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しおりを挟む翌朝は、雲ひとつない青空が鮮やかに広がった。
久しぶりに外に出た乃亜は、両腕を空に伸ばして、深く呼吸をする。
屋内では吸えない新鮮な空気が、体内を洗っていくようだった。
ここが森の中であり、ヴィクトールの自宅の他には建物がない環境も無関係ではないのだろう。とにかく、開放的な気分になる。
心も体も、のびのびとして気持ちがよかった。
昼食用に簡単な食料も持参しているため、ちょっとしたピクニック気分でもある。もっとも、野獣やモンスター溢れる超絶危険な森ではあるが。
「まずは、近くにある谷へ案内しておこう」
「谷……ですか?」
ああ、とヴィクトールは頷く。
「雨季に入ると、増水して危険な場所になる。間違っても近付かんよう、教えとかんとな」
「はーい」
彼のあとを追って、乃亜はしばらく歩いた。
すると、乃亜はあることに気が付く。
ヴィクトールの身長は、乃亜が見る限りでは百八十センチ前後はあるふうに見えた。つまり、背が高いぶん足も長いのだ。
乃亜の身長は百六十に届かない。それだけ、彼とコンパスに差があることになる。
にもかかわらず、乃亜はヴィクトールについて歩くのに、それほどの苦労を感じない。こんなにも身長や足の長さに差があるのに、だ。
加えて、彼がゆっくりと歩くタイプでないのもなんとなくわかる。
それらを考慮すると、ヴィクトールが乃亜のために敢えて歩く速度を落としていることが察せられた。
乃亜の唇に、自然と微笑がうかぶ。普段の言動は素っ気ないくせに、こういう気遣いはしてくれるのだ。なにも言わないまま。
歩く道だって、きっと乃亜が歩きやすい道を選んでくれているのだろう。
乃亜が小さく笑うと、やや先を歩くヴィクトールが怪訝に振り返った。
「……なんだ」
「なんでもないです」
「お前の世界には、歩きながら笑う変な人間が大勢いるのか?」
「し、失礼なこと言わないでください!」
乃亜は反論したが、彼は真顔で何度か瞬きを繰り返すと「……そうなのか」と言って、また顔を正面に戻した。
もしや、今のは嫌味でもなんでもなく、本気で尋ねてきたのだろうか。
乃亜は首を傾げる。ヴィクトールが妙に人間嫌いな理由は、彼とペースを合わせられる人間が少ないから――というのも、要因のひとつにあるのではなかろうか。
なにせ、ヴィクトールには意外とマイペースな一面もある。
◇
しばし歩くと、大規模な地割れでも起こったような巨大な谷が姿を現した。
谷のしたで流れる川の水音が、腹にまで響いてくる。
幅に広さがあるため、崖に近付かなくても川を視認することが出来た。が、仮に安全が保障されていたとしても、崖を覗くような真似は難しかったに違いない。
乃亜にそう思わせるほどには谷は深く、大きく、そして川の流れも激しい。それらは、生き物の本能的な恐怖を煽ってくる。
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