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第3章 心に棲む者と審問の楔
第64話 黒い予兆
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それからの数日は、何事もなく過ぎていった。七月上旬。日に日に強まる暑さは、真上から降り注ぐ熱線となって、藍良たちの教室にも容赦なく入り込んでいた。
今は期末テスト目前。藍良と親友の咲、そして、千景と兼翔も、すっかり勉強モードに切り替わっていた。授業の合間の十分休憩はもちろん、昼休憩も四人揃って「英語の問題はあーだこーだ」「数学の問題はあーだこーだ」なんて言い合いながら教科書とノートを開く。
そのおかげか、以前よりもぐっと、四人で過ごす時間が増えていた。
一時期は藍良を疑うような態度を見せていた兼翔も、真白が以前弁解して以来、あからさまに警戒することはなくなった。そして千景も、あの夜以来、藍良の中に潜む真白の存在を探るようなことはしなかった。
第三者が藍良たちを見たら、きっと「仲の良い高校生四人組」だと思うだろう。実際は「女子高校生」+「死神審問官」という極めて奇妙な組み合わせなのだが。
それでも藍良は、ここ数日の生活が楽しかった。兼翔が居候してからというもの、晩御飯は豪華になったし、父の姿がないときには、タマオもよく顔を出すようになった。ずっと父と二人暮らしだった藍良にとって、家に誰かがいるという空気は最初こそ落ち着かなかったが、今は自分でも不思議に思うほど心地よかった。
「えーっと……つまり、ここの答えはA……で、合ってるかな?」
ぽつりと呟いたのは咲だ。今、藍良と咲、千景、兼翔は、藍良の家の居間に集まっている。円い座卓の周りを囲うように座り、ノートと教科書を広げて勉強会の真っ最中だ。
咲が解いているのは現代社会の宿題。教科担任いわく、この宿題から期末テストの問題が出るらしい。この科目が苦手な咲は、宿題を必死にこなしていた。
「うん、そうそう!合ってるよ、咲!」
藍良がそう告げると、咲は嬉しそうに頬を緩ませた。千景と兼翔も同様の宿題をこなしている。死神審問官という肩書のわりには成績もそこそこ。だが、現代社会に関しては、この場で藍良が一番得意だった。
「千景と兼翔は?できた?」
藍良はそう声をかける。すると、千景が「うーん」と首を傾げながら唸った。
「ここ……よくわからないんだ。また間違えちゃった。なんでだろう」
「どれどれ」
藍良は千景の宿題を覗き込み、書き込まれた解答を確認する。だが、思わず目を瞬かせた。
──え?正解してるのに……?
不思議に思い顔を上げると、千景が至近距離でにっこりと微笑んでいた。
あまりの近さに、藍良の心臓は大きく跳ねる。離れなきゃっと思うのに、どういうわけか身体は固まって動かない。そんな藍良を、千景は愛おしそうに見つめていた。どうやら、「答えがわからない」というのは完全な嘘で、ただ藍良に近づきたかっただけらしい。
だが、次の瞬間。
「グオッッフォンッ!」
勇ましい咳払いが轟いた。横を見ると、兼翔が呆れ顔で千景を睨みつけていた。藍良は一気に顔が熱くなり、慌てて千景から離れる。そして、モゾモゾと自らの宿題に戻った。
そのとき、部屋の古時計が「ボーンッ」と響く。午後六時だ。
「あ、ヤバい!帰らなきゃ」
咲があたふたと教科書とノートを鞄に詰め込む。
「途中まで送る?」
藍良の言葉に、咲は首を横に振る。
「ううん、大丈夫。母親がこの近くのスーパーにいるみたい。一緒に帰るよ」
咲はすくっと立ち上がり、笑顔で居間を後にした。
「じゃあまたね。わかんないとこあったら連絡するから」
「うん。また」
咲を見送ったあと、藍良は時計を見やる。
──今夜の晩御飯担当、わたしだったっけ。
藍良は勉強道具を片付け、キッチンのフックからエプロンを取る。羽織ろうとした、そのとき、天井裏から「ボテッ」と、タマオが藍良の顔めがけて一直線に落下してきたのだ。
藍良は「ぶほぉ」っと声を漏らしながらも、即座に慣れた手つきでタマオをマフラーのようにクルクルと首に巻きつける。このタマオならではの登場も、最近ではすっかり慣れっこだ。いつもと変わらない、平穏な日常。だが……。
──ピピピピピッ!
