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触手編 1
しおりを挟む「外に出てみたい?」
「……はい」
ヴィクトールの世話になって、一週間。乃亜は思いきって、ひそかにいだいていた願望を切り出した。
この家に暮らすようになった当日から、外は危険だと教えられている。間違ってもひとりでは外に出ないように、と。
野生の動物と戦う能力など乃亜にはなく、当然モンスターと戦う能力も乃亜にはない。
故に、これまで彼の言うことを聞いて屋内で過ごしていたのだが、これが地味につらかった。
「お世話になってる身で、我儘だっていうのはわかってるんですけど……その、たまには外の空気が吸いたいな、と……」
おそるおそる乃亜は言うと、ヴィクトールは顎に指を添えて、考え込む。
少しの間を挟んで、彼は返答した。
「……それもそうだな。儂も一瞬間、一歩も外に出ない生活を送れば、おそらくストレスで周囲のものを破壊し始めるだろう」
意外と過激である。
彼は微笑して続けた。
「屋内で過ごし続けるというのは、外に出るのが好きな人間にとってはなかなかに苦しいものだ。お前の気持ちは、わからんでもない」
さすがの乃亜も周囲のものを破壊したりはしないが、黙っておいた。
「じゃあ……」
乃亜の言葉に、ヴィクトールは「ああ」と頷く。
「儂も、城で暮らすことを拒否してここに住んどる身だからな。お前の訴えを無下には出来ん」
乃亜の顔には、自然と笑みが広がった。外に出ることが、認められたのだ。それを純粋に、喜ばしいと感じる。
「ただし」
びしりと、彼の指が乃亜のひたいを指さす。ヴィクトールは真剣な面持ちを作った。
「絶対に、儂から離れんことだ。この家の周辺は狼などの動物だけでなく、魔力を持ったモンスターも多い。離れれば、命の保障は出来んぞ」
「は、はい……」
とんでもないところに住んでいるひとだと、改めて彼に対して思う。
ヴィクトールは腕を組んで、窓の外を見やった。彼が帰ってきたばかりの時間なので、現在、空は夕焼けに染まっている。
「では、明日にでも出かけるか。儂も休みだからな」
「せっかくのお休みなのに、すみません」
「かまわん。ここ数日、討伐の任務もなく暇だ。体力なら余っている。むしろ、明日モンスターを退治して帰ってきてもいいくらいだ」
この一週間で気が付いたのだが、ヴィクトールには案外脳筋な一面があるのであった。ちなみに、やや天然気味な部分もある。
「家の周辺の、とくに危険な地帯も教えておこう」
「ありがとうございます」
礼を述べた乃亜を、不意に彼がじっと見つめてきた。不思議に感じ、乃亜は小首を傾げる。
ヴィクトールは真剣な眼差しでくちをひらいた。
「……護身用に、武術を覚えるつもりはないか?」
彼が乃亜を心配してそれを提案しているのは、事実だろう。
しかし、そればかりでなく、単に彼が乃亜に武術を教えたがっている気配も察知した。
乃亜は何度か瞬きをしてから、返答する。
「……考えておきます」
「うむ」
ヴィクトールは満足げに頷いた。
そうして、ふたりは夕飯の支度を始めたのであった――。
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