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第3章 心に棲む者と審問の楔
第43話 転生の残響
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ふと気が付くと、藍良はぽつんと、白い靄の中に立っていた。視界は淡くかすみ、わずかに空気は冷たい。ここはさっき、気を失っていたときに来た場所。先ほど感じた温度と香りが、まだ頭に残っている。藍良は小さく息を呑み、周囲を見渡した。
「ねえ、もしかして今、ここにいる?」
呼びかけたのは、「顕現せよ。虚映ノ鏡」という言葉とともに、鏡を託してくれた“彼女”だった。視界の悪い中、靄の向こうを探るように目を細める。すると、視界がわずかに裂け、光の筋が差し込んだ。数メートル先にいたのは、藍良と同じ顔をした”彼女“。先ほどとは違う、柔らかな笑みを浮かべていた。
「よくやったな、藍良」
藍良は迷わず駆け寄り、“彼女”の手を握った。指先にほんのり、あたたかな温もりが伝わる。
「あんたがいなかったら、わたしきっと死んでた」
「気にするな。無事で良かった」
短い沈黙のあと、二人は顔を見合わせて笑い合った。
「いろいろ聞きたいことがあるの」
藍良は息を整えて問いかける。
「あんたはいったい何なの?どうして、わたしの中にいるの?片寄藍良……ひいおばあちゃんの親友って言ってたけど、それってどういう意味?」
“彼女”は少しの間、目を伏せて考え込むように沈黙した。やがて、決意を固めたように静かに言葉を落とす。
「自分でも理由はわからない。だが、わたしはもともと、片寄藍良の中にいたんだよ」
「ひいおばあちゃんの……心の中ってこと?」
「そう。多分、その名残が今も続いているんだろう」
「名残……。えっと、でも、ひいおばあちゃんはもう死んじゃったよ。もしかして、今わたしが神気を宿しているらしいことと関係ある?」
「大ありだよ」
“彼女”はにやりと笑った。
「片寄藍良は死んだあと、転生して水無瀬藍良になった。だからわたしもこうしてお前の中にいられる」
「…………え?」
一拍の沈黙が場を包む。
次の瞬間、藍良は声にならない悲鳴を上げた。
「うそおおおおおおおお!?!?」
予想外の話に、藍良は目も口も、開けられるだけ開けて固まる。その顔を見て、“彼女”はたまらず吹き出した。
「おそらくだが、片寄藍良が神気を宿していたのも、わたしが関係していると思うんだ」
「……と、いいますと?」
藍良が首を傾げると、“彼女”は懐かしむように遠くを見つめた。
「片寄藍良が“神気を宿す娘”と言われ始めたのは、子どものころにわたしと“対話”するようになってからだ。そのころから、彼女は光の属性を担うようになり、地元ではちょっとした有名人だった」
「有名人?」
「彼女──というか、わたしの属性は“光”と“炎”。光の属性は、人を癒す力があるらしくてな。病気は治せないが、彼女はその力を使って、近所の人たちの怪我を癒していた。評判が評判を呼んで、遠方からお前に会いに来る者もいた」
「へええ~~……凄いじゃん、わたし!」
藍良は感心したように靄の空を見上げ、のほほんと笑う。だが、次の瞬間、眉をひくりと動かして“彼女”に詰め寄った。
「……ってか!!ちょい待ち!」
「ん?」
「千景!あの千景が前に言ってたの!『ひいおばあちゃんと百年前に会った』って!ってことは千景は……」
“彼女”はにっこりと微笑む。
その笑みは、すべてを知っている者のそれだった。
「もちろん、あいつは知ってるはずだよ。お前が元・片寄藍良であることを」
藍良はがくりと頭を垂れた。
胸の奥に、ひとつの記憶が浮かぶ。十一年前、六歳のときに千景と会ったときに彼が言った言葉だ。
──藍良のことは、ずっと昔から知ってるよ。
その意味を、藍良はようやく理解した。千景が言っていた“藍良”とは、「水無瀬藍良」ではなく「片寄藍良」のことだったのだ。
そう思い至った瞬間、すべてが線で繋がっていく。ユエとの戦いの最中、間一髪駆けつけてくれた千景。見たことがないほど瞳を揺らし、藍良を抱き寄せて唇を寄せた、あのときの表情。
──千景が惹かれていたのは、“今”のわたしじゃなくて“過去”のわたしの面影だったんだ。
