虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

文字の大きさ
58 / 90
第3章 心に棲む者と審問の楔

第57話 藍良、怒りの口火

しおりを挟む
 百年前──。

 片寄藍良は、黒曜石こくようせきのように鈍く光る巨大な門をくぐり抜けた。案内人の死神審問官・千景に導かれ、無言のまま石畳の道を進む。すれ違う者たち──いや、正確には“死神”たちは、皆千景と同じ黒装束をまとい、感情の読めない無機質な表情をしていた。

 やがて二人が辿り着いたのは、五階建ての煉瓦れんが造りのとう。その古めかしい建物の中を千景はスタスタと歩き、壁の前で足を止めた。すると、壁は突如音を立て、扉のように重々しく開かれる。その中は四人ほど入れる小部屋のようだった。千景に促されるまま、藍良が足を踏み入れると、小部屋は「ガタン」と鳴り、静かに上昇を始めた。

 ──これ、部屋じゃなくて箱!?

 上へ上へと昇っていく箱。
 片寄藍良は自らが生きた明治の世にはない近代的な仕掛けに、思わず息を呑んだ。

 そうして五階に着いた藍良は、再び千景の案内の元、暗い廊下を歩き続けた。廊下の灯りは、蝋燭ろうそくのみ。ほの暗い灯りが漂う廊下はどこか湿っていて、不気味で辛気臭く感じられる。突き当りに着いたところで、千景は懐から錠前じょうまえを取り出し、古い鍵穴へ差し込んだ。

 きしむ音とともに、扉が開く。
 その先に広がっていたのは、それまでの陰鬱いんうつな空気とは違う、別世界の光景だった。

 朱色の棚や家具、ソファーはどれもアンティーク調で、西洋の雰囲気を感じさせるものだった。藍良は、この空間にわずかな既視感きしかんを覚える。生前、友人と訪れた横浜のレストランにも、同じようなおもむきの家具が並んでいたのだ。

 千景は一脚の椅子を指し示しながら「おかけください」と促した。木製の脚には繊細な彫刻が施されており、背もたれの緩やかな曲線も相まって、なんとも優雅だ。藍良はその気品に戸惑いながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。すると、千景は机の上から黒革の書類挟みと万年筆を取り上げ、藍良の真正面に腰掛ける。

「どうしても確かめなければならないことがあります。あなたは、“精神干渉”の意味を、ご存知ではありませんか?」

 あまりに唐突な問いに、藍良は首を傾げた。

「……知りません」
「本当に?」
「……そうですけど」
「本当に、本当に、本当ですか?」

 三度にわたる千景の追撃。その淡々とした声色に、藍良は目を細めた。千景は不気味な笑みを浮かべたまま、じっと藍良の瞳を覗き込んで来る。窓からすっと吹き抜ける風とともに、奇妙な沈黙が流れた。

 藍良はそんな千景を数秒間見つめ返していたが、圧に耐え切れず、やがて強めの声を上げる。

「知りません!」

 藍良の静かな怒りを察したのか、千景は口を閉ざした。だが、彼の漆黒しっこくの瞳は、藍良を真っ直ぐ射抜いたままだ。

 とはいえ、知らない言葉の意味など答えようがない。藍良は背もたれに身体を預け、少しうんざりしたように口を開いた。

「……あの、その精神なんちゃらって、何なんですか?」

 だが、千景は答えず、手元の書類挟みに収められた和紙に、何やら書き始める。

「ちょっと、聞いてます?」

 問いかけても、千景は数十秒もの間、視線すら向けてこない。
 完全に無視されている。そう悟った瞬間、藍良は眉をひそめた。

 ようやく千景は顔を上げ、形だけの笑みを浮かべたまま、淡々と告げる。

「では、次の質問です。あなたは、神社の娘として産まれ、巫女として一生を終えた。その中で、人々の怪我を癒す活動も続けていましたね?評判は広がり、遠方からあなたを訪ねて来る者が絶えなかったと報告を受けています。その“癒し”の力を得たのはいつごろですか?また、他にも何か力を使えるようになった実感は?……例えば黒い光。闇のような力が、掌を覆った感覚は?」

 矢継ぎ早に言葉を続ける千景はの目は鋭く、とても冷たかった。

「あなたからは、うっすらですが闇の気配も感じます。人間だったはずのあなたが、なぜそんな気配を纏えるのか。実に奇妙です」

 ──闇の気配……。

 思わぬ言葉に、藍良は目を丸くした。
 そして、少し考えて答える。

「……えっと……人を癒す力は突然使えるようになったんです。時期ははっきり覚えてませんけど、多分十歳くらいからだと思います。せっかく使えるなら役に立てたほうがいいと思って、それで怪我人の治療を始めました。みんな喜んでくれるし。闇っていうのは、よくわかりません。それがいったい……」

 藍良が尋ねようと口を開いた瞬間、千景は興味を失ったかのように視線を落とし、再び和紙にさらさらと筆を走らせる。

「あの……?」

 小さく声をかける藍良。だが、千景の質問はすでに次の段階に移っていた。

「では、続いての質問です。あなたは人間ですが、人ならざる者──たとえば死神、あるいは人の言葉を話す蛇や犬、カラス……そういった存在と話したことはありますか?また、その存在から力を授かったような記憶はございませんか?」

 ここまで来て、藍良はようやく悟った。この男がさっきからしていることは、尋問だ。質問の重ね方も、わざとらしいほど目の前で筆を走らせる仕草も、すべてが藍良に圧をかけている。

 千景は、生前の藍良の犯した罪や積み上げた徳を精査して、今後の行き先を決めると話していた。だが、彼の聞き方は、まるで藍良が重大な罪を犯した犯罪者であるかのようだ。そう気付いた途端、心の奥底から怒りがじわりと沸き上がってきた。

 ──こっちは死んだばっかで気持ちの整理がついてねえってのに……この男、舐めんじゃねえわ。

 気付くと、藍良は千景を鋭く睨みつけていた。
 そしてこのあと、心の声がそのまま口から飛び出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...