虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

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第3章 心に棲む者と審問の楔

第61話 命懸けの変貌

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「どうしてタマオが、千景の闇属性のこと知ってるの?」

 真白は反射的に問い返した。タマオは目を伏せ、先ほどよりもずっと重たい声で応える。

「ユエを封じたときの“月詠”じゃよ。あれは“闇の月詠”。それにあの瞬間の気配、これまでの千景とは別人のようじゃった。千景が光と風の属性を持っているのは知っておったが、闇属性も宿しておるのじゃろう」

 タマオは寂しげに顔を伏せた。

「闇属性を持っているということは、千景はカグヤから力を与えられた子であり“化身”……“化身”でありながらも、審問官となり、母ともいえるカグヤを封じたのか……なんという皮肉な宿命じゃ……わしは、千景をひょろひょろとした若造とばかり思っておったが、とんでもない重荷を背負っておったんじゃな。気付けなかった自分が、なんとも情けなくなるわい」

 その言葉に、真白の胸の奥がちくりと痛んだ。いや、正確には真白ではない。今、心を痛ませているのは、心の奥底にいる藍良だ。彼女は今、タマオの言葉に強く反応している。

 “化身”の審問官として千景が選んできた道は、おそらく想像以上に険しく、孤独だっただろう。その重さを、心の中で藍良は確かに感じ取っているのだ。

「じゃが、それにしては妙な話じゃの」
「何が?」

 真白が首を傾げる。

「千景が白隠派びゃくいんはに所属しておる理由じゃ。さっきも言ったが、白隠派は“カグヤの化身”──闇属性を黒標対象候補として警戒しておる派閥じゃ。闇属性を持つ千景にとっては、肩身が狭いどころの話ではない。普通なら、カグヤのように幽光派ゆうこうはに身を寄せてもおかしくないと思わんか?」

 言われてみれば、確かにそうだ。だが、千景の口ぶりからして、彼は最高審問官・幻道からかなり信頼されているように思える。闇属性であるはずの千景が、白隠派で“要”のように扱われている理由が、何かあるのだろうか。

 真白は、昨晩の千景の言葉を思い返す。
 彼は自室で、藍良にこう言っていたのだ。

 ──僕は“センサー”なんだよ。

 千景は闇属性だからこそ、他の闇属性を探知できる。それができるのは、審問官では彼だけなのかもしれない。だからこそ、最高審問官も千景に重要な任務を任せているのだろうか。

 タマオはさらに続ける。

「……いや、違う。千景は幽光派には、絶対にいられないはずじゃ」
「え?」

 真白が目を瞬かせる。

「今思い出した。カグヤを崇拝していた死神は、いまだに幽光派の中に紛れておるという噂なんじゃ。それが本当なら、カグヤを封じた千景は、そやつらから恨まれておるかもしれんじゃろ?」
「なるほど……。千景はなかなか面倒な立場だな。カグヤの信者が幽光派にいたとしても、同じ死神審問官。顔を合わせることもあるだろうし、危険極まりない……気がするなあ。なんとなくだけど!」

 思わず素に戻りかけて、真白は慌てて藍良の口調を装う。
 ところが、タマオはそんな真白の様子に気付く素振りはなく、顔を伏せたままだ。
 真白が胸を撫で下ろしたそのとき、ひとつの考えが頭に過った。

 それは、百年前と今とでは、千景の顔が違うということ。
 百年前、片寄藍良を審問したときの千景は、とにかく眼光が鋭く、張りつめた気迫をまとっていた。人間界はもちろん、死神界の誰と比べても異質なほどに。

 だが、今の千景は違う。細い目元は柔らかく、穏やかで、常にどこかふにゃっとした雰囲気だ。威圧感とは程遠い。

 たとえるなら、百年前の千景は「怖い、近寄りたくない」。
 今の千景は「ふにゃふにゃしてる。弱そう」。

 ……これくらいの差はある。

 まさか……。

 真白は、ひとつの仮説を口にする。

「だから、顔を変えたのかな?」

 すると、タマオはきょとんと目を丸くして、真白を見る。

「藍良……今、なんと?」
「だから、顔を変えたんじゃないかなって。ホラ、千景って顔変えてるじゃん。聞いたことない?“幻顔士げんがんし”って人に顔を変えて貰ったって話。『自分の顔が好きじゃなくて』とか言ってたけど、本当は幽光派の死神たちから姿を隠しておきたかったのかも」

 その瞬間、タマオがわなわなと震え始めた。

「な、なな、ななな……なんじゃとおおおぉぉぉ!?!?!?」

 突然の大声に、真白は肩をビクつかせる

「な、何だ、突然」
「それは、まことか藍良!?そう、千景は確かに言っておったのか!?」

 タマオは目をひんき、ひゅるりと真白の腕に巻きつくと、矢継ぎ早に問い詰める。
 その勢いに、真白は圧倒されてしまった。

「う、うん。千景がうちに下宿を始めた次の日だったかな……体育館裏でそう聞いたよ。タマオもそのとき、いたと思ったけど」

 だが、タマオの動揺は変わらない。どうやら、千景がその話をしたタイミングでは近くにいなかったらしい。

 真白は藍良の心の中から聞いた記憶を辿りながら、あのときの千景の言葉を思い返す。

 千景は、幻顔士に顔を変えてもらうことは、特段変なことではない。死神はみんな気軽に顔を変えられる──そんな感じで話をしていた。

「幻顔士じゃと……!?あり得ん。そんなことが……」
「何?幻顔士ってお手軽な美容整形をする死神なんじゃないの!?」

 今度は真白が勢いよく言葉を返す。すると、タマオの顔が一瞬で引き締まった。その表情から察するに、どうやら断じて「お手軽な美容整形」などではないらしい。

「幻顔士は、確かに死神の顔を変えることができる。じゃが……」
「じゃが……?」
「その代償は重い。顔を変えれば、属性の力は大きく削がれる。それになにより……めちゃくちゃ……めっっっちゃくっっっちゃ痛いんじゃ!」

 真白は息を呑んだ。

「痛い?」
「痛いどころでは済まん!幻顔士に顔をいじられて、そのまま“消滅”した死神もおる。死神界では“刑罰”として、幻顔士に顔を変えさせる“幻顔刑”まであるくらいじゃ!それほど、顔を変えるというのは命懸けなんじゃよ!!」

 ──刑罰、だと?

 真白は目を大きく見開いた。死神にとって顔を変えることがそんなに危険なことだったとは。そのとき、心臓が大きく跳ねた。どうやら、胸の奥で聞いている藍良も、この話に衝撃を受けているらしい。

「……なぜじゃ、千景。何があったのじゃ。なぜ、そこまでして顔を変えたのじゃ。カグヤの信者がまだ審問会に残っておったとしてもじゃ、千景の方が間違いなく強いじゃろうに……。死ぬ思いをしてまで顔を変える必要が、どこにあったというのじゃ……」

 真白の心臓は高鳴り続けていた。けれど、その激しい動悸の奥で、真白はひとつの確信を抱く。

 千景が顔を変えた理由。
 そこにはまだ、自分も藍良も知らない、大きな秘密があるのだと。
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