途端に、藍良の胸は鉛のようにズンと重くなる。言葉を失い、しばしの間、呆然と立ち尽くしていた。
「……どうした?」
藍良はため息をひとつ吐くと、咳払いをした。
「……つまりさ、千景が好きなのは“前世のわたし”ってことでしょ?今のわたしじゃない。そう思ったら、なんか複雑」
軽く言ってみせたつもりだった。けれど、自分でも無理をしているのがわかる。千景の本音を知りたいと、ずっと思っていた。それなのに、その答えに少し触れただけで、無性に心が痛む。
すると、“彼女”が小さく笑った。
「前世の自分にヤキモチか?」
「べ、別にそんなんじゃないし!」
即座に反論しながらも、頬がほんのり赤くなる。そんな気持ちに寄り添うかのように、“彼女”はそっと、藍良の肩に触れた。
「フォローになるかどうかはわからんが、片寄藍良と今のお前は、驚くほど似てる。きっかけは片寄藍良だったかもしれないが、今の千景はちゃんとお前に惚れてるよ」
「に、似てるって?どの辺が?」
「粗暴な性格とか」
すると、“彼女”はお腹を抱えて笑い出した。どうやら、片寄藍良のことを思い返しているらしい。藍良は頬を真っ赤にしながら、眉を吊り上げる。
「ちょっと!笑い過ぎ!」
「いや、悪い悪い。でも本当に似てるんだ。良くも悪くも、物事をハッキリ言うその性格が」
笑い声につられて、藍良の口元にも小さな笑みが浮かぶ。先ほどまで鉛のように重かった胸の痛みが、少しだけ軽くなるのを感じた。
「千景ってば、百年前にも人間界に来てたんだね。何がきっかけで、過去のわたしと会ったんだろう」
そのとき、“彼女”の表情から、ふと笑みが消えた。
「……片寄藍良は生前に千景と会ったわけじゃない」
「え?」
「彼女は……片寄藍良は亡くなったあと、冥界へ行った。そこで死神審問官である千景と出会った。人間はな、死んだら冥界に行って、生前の徳や罪を死神審問官に裁かれる。そこで転生するか、冥界に留まって罪を償うか決められるらしい」
「へええ。じゃあ、千景は過去のわたしから生きていたころの話をいろいろ聞いたってこと?」
「それもあるが……片寄藍良に限っては別の理由で、千景たち審問官と面会していた」
「別の理由?」
“彼女”は目を伏せ、深く息を吐いてから、真っ直ぐに藍良を見据えた。
「神気を宿した片寄藍良は、死神審問官たちから疑われていたんだよ。奴らは確かめたかったんだ。片寄藍良が、黒標対象──闇に堕ちる危険人物となり得る存在かどうかをね」
「ねえ、もしかして今、ここにいる?」
呼びかけたのは、「顕現せよ。虚映ノ鏡」という言葉とともに、鏡を託してくれた“彼女”だった。視界の悪い中、靄の向こうを探るように目を細める。すると、視界がわずかに裂け、光の筋が差し込んだ。数メートル先にいたのは、藍良と同じ顔をした”彼女“。先ほどとは違う、柔らかな笑みを浮かべていた。
「よくやったな、藍良」
藍良は迷わず駆け寄り、“彼女”の手を握った。指先にほんのり、あたたかな温もりが伝わる。
「あんたがいなかったら、わたしきっと死んでた」
「気にするな。無事で良かった」
短い沈黙のあと、二人は顔を見合わせて笑い合った。
「いろいろ聞きたいことがあるの」
藍良は息を整えて問いかける。
「あんたはいったい何なの?どうして、わたしの中にいるの?片寄藍良……ひいおばあちゃんの親友って言ってたけど、それってどういう意味?」
“彼女”は少しの間、目を伏せて考え込むように沈黙した。やがて、決意を固めたように静かに言葉を落とす。
「自分でも理由はわからない。だが、わたしはもともと、片寄藍良の中にいたんだよ」
「ひいおばあちゃんの……心の中ってこと?」
「そう。多分、その名残が今も続いているんだろう」
「名残……。えっと、でも、ひいおばあちゃんはもう死んじゃったよ。もしかして、今わたしが神気を宿しているらしいことと関係ある?」
「大ありだよ」
“彼女”はにやりと笑った。
「片寄藍良は死んだあと、転生して水無瀬藍良になった。だからわたしもこうしてお前の中にいられる」
「…………え?」
一拍の沈黙が場を包む。
次の瞬間、藍良は声にならない悲鳴を上げた。
「うそおおおおおおおお!?!?」
予想外の話に、藍良は目も口も、開けられるだけ開けて固まる。その顔を見て、“彼女”はたまらず吹き出した。
