋はない」
「落ちた……」
改めて谷の深さを意識した乃亜は、恐ろしくなった。
そうして、深さから疑問を覚える。
「ここの水が、雨季になると増えるんですか? 見たところ、けっこう大きな谷だから、ちょっとくらい水が増えても……」
「多少の雨ならば問題ない。が、数年に一度ほどの割合でくる豪雨が馬鹿に出来ん。この谷はもともと、ここまで大きな谷ではなかった。だが、度重なる豪雨によって増水し、川の流れが増し、それによって崖が削られて、ここまでの大きさになった」
「……油断は禁物ってこと、ですか?」
「そういうことだ」
ヴィクトールの言葉に、乃亜は意識を改めた。
ただでさえ、乃亜は今、日本の常識――いや、地球の常識が通用しない世界にいる。そこで油断をすることは、そのまま危険に直結するのだろう。
ヴィクトールが、自宅の方向とは逆方向にある森を指さした。
「次はあっちの森だ。ここから先は、極力さわぐことを控えろ」
「どうしてですか?」
「モンスター達の縄張りに近付くからだ。敵と判断されれば、襲われるぞ」
ひぇ……と、乃亜は身を縮める。
彼は真剣な面持ちで続けた。
「注意すべき境界線を教えておく。儂と一緒ならともかく、ひとりのときは絶対にそれ以上先には進むな。普通の人間であれば、まず生きて帰れんと思え」
とんでもない台詞である。そんな言葉、乃亜はゲームや映画でしか聞いたことがない。
唖然としつつ、乃亜は訊いた。訊かずにはいられなかった。
「……ヴィクトールさん、なんでこんなおっかないところに住んでるんですか……」
彼は軽い語調で答える。
「なに、慣れれば自然豊かな良い森よ。儂以外の人間も少なく、静かだしな」
脳筋な人間嫌いといった感じだろうか。なかなかに複雑だ。
そのとき、いつの間に近付いてきていたのか、すぐ側の木の陰から二頭の狼が顔を覗かせる。
驚きと恐怖を覚えた乃亜は、反射的にヴィクトールの後ろに隠れた。
狼はうなりながら、一歩一歩ゆっくりと接近してくる。縄張りを荒らす敵と判断されたのかもしれない。
「ヴィ、ヴィクトールさん……」
すると、不意に彼が目付きを鋭くし、狼達を鋭利に睨みつける。その眼差しは、視線を向けられていない乃亜でさえも、思わず息をつまらせるほどだった。
直後、あんなにも敵対心を持って対峙していた狼が、突然おびえた様子で子犬のように鳴き、走り去っていく。
――あっという間の出来事であった。
「さて、行くか」
何事もなかったように、ヴィクトールは言う。
この瞬間、乃亜は理解した。
これほどの実力がなければ、この森で生き抜くことは不可能なのだということを。
そして、森に住む人間がそもそも少ない、その理由を――。
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