その平穏を破るように、甲高い音が鳴り響いた。千景はハッと顔を上げ、胸元に手を滑らせる。そして、制服の胸ポケットから、小さな栗のような器具を取り出した。その器具に藍良は見覚えがあった。死神審問官専用の“通信機”だ。
千景は兼翔と短く目を合わせると、そっと通信機の蓋を開く。そして、ゆっくりと耳に当てた。
「はい」
『お久し振りね、お二人さん』
空気が一気に張り詰める。この声は前にも聞いた。千景と兼翔の上司でもある最高審問官・幻道だ。
「どうされました?」
『突然で悪いけど、いやーなお話しなのよ、これがまた。いえ、ある意味予想はしてたけど』
ひと呼吸置いて、幻道は低く呟く。
『千景。あんたが“念のために”仕掛けておいた罠……どうやら、鴨が葱を背負って来たみたい』
千景の表情が、すっと鋭くなる。兼翔の目も、戦闘前のようにギラリと光った。
『……新たな“黒標対象”が、ユエの魂を追ってきたのよ。あんたたちが通う学園にね』
今は期末テスト目前。藍良と親友の咲、そして、千景と兼翔も、すっかり勉強モードに切り替わっていた。授業の合間の十分休憩はもちろん、昼休憩も四人揃って「英語の問題はあーだこーだ」「数学の問題はあーだこーだ」なんて言い合いながら教科書とノートを開く。
そのおかげか、以前よりもぐっと、四人で過ごす時間が増えていた。
一時期は藍良を疑うような態度を見せていた兼翔も、真白が以前弁解して以来、あからさまに警戒することはなくなった。そして千景も、あの夜以来、藍良の中に潜む真白の存在を探るようなことはしなかった。
第三者が藍良たちを見たら、きっと「仲の良い高校生四人組」だと思うだろう。実際は「女子高校生」+「死神審問官」という極めて奇妙な組み合わせなのだが。
それでも藍良は、ここ数日の生活が楽しかった。兼翔が居候してからというもの、晩御飯は豪華になったし、父の姿がないときには、タマオもよく顔を出すようになった。ずっと父と二人暮らしだった藍良にとって、家に誰かがいるという空気は最初こそ落ち着かなかったが、今は自分でも不思議に思うほど心地よかった。
「えーっと……つまり、ここの答えはA……で、合ってるかな?」
ぽつりと呟いたのは咲だ。今、藍良と咲、千景、兼翔は、藍良の家の居間に集まっている。円い座卓の周りを囲うように座り、ノートと教科書を広げて勉強会の真っ最中だ。
咲が解いているのは現代社会の宿題。教科担任いわく、この宿題から期末テストの問題が出るらしい。この科目が苦手な咲は、宿題を必死にこなしていた。
「うん、そうそう!合ってるよ、咲!」
藍良がそう告げると、咲は嬉しそうに頬を緩ませた。千景と兼翔も同様の宿題をこなしている。死神審問官という肩書のわりには成績もそこそこ。だが、現代社会に関しては、この場で藍良が一番得意だった。
「千景と兼翔は?できた?」
藍良はそう声をかける。すると、千景が「うーん」と首を傾げながら唸った。
「ここ……よくわからないんだ。また間違えちゃった。なんでだろう」
「どれどれ」
藍良は千景の宿題を覗き込み、書き込まれた解答を確認する。だが、思わず目を瞬かせた。
──え?正解してるのに……?
不思議に思い顔を上げると、千景が至近距離でにっこりと微笑んでいた。
あまりの近さに、藍良の心臓は大きく跳ねる。離れなきゃっと思うのに、どういうわけか身体は固まって動かない。そんな藍良を、千景は愛おしそうに見つめていた。どうやら、「答えがわからない」というのは完全な嘘で、ただ藍良に近づきたかっただけらしい。
だが、次の瞬間。
「グオッッフォンッ!」
勇ましい咳払いが轟いた。横を見ると、兼翔が呆れ顔で千景を睨みつけていた。藍良は一気に顔が熱くなり、慌てて千景から離れる。そして、モゾモゾと自らの宿題に戻った。
そのとき、部屋の古時計が「ボーンッ」と響く。午後六時だ。
「あ、ヤバい!帰らなきゃ」
咲があたふたと教科書とノートを鞄に詰め込む。
「途中まで送る?」
藍良の言葉に、咲は首を横に振る。
「ううん、大丈夫。母親がこの近くのスーパーにいるみたい。一緒に帰るよ」
咲はすくっと立ち上がり、笑顔で居間を後にした。
「じゃあまたね。わかんないとこあったら連絡するから」
「うん。また」
咲を見送ったあと、藍良は時計を見やる。
──今夜の晩御飯担当、わたしだったっけ。
藍良は勉強道具を片付け、キッチンのフックからエプロンを取る。羽織ろうとした、そのとき、天井裏から「ボテッ」と、タマオが藍良の顔めがけて一直線に落下してきたのだ。
藍良は「ぶほぉ」っと声を漏らしながらも、即座に慣れた手つきでタマオをマフラーのようにクルクルと首に巻きつける。このタマオならではの登場も、最近ではすっかり慣れっこだ。いつもと変わらない、平穏な日常。だが……。
──ピピピピピッ!
その平穏を破るように、甲高い音が鳴り響いた。千景はハッと顔を上げ、胸元に手を滑らせる。そして、制服の胸ポケットから、小さな栗のような器具を取り出した。その器具に藍良は見覚えがあった。死神審問官専用の“通信機”だ。
千景は兼翔と短く目を合わせると、そっと通信機の蓋を開く。そして、ゆっくりと耳に当てた。
「はい」
『お久し振りね、お二人さん』
空気が一気に張り詰める。この声は前にも聞いた。千景と兼翔の上司でもある最高審問官・幻道だ。
「どうされました?」
『突然で悪いけど、いやーなお話しなのよ、これがまた。いえ、ある意味予想はしてたけど』
ひと呼吸置いて、幻道は低く呟く。
『千景。あんたが“念のために”仕掛けておいた罠……どうやら、鴨が葱を背負って来たみたい』
千景の表情が、すっと鋭くなる。兼翔の目も、戦闘前のようにギラリと光った。
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