「おそらくだが、片寄藍良が神気を宿していたのも、わたしが関係していると思うんだ」
「……と、いいますと?」
藍良が首を傾げると、“彼女”は懐かしむように遠くを見つめた。
「片寄藍良が“神気を宿す娘”と言われ始めたのは、子どものころにわたしと“対話”するようになってからだ。そのころから、彼女は光の属性を担うようになり、地元ではちょっとした有名人だった」
「有名人?」
「彼女──というか、わたしの属性は“光”と“炎”。光の属性は、人を癒す力があるらしくてな。病気は治せないが、彼女はその力を使って、近所の人たちの怪我を癒していた。評判が評判を呼んで、遠方からお前に会いに来る者もいた」
「へええ~~……凄いじゃん、わたし!」
藍良は感心したように靄の空を見上げ、のほほんと笑う。だが、次の瞬間、眉をひくりと動かして“彼女”に詰め寄った。
「……ってか!!ちょい待ち!」
「ん?」
「千景!あの千景が前に言ってたの!『ひいおばあちゃんと百年前に会った』って!ってことは千景は……」
“彼女”はにっこりと微笑む。
その笑みは、すべてを知っている者のそれだった。
「もちろん、あいつは知ってるはずだよ。お前が元・片寄藍良であることを」
藍良はがくりと頭を垂れた。
胸の奥に、ひとつの記憶が浮かぶ。十一年前、六歳のときに千景と会ったときに彼が言った言葉だ。
──藍良のことは、ずっと昔から知ってるよ。
その意味を、藍良はようやく理解した。千景が言っていた“藍良”とは、「水無瀬藍良」ではなく「片寄藍良」のことだったのだ。
そう思い至った瞬間、すべてが線で繋がっていく。ユエとの戦いの最中、間一髪駆けつけてくれた千景。見たことがないほど瞳を揺らし、藍良を抱き寄せて唇を寄せた、あのときの表情。
──千景が惹かれていたのは、“今”のわたしじゃなくて“過去”のわたしの面影だったんだ。
途端に、藍良の胸は鉛のようにズンと重くなる。言葉を失い、しばしの間、呆然と立ち尽くしていた。
「……どうした?」
藍良はため息をひとつ吐くと、咳払いをした。
「……つまりさ、千景が好きなのは“前世のわたし”ってことでしょ?今のわたしじゃない。そう思ったら、なんか複雑」
軽く言ってみせたつもりだった。けれど、自分でも無理をしているのがわかる。千景の本音を知りたいと、ずっと思っていた。それなのに、その答えに少し触れただけで、無性に心が痛む。
すると、“彼女”が小さく笑った。
「前世の自分にヤキモチか?」
「べ、別にそんなんじゃないし!」
即座に反論しながらも、頬がほんのり赤くなる。そんな気持ちに寄り添うかのように、“彼女”はそっと、藍良の肩に触れた。
「フォローになるかどうかはわからんが、片寄藍良と今のお前は、驚くほど似てる。きっかけは片寄藍良だったかもしれないが、今の千景はちゃんとお前に惚れてるよ」
「に、似てるって?どの辺が?」
「粗暴な性格とか」
すると、“彼女”はお腹を抱えて笑い出した。どうやら、片寄藍良のことを思い返しているらしい。藍良は頬を真っ赤にしながら、眉を吊り上げる。
「ちょっと!笑い過ぎ!」
「いや、悪い悪い。でも本当に似てるんだ。良くも悪くも、物事をハッキリ言うその性格が」
笑い声につられて、藍良の口元にも小さな笑みが浮かぶ。先ほどまで鉛のように重かった胸の痛みが、少しだけ軽くなるのを感じた。
「千景ってば、百年前にも人間界に来てたんだね。何がきっかけで、過去のわたしと会ったんだろう」
そのとき、“彼女”の表情から、ふと笑みが消えた。
「……片寄藍良は生前に千景と会ったわけじゃない」
「え?」
「彼女は……片寄藍良は亡くなったあと、冥界へ行った。そこで死神審問官である千景と出会った。人間はな、死んだら冥界に行って、生前の徳や罪を死神審問官に裁かれる。そこで転生するか、冥界に留まって罪を償うか決められるらしい」
「へええ。じゃあ、千景は過去のわたしから生きていたころの話をいろいろ聞いたってこと?」
「それもあるが……片寄藍良に限っては別の理由で、千景たち審問官と面会していた」
「別の理由?」
“彼女”は目を伏せ、深く息を吐いてから、真っ直ぐに藍良を見据えた。
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