虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

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第3章 心に棲む者と審問の楔

第66話 藍良の独り言、波紋広がる

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「ごめんなさい。きっとわたしのせいなんです」

 全員の視線が、藍良へと注がれる。

「わたし、あのとき掃除に疲れて座って休んでたんです。そのときつい、ちょいと長め独り言を……」
『長めの独り言?』

 藍良は頷くと、か細い声でその独り言を歌うように口ずさむ。

「……そういえば、千景はユエの魂を封じてたっけなァ~~なんでだろうなァ~~?普通だったら、死神界に持って帰りそうなものなのになァ~~もしかして、敵をおびき寄せようとしたのかなァ~~……みたいな!!」

 ――沈黙。そして……

 ズコー――!!

 千景、兼翔、そして藍良の首に巻きついていたタマオまで、全員が一斉にズッコケた。千景はその勢いで肩を落とし、握っていた通信機をするりと落とす。床に転がった通信機は、幻道の心に呼応するかのように、プルプルと震え始めていた。

『……なかなか……鋭い独り言……言ってくれるじゃないの、藍良ちゃんってば』
「貴様……よりにもとって機密情報を独り言でぶちまけるとは……」
「藍良よ、その独り言は流石に長すぎじゃ……!言い過ぎじゃよ!」

 三方向から同時に飛んでくる怒涛のツッコミに、藍良は小さく「ですよね……」と呟いて苦笑いを浮かべた。

 実際には、ここまで長い独り言を言ったわけではない。ただ、真白と交わした会話――いや、正確には藍良の返答だけを聞かれてしまったのだ。あのとき真白が言っていたセリフは、こうだ。

『ユエはカグヤを愛し、崇拝していた。同じような死神も数多くいただろう。つまり、ユエにも“仲間”がいた可能性は十分考えられる』

 藍良の心の中で真白が語ったこの推測に、藍良は言葉を返した。これこそが問題発言だったのだ。

 ――『そっか!ユエの魂を使って、敵をおびき寄せようとしているのかも!』

 このひと言を聞いたからこそ、ユエの味方である花倉は動揺して藍良に詰め寄った。要点だけを説明しようとして“独り言再現バージョン”を即興でやってみたのだが、流石にやりすぎた感が否めない。藍良は思わず、胃のあたりをグッと押さえる。

「……ごめんなさい!!ほんっと、馬鹿でした!!」

 深々と頭を下げる藍良。その瞬間――ぽん、と優しい音がした。あたたかなてのひらが、そっと藍良の頭を撫でていたのだ。顔を上げると、千景が柔らかく藍良に微笑みかけていた。

「大丈夫だよ、藍良」

 千景は床に転がった通信機を拾い上げ、静かに口を開いた。

「幻道様。なにはともあれ藍良の独り言……いや、彼女の発言のおかげで、花倉先生が闇の気配を宿した黒標対象であることがわかりました。『ユエ』という言葉に強く反応して藍良に迫ったということは、花倉先生は確実にユエの味方であり、彼の魂を追ってこの学園に来た、我々の敵ということになります」
『まあ、そうね。結果だけ見れば、そうなるわ。そうわかったのは思わぬ幸運かもしれないけど……それはそれとして、ちょっと藍良ちゃん!』
「は、はいっ!」
『あなたねえ、軽率に独り言なんて言うもんじゃないわよ!どこで誰が聞いてるかわかんないんですからね!次やったら、きっちりお説教よ!覚悟しなさい!!』
「す、すみません……」

 幻道の勢いにたじろぎ、ペコリと頭を下げる藍良。すると、その横で兼翔が大きなため息を吐き、腕を組む。

「一旦、話をまとめるぞ。闇の気配をまとっていたということは、敵は闇属性……つまり、幻道様が言うように、カグヤの“化身”で間違いない。ということは、可能性は二つ。花倉本人が“化身”なのか、それとも花倉本人はただの人間で、その精神の中に“化身”が潜んでいるか……この理解でいいな?」

 千景が短く頷いた。

「うん。それで間違いないよ」

 藍良はふと考える。つまり、花倉は人間でありながら心の中に“誰か”を宿している可能性もあるということだ。もしそうだとしたら、藍良と似た境遇ということになる。

「実は、花倉先生は先週から風邪で学校を休んでいます」

 千景の言葉に、兼翔がぴくりと眉を動かした。

「おい貴様。俺に何も言わず、ひとりでケリをつけるつもりだったのか」

 千景はくすりと笑みを浮かべる。

「まさか。藍良との一件で、ある程度彼女が闇属性を持っているとは思ったけど、まだ八割程度だったからね。もう一度しっかり確認したくて、何度か彼女がいる相談室に行ったんだ。でも不在で……。別の先生に聞いて、風邪で休んでいることがわかったんだ」
『……そう』

 幻道が短く相槌を打つ。

「おそらく明日には出勤してくるでしょう。姿を確認した時点で、ケリをつけます。花倉先生本人が“化身”なら彼女を、精神の中に“化身”がいるなら、“化身”だけを封じます。その場合、先生本人には決して危害を加えません」

 千景はそう言うと、懐にすっと手を入れた。黒い紙の端がちらりと覗き、同時に藍良の背筋がわずかに震える。

 一歩間違えていれば……千景や兼翔、そして幻道から怪しまれていたとしたら、真白もあそこに封じられていたかも――。

 そんな藍良の緊張を破ったのは、パンッという鋭い音だった。

 兼翔が右手で作った拳を、左掌に叩きつけたのだ。彼はそのまま、炎のように力強く言い放つ。

「俺も行く。人目が少ない時間帯がいいな。明日の一限目か二限目……授業を抜け出して相談室へ向かう。出勤していたら、その場で“化身”を封じる。それでどうだ?」
「うん。それでいこう」

 淡々と段取りを決めていく二人。藍良は呆然と、僅かに緊張した面持ちでそれを眺めていた。すると、千景は藍良へと向き直り、彼女の首に巻きついていたタマオの鱗を優しく撫でる。

「タマオは藍良の護衛。念のため、天井裏から見張っていてね」
「モチのロンじゃ!任せておけい!」

 誇らしげに首をピンと伸ばすタマオ。すると通信機の向こうで、落ち着いた声が響く。

『任せたわよ、あんたたち。終わったら即座に報告すること!』
「はい」
「了解した」

 幻道の言葉に、千景と兼翔は言葉を重ねて応える。

 すると、通信機の向こうから、幻道の声が先ほどよりもぐんと柔らかく、穏やかに落ちる。

『……ねえ、千景?』
「はい」
『……あんた、わたしに何か隠していること、あるんじゃない?』

 室内の空気が、再び僅かに張り詰めた。藍良も兼翔もタマオも、息を止めて千景を見る。だが、千景はほんの一瞬だけまつ毛を伏せると、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべた。

「いいえ。ございません」

 数秒の沈黙のあと、通信機から幻道のくすりという息遣いが聞こえた。

『そう。じゃあ、お願いね』

 幻道はそう告げ、通信をぷつりと切った。
 藍良は幻道の言葉の意味がわからず、千景を見つめる。すると、千景は藍良の視線に気付くなり、目を細めて、にっこりと微笑んだのだった。
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